第14話 治癒魔法

「信じる、ない……」


 みんなの反応にダニェルが肩を落とした。


「だね……」


 貴子もガックリ。


「まぁいいや」


 しかし、すぐに気を取り直して、ダニェルの後ろにある三人組のテーブル席のほうへ歩いて行き、


「ねえ、ハゲチャビン」


 ガハハと一番豪快に笑っている髪の薄い赤鼻男の頭をペチンとはたいた。

 やっぱりちょっとムカついていた。


「ガハハハ……オゥ? ハゲチャ?」


 赤鼻男が髪の薄い頭を撫でて貴子を見た。


「聞きたいことがあるんだけどさ、サットって人知ってる?」


「カァ シウ アァフ サット?」


 ダニェルが訳して聞いた。


「サット? ヤァ、ソワ ルゥゲ メイ アァフ」


「『もちろん』」


 ダニェルの訳。


「ネェン ネィ ジュウ カァクギン アァフ キオ オク アリ ユドゥク」


「ヤァ、べルゥゲ キウ シィ ラジェ エ プレッジ ノルイ」


「『知る、ない、人、ない』。『とてもとても、良い、人』」


 笑いを収めた胸毛男とセクシー女も話を聞いていて、貴子の質問に対する二人の返事をダニェルが翻訳した。

 同じく話を聞いていた周りの席の客たちも優しい表情でうんうん首を縦に振っている。


「やっぱ尊敬されてんだな」


 貴子が「だよな」と頷いた。


「じゃあさ、家知ってる? 家に行ったら会える?」


「『カァ シウ アァフ ハセウ シィ キア マッシ? ゼス メイ レェタ キオ ベフィ メイ ケェオ トア?』」


「……ア〜……ン〜……」


 ダニェルの訳を聞いた途端、赤鼻男が難しい顔を作った。


「ビセナァ……ヤァ……」


「ヤァ……」


 胸毛男とセクシー女も顔を見合わせ、揃って眉を曇らせた。

 ほかの客たちも同様に表情を暗くした。


「どしたの?」


 貴子がダニェルに尋ねる。


「わからない」


 ダニェルが貴子を見て首を横へ振った。そして、


「ハゥン?」


 貴子を見たまま首をひねった。


「ん? ダニエルもどしたの?」


「タカコ、荷物、どこ?」


「椅子の下に置いてるけど?」


「オゥ」


 『マジで?』といった表情のダニェル。


「何?」


「荷物、離す、危険。持つ、行く、人、いる」


「持つ、行く、人? もしかして泥棒のこと?」


「泥棒泥棒泥棒。泥棒、いる」


「そうなの?」


 貴子がダニェルを観察する。

 ダニェルは、荷袋を膝の上に置いていた。


「そっかそっか。ほんじゃ、私も」


 貴子は、自分の席へ戻り、荷袋を取るため椅子の下へと手を伸ばした。


「あ、ない」


 なかった。


「荷物がなくなったーーーーーっ!」


 貴子が見たままの状況を叫んだ。


 大声で意味のわからない言葉を発した貴子を店内にいる全員が見て、意味のわかるダニェルは逆に、周囲へ視線を走らせた。


 みんなが貴子に注目する中、一人だけ店の出口へと早足に歩いて行く男がいた。

 脇に貴子の荷袋を抱えていた。


「ギィスニィーーーーーッ!」


 ダニェルがその男を指さし、声を張り上げた。

 みんなの視線がダニェルの指さした男に移った。


 その途端男は走り出した。

 俯き加減に男が出口へと急ぐ。


 しかし、男の前に、恰幅の良い女性が立ちはだかった。ナズだ。


「カァギン タック シウ ケェオ!」


 ナズは、持っていた皿をテーブルに置き、代わりに丸椅子を頭上に持ち上げた。


「クアック セファ ソワ メア キェイ!」


 叫んだ男がテーブルに置いてあったナイフを手に取った。

 男がナズに迫る。

 それでもナズは、臆することなく相手を見据え、


「ヤァァァァァッ!」


 丸椅子を振り下ろした。


「オォォォォォッ!」


 男も逆手に持ったナイフを振り下ろした。

 結果、丸椅子は、男がナイフを持っている側の腕に当たり、


「アウッ!」


 男は、痛みにうめいてよろけ、そこへ周りにいた客が、


「ヤァッ!」


 いっせいに男へ飛びかかり、見事男を取り押さえることに成功した。


「ホゥ〜〜〜」


 ナズが安堵の息を吐き、ペタンと床に腰を落とした。

 それを見た男性客が、


「エイ、フォウ ゴォタ、ナズ!」


 よくやったなという表情で近づき、


「ッ!?」


 ナズの腕にある物に気づいて息を飲んだ。

 周りのみんなも、「ナズ!」「オゥ!?」と驚きの声を上げた。


「ハァテ?」


 客たちが自分の腕を見ていることに気づいたナズが、そこに目を向けた。

 ナイフが肘の下あたりに深く突き刺さっていた。


「ウアッ、アァァァァァッ!」


 ナズが痛みに悲鳴を上げ、店内が騒然となった。


「ナズーーーーー!」


 怪我を見たダニェルと貴子がナズのもとへと走った。


「ヒッ!?」


 血が流れナイフが刺さっている腕を至近距離から見た貴子が恐怖から引きつった声を出した。


「ど、ど、どうしようどうしよう!? どうするの!? 救急車!? 119番!? そんなんあるの!?」


 どうしていいかわからずテンパる貴子。


「セスネィ エベィ エ タミシュ!」


「メイ イス ケェオ!」


「ウェクト! ウェクト!」


 周りは、ダニェルも含めテキパキと行動している。


「ウゥゥ……エィ、タカコ」


 脂汗を流し、痛みに顔を歪めてナズが貴子を見た。


「あ、あのあの、ご、ご、ごめんなさい! 私が荷物ちゃんと見てなかったからこんなことに!」


 貴子がしゃがみ、涙目で謝る。

 言っていることはわからないが、ナズは、貴子を安心させるように微笑んで、落ちていた袋を拾い、


「シ、シア マルホ」


 貴子に渡した。


「あ、私の……」


 貴子の荷袋だった。


「あ、ありがとう」


 貴子が荷袋を受け取り礼を言う。


「ヤァ」


 ナズは、笑いジワを深くして、貴子の頭をポンポンと撫でた。


「スピッジ テビ サイ!」


 そこへ人が来て、ナズの腕の付け根に布をきつく巻いて止血をした。


「治す、人、呼ぶ、した!」


 ダニェルが貴子に教える。

 きっと医者を呼んだのだろうと貴子が意味を読み取った。


「ングッ!?」


 痛みにナズの喉奥から声が漏れ出る。


「(どうしよう……)」


 貴子は、荷袋をぎゅっと胸に抱き、今もナイフが刺さったままのナズの腕を見た。

 医者が来れば怪我は治るだろうけど、傷痕は残る可能性が高い。

 こっちの世界の医療技術の水準はどの程度だろう。


 綺麗に治るかな。

 綺麗に治ってほしい。

 一日も早く綺麗に治ってほしい。


 貴子が、傷痕を残すことなく完治したナズの腕を頭に思い描いた。


「あ……」


 すると、貴子の胸に熱い塊が生まれた。

 魔法を使う時に感じる例のやつだ。


「……いける?」


 貴子がつぶやいて、目を閉じ、集中力を高めた。

 ナズの怪我が治った腕をイメージし、自分の中にある熱い塊を限界まで大きくさせ、貴子は目を開けた。


 貴子が荷袋を床に置き、ナイフが刺さっているナズの腕に手を伸ばす。


「エイエイ! カァギン マァタ! ケェオ タァキエィ!」


「タカコ、離れる!」


 手当てをしていた男が、邪魔だとばかりに貴子に怒鳴る。

 ダニェルも貴子の服を引っ張った。

 それに構わず、貴子は、


「お願い! 治って!」


 両手でナズの腕に触れた。

 次の瞬間、オレンジ色の光がナズの腕の患部を覆った。


「オゥ!?」


 ナズ、ダニェル、店内の客たちから驚きの声が上がる。


 ハロゲン電球のような温かみのある光は、ナズの腕の中から出ており、オレンジ色が濃くなると、ナイフは、誰かに引き抜かれていくかのごとく動きはじめ、ほどなくして床に硬質な音を立てて落ちた。


 ナズの目がまん丸に見開かれている。

 痛みは感じていない。


 次に、傷口の癒着が始まり、少しづつではあるが、しかし、自然治癒よりも圧倒的に早い速度で傷口が完全に塞がった。


「頼む……」


 貴子が傷痕に右手を滑らせていく。

 貴子の手が傷痕をなぞり、通り過ぎる。

 腕は、流れた血の跡だけを残して元通りの綺麗な肌に戻っていた。


「……で、できた」


 貴子は、緊張で強張っていた表情を緩めてナズの腕から手を離し、


「良かった~」


 半泣きで恩人に微笑みかけた。

 ナズは、目も口もおっぴろげて貴子を見つめていた。


「タカコーーーーーッ!」


 ダニェルが笑顔を爆発させて傷を癒した貴子に抱きついた。

 そして、


「マ、マ、マァリヤッ!」


 魔法で傷が治っていく様子を一番近くで見ていた男が叫び、


「マ、マァリヤ! ル、ルルゥカ!」


「イォ マァリヤ! イォ マァリヤ!」


「ダ、ダ ジェイ シィ エ イォ マァリヤ!」


 この場にいる全員から、「マァリヤ マァリヤ」と声が上がり、店の中は、大騒ぎとなった。

 四十人近い客たちが興奮した顔で貴子、ダニェル、ナズを囲み、次々に喜びと驚きの声をかけた。


 貴子は、それらに、


「ども、マァリヤです。マァリヤです」


 と言葉がわからないながらも返し、


「ちょいとごめんなさいよ」


 人と人の隙間を抜け、


「よぉ、泥棒」


 貴子の荷袋を盗もうとした男の前に立った。

 縄で手足を縛られ床に転がっている泥棒男。


「アワワワワワワワワワワワ」


 ガクガク体を震わせ、怯えた目で貴子を見上げた。

 そんな泥棒を見下ろし、貴子は、


「お前、とりあえずアレな、拷問な」


 えげつないことを言い、


「よぅしっ、みんな! カナヅチと五寸釘を用意してくれ!」


 えげつないものを要求した。


「ハゥン?」


 誰にも通じてないが。


「ダニエル。みんなに訳して」


 貴子がダニェルのいるほうへ振り返る。

 ダニェルは、ナズや赤鼻男たち三人組、その他数人の客と何かを話していた。


「ダニエル?」


 貴子がもう一度呼ぶと、ダニェルはこちらへ顔を向け、みんなを引き連れて貴子のもとへやってきた。


「どうしたの?」


 と尋ねる貴子に、ダニェルは、後ろにいるみんなの顔を見て頷いてから、


「タカコ」


 旅の相棒へと視線を戻し、


「サット、助ける。お願い」


 真剣な表情で頼み事をした。

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