第15話 サットの家

 夜の帳が下りたキリィシァ村。

 虫の音が耳に届く静かな村内を、松明を持ったナズを先頭にして、貴子、ダニェル、食堂にいた客のほぼ全員が村の奥へ向かって歩いていた。

 キリィシァ村の英雄、サットを助けるためにだ。


 貴子が食堂で、ダニェルの、「サット、助ける。お願い」に「どういうこと?」と尋ねると、ダニェルは、村人から聞いた話を貴子に語り始めた。


 サットは、病気を患っていた。

 今から一ヶ月前、サットは仕事中に突然倒れた。


 村人たちは、気を失っているサットを彼の家に運び、医者を呼んで診てもらったのだが、「何の病気かわからない」という答えが返ってきた。

 他の村から呼んだ医者も返事は同じだった。


 その日からサットは、文字通りの意味で一日を寝て過ごすようになった。

 二、三日に一度目を覚ますのだが、食事に少しだけ口をつけるとまた気を失うようにして眠る、というまともではない体になってしまった。


 みんなサットを助けたい。

 しかし、どうすればいいかわからない。

 そんな困り果てていた時に貴子がやってきた。


 村人は、貴子の魔法を見て、「この人ならばもしかすると……」ということで、貴子と話せるダニェルに、「サットを助けてほしい」という願いを伝えてもらったのだった。


 貴子は、助けられるかどうかわからないと前置きした上で、それでもやってみると承諾した。

 通訳を担うダニェルもやる気に満ちた表情で貴子の言葉を村人に伝えたのだった。



 ………



 食堂を出て、村の裏手にある山側のほうへ歩いていくと、石を組んで作った塀と、その向こう側にある二階建ての大きな家が見えてきた。

 代々の村の長が住むことになっている家で、今は、サットとその妻であるミュセェラの二人が住んでいる。


 サットは、キリィシァ村の村長の職に就いていた。

 一行が村長宅を囲む塀の門前に着くと、一番前にいたナズが木の門を叩いて、


「ミュセェラ!」


 大声でサットの妻を呼んだ。

 少し待つと内側から門が開き、二十代半ばくらいで細身の、疲れた顔の女性が顔を覗かせた。


「ナズ? オゥ……!」


 ミュセェラがナズを見たあと、その後ろにいる人々に気づき、ギョッとする。

 実は、ここに来る途中で一行を見た村人が、何だ何だと家を出てついてきていたので、人数は百人ほどに膨らんでいた。


 ミュセェラの反応を予想していたナズは、ミュセェラが質問するよりも先に、食堂での出来事、みんながここにきた理由、そして、治療をする魔女が自分の隣にいる貴子であることを話し、通訳のダニェルと一緒に紹介した。


「マァリヤ? ン〜……」


 紹介を受けたミュセェラが貴子の姿を見て、ナズへ視線を戻し、困った顔を作った。

 どういった類いの冗談だろう、と表情が語っている。


 信じてもらえていないと気づいた貴子は、金属バットの先端をナズが持っている松明の炎へ向け、じっと見つめ、


「火の鳥。小鳥バージョン」


 バットを頭上へ掲げた。

 炎が松明から離れ、鳩サイズの鳥を形造り、夜空へと羽ばたいた。


「オオーーーーーーーーーー!」


 群衆がどよめいた。

 ミュセェラは、まぶたをいっぱいに開いて空を見上げ、火の鳥を目で追っている。

 ナズも同じく見入っていた。


「ミュセェラ」


 ダニェルがミュセェラの服を引っ張り、ナズに代わって話しかける。


「……ハ、ハゥン?」


 ミュセェラが目を火の鳥へ向けたまま返事をする。


「ゼス メイ テカ オク?」


 ダニェルが門の内側を指さして尋ねた。

 貴子が、「入ってもいいですか?」と聞いてるんだろうと脳内翻訳。


「ヤ、ヤァ」


 ミュセェラは、火の鳥を見つめたまま頷いた。



 ◇◇◇



 貴子、ダニェル、ミュセェラ、ナズの四人は、百人近い村人を残して村長宅の敷地内に入った。

 エントランスを通って家に入り、ナズは、まだ食事をしていなかった貴子たちのために台所へ向かい、ミュセェラは、二人をサットがいる二階の部屋へと案内した。


 階段を上って二階に着き、きしむ床板を鳴らして廊下を進み、貴子たちは、一番奥まった場所にある部屋の前にやってきた。


 ミュセェラは、扉を引き開けて先に中へ入ると、部屋の壁に掛けてある燭台の蝋燭に、自身が持つ受け皿に乗った蝋燭から火を移して回ってから、


「レシィレ テカ オク」


 貴子とダニェルを室内へ招いた。


「『入る、良い』」


 ダニェルは、翻訳し、


「お邪魔します」


 ペコリと頭を下げた貴子と一緒に室内へと足を踏み入れた。

 部屋は、十五畳ほどもあってずいぶん広々としているが、物はあまり置かれていなかった。


 あるのは、背もたれ椅子、テーブル、水の入った桶と布、部屋の角にベッドが一台。

 ベッドの上には、布団を首元までかけられ仰向けに眠る一人の男がいた。


「その人がサットさん?」


「『シィ キウ サット?』」


 貴子が尋ね、ダニェルが翻訳してミュセェラに伝える。

 ミュセェラは、手に持っている蝋燭の受け皿をテーブルに置き、そばで眠る男を悲しげな瞳で見て、


「サァ……」


 か細い声で返事をした。


 真っ白な長い髪の男だった。

 目の下にクマがあり、頬骨が浮き出ていて、肌は青白く艶がない。


 貴子は、サットの年齢を三十五歳と聞いていた。

 しかし、どう見ても痩せ衰えた老人にしか見えない。

 よろしくないことが一目でわかる容態だった。


「あれってかなり危ない状態じゃない?」


「ヤァ、そう、思う」


 貴子とダニェルがサットの状態を見て不安を口にした。


「治せるといいけど……」


 と貴子が憂えていると、


「ミュセェラ!」


 階下からナズの声が響いてきた。


「ハゥン? ハァテ シィ オディ?」


 呼ばれたミュセェラは、首を傾げ、


「メイ イス ベェウ デト シィル」


 貴子たちに言って部屋の出口へと向かった。


「『私、早い、ここ、戻る』」


 ダネェルの訳。

 「すぐ戻ります」と言ったのだろうと、貴子が頭の中で変換。


 部屋を出たミュセェラが静かに扉を閉めるのを見てから、貴子とダニェルは、サットが眠るベッドへ近づいていった。

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