第三章

第13話 キリィシァ村

「ふんふん、一年は十二ヶ月、一月が三十日、一日も二十四時間と。私んトコとほぼ同じだね」


「オゥ、同じ」


 バッファの村で数日を過ごし、今朝村を出発した二人。

 次なる目的地を目指して歩きつつ、貴子は、この世界の常識をダニェルに聞いていた。


「分とか秒は? 一時間を六十に分ける?」


「分ける、ない。『ふん』、『びょう』、わからない」


「『分』は、二十四に分けた『時間』の内の一時間を六十に分けたもの。『秒』は、ひとつの『分』を六十に分けたものだよ」


 説明する貴子。

 説明しつつも、「こんな説明でわかるかな?」と内心疑問に思っていたが、


「ホゥホゥ」


 ダニェルは、コクコク頷き、


「六十、秒、一、分。六十、分、一、時間」


 しっかり理解していた。


「おお〜。そうそう、そういうこと」


 貴子が称賛の拍手。


「すごいすごい。ダニエル超かしこい」


 ダニェルの頭を撫でた。


「ムフー」


 ダニェルがアゴをクイっと上げ、得意げに鼻を鳴らした。

 ダニェルは、貴子からたくさんの日本語を教えてもらい、日に日に会話も聴き取りも上達していた。


「で、最後にキリーシャの村に行ったの二年前だっけ?」


「ヤァ。キリィシァ」


 貴子が尋ね、ダニェルが頷く。ついでに訂正する。


 次なる二人の目的地は、野盗に襲われているという偽情報が流されたキリィシァ村だった。

 ダニェルの、「キリィシァ、村、行く、した、春、夏、秋、冬、二回、前」という答えから、時間の話題に発展したのだった。


「どんな村なの?」


「前、とても、小さい、村、だった。みんな、生きる、大変、だった」


「貧しい村だったんだね。今は?」


「大きい、村、なった。みんな、いつも、笑顔」


「おお、良かったじゃない」


「ヤァ」


「どうして大きくなったの?」


「名前、サット、男。サット、大きい、村、いた。お金、たくさん、なった。キリィシァ、村、帰る、した。お金、と、覚える、した、技、村、使う、した」


「ふむふむ」


 貴子が脳内でダニェルの言葉を整理する。

 大きい村は、大都市のことで、技ってのは技術のことだろう。


 つまり、『サットさんは大都市で大金を稼いで村に戻った。そして、稼いだお金と覚えた技術を貧しい村のために使った』で合ってると思う。


「へ~、サットさんすごいね。すごい立派だね」


「ヤァ、立派」


 聖人のようなサットの話に感動の貴子。

 返事をするダニェルが大きく首を縦に振って肯定した。


「その人に会えるかな? どんな人か会ってみたい。あと、都市の話も聞きたい」


「とし?」


「そう、都市。と・し。大きな村のこと」


「ホゥホゥ、都市都市都市。会える、わからない」


「そっか。会えるといいね」


「ヤァ」


「佐藤さん」


「サット」



 ◇◇◇



 二日後。

 太陽が赤く染まり始める頃、二人はキリィシァ村に着いた。


 村の背後には山があり、前には農地が広がっている。

 貴子とダニェルは、畑と畑の間を通る、村の入り口へつづく道を歩いていた。


「美味しそ~」


「お腹、空いた」


 空腹の貴子とダニェルがあちこちに実る野菜をキョロキョロと物欲しそうに見る。

 そんな二人組を村人たちは、しげしげと物珍しそうに見ていた。


 ダニェルは、とても綺麗な顔立ちの、美少女のような美少年ゆえに。

 貴子は、周りと違った服を着て右手に銀色の金属バットを持っているがゆえにだ。


 ダニェルを含め村人が着ているものは、男性が地味な色合いのチュニックのような服で、女性は丈が長めのワンピース風の服というとてもシンプルな格好。


 貴子も女性たちと同じ服を着ているが、その上から黒い魔女のローブを羽織って頭には黒い三角帽子を被っている。


 こちらでは見かけない独特の格好のため、貴子は特に目立っていた。



 ……



「お~、確かにこりゃ大きいわ」


 木板の柵に囲われた村の入り口に到着し、貴子が中を眺めた。

 人の出入りが多く、道が広々としていて、この世界で初めて目にする二階建ての家がある。


「村、大きい。私、ビックリ」


 ダニェルも貴子の横で村の中を見ており、様子の変化に驚いていた。


「何でビックリ? 知ってたんじゃないの?」


「話、スィン、聞く、した。見る、最初」


「村が豊かになった話は、お父ちゃんに聞いただけで、見るのは初めてってことね。そうだったんか」


 理由がわかり貴子が頷いた。

 スィンとは、ダニェルの父親の名前である。


「この村が貧しかったねぇ……」


 村には活気があって、みんなの表情も明るい。

 貴子には、その貧しかった頃が想像できなかった。


「タカコ、あっち」


 ダニェルが貴子の手を引く。

 このあとは、ダニェルが前に来た時利用した食堂兼宿屋へ行く予定だ。


「お金大丈夫?」


「大丈夫」


 隣を歩く貴子にダニェルが答える。

 お金は、ダニェルやバッファの村の村長さんから村人を助けてくれたお礼にということで金貨、銀貨、銅貨を数枚もらっていた。


 しかし、金貨、銀貨、銅貨それぞれ数種類あって、同じ硬貨であっても種類ごとに絵柄や大きさ、さらには価値が違っていて、貴子にはどれが何だかさっぱりわからないので、お金のことはダニェルに任せていたのだった。


 歩き始めて四、五分。

 ダニェルに案内され貴子がやってきたのは、二階建てで、テニスコート一面分くらいの敷地に建っている、白い土壁の建物だった。


「宿、大きい、なった」


 宿を見上げてダニェル。


「ここも?」


「ヤァ。中、入る」


「オッケー」


 ダニェルが扉を開け、貴子と並んで入り口をくぐった。

 すると、賑やかな光景が二人の目に飛び込んできた。


 一階は食堂で、三、四十人ほどの客が仲間とテーブル席につき、食って飲んで盛り上がっていた。


「人、たくさん、なった」


「ここもね」


 ダニェルの言葉に、前は閑散としてたんだろうと貴子が想像した。


「オリオ!」


 二人が入り口で突っ立っていると、空になった木皿を持った恰幅の良い、三十代半ばくらいの女性が良い笑顔で威勢よく声をかけてきた。


 多分、『いらっしゃい』的なかけ声だろうと貴子が脳内変換する。

 女性は、貴子の珍妙な服装をまじまじと見たあとダニェルへ視線を移し、


「……ハゥン? ダニェル?」


 確認するように名前を呼んだ。

 呼ばれたダニェルは、頭にハテナマークを浮かべた顔で女性をじーっと見つめてから、


「……ナズ?」


 やっぱり確認するように聞いた。


「ヤァヤァ! メイ ニス ナズ! クラッツ、ダニェル!」


 女性は頷いて、懐かしむような表情で笑みを濃くし、木の皿を持ったまま器用にダニェルとハグと接吻を交わした。


「彼女、名前、ナズ。店、の、人」


 ダニェルが貴子に紹介した。

 ナズは、貴子とも挨拶を交わし、ダニェルと二言三言話すと、


「レシィレ ケェオ シュ ダ ソォア。ルゥタ シュ シウ ニュイス」


 と笑顔で言って店の奥へと歩いて行った。


「『椅子、座る。あとで』」


 ダニェルの訳。


「ほんじゃ座りますか」


 ということで二人は、店の奥にある空いてる席へと移動した。


「よいしょっと」


 貴子は、木の丸椅子に座って疲れた体を休め、金属バットをテーブルに立てかけ、肩から降ろした荷袋を足元に置き、


「ここってどんな料理があるの? お酒あるよね?」


 とりあえず飲もうと対面に座ったダニェルへ尋ねた。そこへ、


「ハヤァ」


 不意にダニェルの後ろに座っている三人組のうちの、青ひげと胸毛の濃い男が声をかけてきた。


「ハヤァ」


 ダニェルが後ろを振り向いて返し、


「はやー」


 意味はわからないが貴子も返した。


 三人が貴子をジロジロと見ている。

 実は、この三人だけでなく、店にいる人間のほとんどが魔女服姿の貴子を横目に見て気にしていた。


「メイ スマ フェド ビィネオ シア ユディ。ハセウ ディ シウ ロタ?」


 胸毛男からの質問。


「『あなた、話す、言葉、知る、ない。どこ、の、言葉?』」


 ダニェルが訳してくれる。


「日本だよ」


「ニホン」


 ダニェルが伝える。


「ニホン? ハセウ シィ ニホン?」


 今度は、胸毛男の隣りに座る、頭がほぼハゲてる、鼻の頭が赤いおっちゃんからの質問。


「『日本? どこ?』」


 ダニェルが訳す。


「どう説明していいかわかんないんだよね。ず〜〜〜っと遠いところなんだけど」


「オォバ アモォタン パト」


 ダニェルが伝える。


「シィ ダ ヘイシェグ ダ ユカナ タァトゥブ ソワ シウ クァアオ?」


 今度は、黒髪褐色肌の厚い唇がセクシーな美女からの質問。


「『あなた、の、国、みんな、その、服、着る?』」


 ダニェルの訳。


「フッフッフッ、そういうことではなくてですね、私がこの服を着ているのは……」


 貴子は、を作り、椅子を引いて立ち上がり、


「私が魔法使いだからさ!」


 ビシッと親指でおのれをさした。


「タカコ シィ エ マァリヤ!」


 ダニェルが誇らしげに大声で伝えた。直後、


 シ〜ン……


 賑やかだった食堂内が隅っこまで静まり返り、次いで、


「ブハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 大爆笑が起こった。

 三人組だけでなく、店にいる客全員が腹を抱え、テーブルを叩き、大口を開けて笑った。

 わかりやすいくらいの嘲った笑い声で店内は満たされた。

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