第11話 火の鳥

「シャリヤ コミ キィオ アシィ タァキエィ! エ タリヤ マス エ シンジェラ!」


 野盗が戻ってきたことに気づいたバッファが素早く指示を出すと、女子供は走って逃げ、男たちは、手に武器を持って身構えた。


 しかし、相手は百人以上。

 バッファたちは、約四十人。しかも女子供を守らなければならない。

 分が悪すぎる。


「タカコ!」


 状況を見たダニェルが貴子を呼ぶ。


「おっしゃあっ、まかせとけい!」


 貴子が魔女のローブを翻して答えた。


「どうする、タカコ!?」


「川の水を溢れさせて野盗を流してやる! 水ドバー! 野盗もドバー! バッファたちをこっちに呼んで!」


 貴子がゼスチャーをつけて説明。


「ヤァ!」


 ダニェルは、頷き、


「ミィテヤ テカ トゥワ!」


 みんなに自分たちのところへ集まるよう大声で呼びかけた。

 全員が声に気づき、女子供の半数は、ダニェルの持つ松明の灯り目指して走り出した。


 バッファたち男連中は、驚きの表情を作ってダニェルと貴子を見たが、それを苦虫を噛み潰したような顔に変え、その場で野盗が来るのを待ち構えた。

 ダニェルがもう一度同じ内容を繰り返すも集まる人数に変化はない。


「タカコッ、みんな、来る、ない!」


「ちょっとちょっと……」


 河原にはバッファたちと、バラバラに逃げる女子供の姿がある。

 川を増水させると彼らまで流してしまう。

 イメージした魔法が使えない。


「どうしよう? あちこちに散らばってるみんなを助ける方法は……」


 貴子が焦る。


「ハァテ ディ シウ エソォクフィン ウィム?」


 その横でタダンが口を開いた。


「エィロ、ディ シウ イォキィ ケェオフィン シュ ジャグス ルルゥカ? ブッ、ヒャハハハハハッ、ザノ シィ ツァアド! ヒャハハハハハハハハハハッ」


 そして、貴子を馬鹿にして馬鹿笑いした。


「ティパァス!」


 ダニェルが、笑うタダンへ黙れとばかりに手を振ると、持っていた松明から火の粉が飛んだ。


「火の粉か……」


 貴子は、ピンと閃いた。


「ヒャハハハハハッ。エイ、サァリ メオ ダ ルルゥカ、ヒャハハハハハッ」


「グヌヌヌヌヌッ」


 ダニェルが唇を噛んで悔しがった。

 貴子は、二人の会話に脳内でアテレコをつけていた。


 『もしかして本気で魔法を使おうってのか? ヒャハハハハハ! こりゃ傑作だ!』

 『うるさい!』

 『ほら、魔法を見せてみろよ、ヒャハハハハハ!』

 『ぐぬぬぬぬぬ』だ。


 ほぼ当たりだろう。

 目は口ほどに物を言うってのはこいつのためにあるような言葉だな。

 貴子は、タダンの大きな目を見てそんなことを思い、


「おいっ、ギョロ目!」


 タダンを呼んだ。


「ハゥン? ギョロメ?」


「今見せてやる! ビックリしすぎてデッカイ目ん玉零すなよ!」


 貴子が目を閉じて集中する。

 頭に使う魔法のイメージを思い描く。

 胸の中に熱い塊が湧いてくる。


「ハァ~ン?」


 タダンは、貴子を見て眉をハの字にして肩をすくめた。

 何を言っているかわからないし、何をやっているかもさっぱりわからないという顔だ。


 周りでは、野盗がバッファたちに迫りつつあった。

 それだけでなく、女子供の後も追い始めた。


「タカコッ、みんな、危険!」


 ダニェルが叫ぶ。


「……」


 貴子は、目を開けない。


「タカコ!」


 もう一度ダニェルが呼ぶと、


「おう! お待たせ!」


 パチッと貴子がまぶたを上げ、金属バットを前に突き出し、


「炎よ集まれ!」


 命令するように言った。

 すると、この場にある全ての炎が、風ではない力で揺れた。

 ダニェルや野盗の持つ松明、河原のたき火の炎が不自然に踊って火元から浮き上がった。


「ハ、ハァテ?」


 野盗もバッファたちも、みんながこの不可思議な現象に足を止めて見入った。

 火元から離れた炎は、人魂さながらに空中を飛んで貴子の金属バットの前に集まり、次々に合体していく。

 燃え盛る炎すべてが一箇所に集中したのを見た貴子は、


「飛べ!」


 夜空を見上げ、


「火の鳥!」


 金属バットを真上に掲げた。

 次の瞬間、火の塊は有翼動物を形造り、翼を羽ばたかせ、火の粉を散らし、夜空へと舞い上がった。


 高く高く上昇した火の鳥は、一旦翼を休めて急降下し、おのれの存在を見せつけるかのように地上スレスレまで降りてきて、再び上昇軌道を描くため羽ばたいた。

 この場において唯一の灯りである火の鳥が、みんなを頭上から照らして旋回運動を始めた。


 誰も彼もが言葉を忘れたように口を大きく開けて、小型飛行機ほどもある火の鳥を仰ぎ見ていた。


 ピィーーーーーーーーーーッ


 火の鳥が、まるで生きているかのように甲高い声で鳴いた。


「……ハッ!? ル、ル、ルルゥーーーーーーーーーーカッ!」


 我に返った誰かが、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 それを皮切りに、河原全体が悲鳴に満たされた。

 女は子供を守るように抱き、バッファたちと野盗は戦うことを忘れて火の鳥を注視し、タダンは、


「マ、ママママァリヤッ! イォ マァリヤッ!」


 火の鳥と貴子を見て腰を抜かし、ダニェルは、


「タカコッ!」


 キラキラした瞳で貴子を見上げた。


「ふははははははははははははははははははははっ!」


 貴子は、目をギラつかせて笑っていた。


「オ、オゥ……」


 ダニェルがちょっと怯えた。


「ダニエル!」


「サ、サア!」


 貴子に呼ばれ、ダニェルが慌てて返事をする。


「私がバッファの味方って言って! 野盗には武器を捨てないと燃やすぞって! 私、バッファの仲間! 野盗、おとなしくしろ! 意味わかる!?」


「サアッ、タカコ!」


 ビシリと気をつけをして答えたダニェルが、河原のほうへと体を向け、


「ミィテヤ! タカコ シィ エ マァリヤ! タカコ シィ バッファ ジ コテリ! エイッ、ロォログ! スティト タァキェイ シア シンジュラ! タタァイア テビ イス レェツ!」


 全員に貴子の言葉を伝えた。

 ダニェルの話を聞くと、バッファの村人側からは緊張が解けていった。

 野盗のほうは、いまいち反応が鈍く、「ど、どうする?」といったニュアンスがピッタリの戸惑った表情をしている。


 そんな野盗を見て、ダニェルがもう一度警告しようとした時、数人の野盗が森目がけて走り出した。

 逃げる気だ。


「タカコッ、あれ!」


「む? あっ!」


 ダニェルが指さす方向を見て逃亡者に気づいた貴子。


「逃げんな!」


 金属バットを操り、火の鳥を降下させた。

 火の鳥が、走る野盗数人に迫り、その行手を阻むように横切った。


「ヒャッ!?」


 逃亡者たちは、前を通り過ぎる火の鳥に慌てて止まったが、


「オゥッ!? シェバッ、シェバッ!」


 燃える翼が彼らの腰布をかすめ、火がついた。


「アウッ! アウッ!」


 逃亡者たちは、すぐさま踵を返して川へと飛び込んだ。

 その様子を見ていた野盗たちは、顔を青くして次々と武器を手放していった。


 勝利を確信したバッファが右手を突き上げ、


「ウォッウォッウォーーーーーッ!」


 勝ち鬨を上げると、それに仲間たちがつづき、男たちの声が夜山に木霊こだましたのだった。

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