第10話 ホームラン
仲間を救出するため歩いて行くバッファたち。
貴子とダニェルは、彼らに追いついてまた怒られてはたまらんということで、距離を置いて見つからないよう後をつけることにした。
バッファたちは、道中たまに止まってタダンに話しかけ、進む方向を変えていた。
野盗グループのねぐらをタダンに案内させているのだろうと貴子とダニェルは推測した。
そのまま一度も休憩をはさむことなくバッファ一行は目的地を目指して歩き、とうに日も暮れ、今は暗い森の中を進んでいた。
「はぁ、はぁ、ひぃ、ま、まだ着かないの?」
貴子は、疲れていた。
「ない」
ダニェルは、平気だった。
「み、みんな、はぁ、はぁ、け、健脚だね」
貴子が金属バットを杖代わりにして、ゆるい斜面をえっちらおっちら登る。
二人の百メートルほど前を行く松明の灯りは、まだ止まる気配がない。
貴子の歩く速度がだんだん落ちてきた。
「タカコ、がんばる」
ダニェルが、貴子の後ろに回って貴子の背中を押した。
「あ、ありがとね、ダニエル」
貴子が礼を言い、
「フヌ〜〜〜」
ダニェルが力を込め、
「……ボ、ボッタ」
小声で何か言った。
貴子は、言葉がわからないが、たぶん『重い』と言ったんだろうと思った。
……
その体勢で歩くこと五分。
バッファたちの松明の灯りが突然消えた。
「松明、消える」
ダニェルの指摘に貴子が俯けていた顔を上げた。
「はぁ、はぁ、ホ、ホントだ。ど、どうしたのかな?」
「わからない」
二人が様子を見るため一旦その場で足を止めていると、
「オォォォォォォォォォォッ!」
突如、男たちの低い雄叫びが森の中に響き渡った。
「な、何!?」
驚いて肩を跳ねさせた貴子が真っ暗な森の中で首を巡らせる。
「声、バッファ、いる、方向! 行く!」
声の出所がわかったダニェルが貴子の背中を押して走り出した。
「バッファ!? わ、わかった!」
貴子も気力を振り絞って足を動かした。
斜面を上り切ると視界が開け、目の前にはゆるい下り坂、その先には河原があった。
浅く緩やかな流れの小川、いくつものテント、ところどころにたき火が見られ、
「ウオォォォォォ!」
男たちが咆哮を上げて戦っていた。
戦っているのは、バッファたちと上半身裸の薄汚い腰巻きを身に付けた男たちだった。
「うわっ、戦だよ!」
「タカコっ、あれ! あれ!」
目の前の光景に驚く貴子へ、ダニェルが何かを指でさして教える。
そちらへ貴子が目を向けると、手足を縛られた女子供が数十人、河原でひとかたまりになって座っていた。
「てことは、ここが野盗のアジトか」
貴子が状況を理解し、
「じゃあ、あいつらをやっつければいいわけだ」
戦っている男たちへ視線を戻した。
戦力はお互い四十人ほど。
バッファたちは、暗闇に乗じて奇襲をかけたため、半裸の男たちは、完全に押されている。
「バッファ、勝つ」
「ね」
ダニェルに頷いた貴子がその場で全体を眺めていると、野盗たちは反撃を諦め、さっさと森の中へ逃げて行った。
「ウォッウォッウォーーーーーッ!」
勝ち鬨のような声を上げ、バッファたちが吠えた。
そして、すぐに女子供たちのところへと向かった。
「なんだ、圧勝じゃん」
「あっしょうじゃん?」
足下に落ちているバッファたちが捨てた木の棒に火を点けながら、ダニェルが意味を尋ねる。
「圧勝。あっ・しょ・う。強くて簡単に勝つ」
「オゥ、ザバティオフィン ギデム。バッファ、圧勝」
「私らの助けいらなかったね」
「ヤァ。いら、なかった。でも、良い」
「まぁね」
などと二人が話していると、
「ヘッヘッヘッ」
暗闇から笑い声が聞こえてきた。
「おわ!?」
貴子は驚き、
「ジュウ!?」
ダニェルは、火を点けた松明を声がしたほうへ向けた。
「あっ、お前!」
「タダン!」
だった。
縄で手首を縛った状態で木に繋がれていた。
「オク ダ ソォレ、コゥク シウ テカ、ダニェル コミ マァリヤ? ヘヘヘ」
タダンが大きな目玉をギョロリと動かしいやらしく笑う。
「ヤッ!」
そんなタダンにダニェルがポカポカと殴りかかった。
仲間にウソの情報を流して危険な目に合わせた仕返しだった。
「オゥッ、キエッタ! キエッタ、ダニェル!」
縛られた両手を前にかざしてタダンが止めようとする。
「まぁまぁ、ダニエル。気持ちはわかるけどおやめなさい」
貴子がダニェルの肩に手を置いて止めた。
「相手は手を縛られたうえ木に繋がれてるんだから。腹が立つ理由はあれど、そんな人を攻撃するなんて卑怯だよ」
「ヤァ……」
言っていることはわからないが止められていることは伝わってくるので、ダニェルが振り上げた手を下ろした。
「テビ シィ ニュイ シュ キエッタ! ジィグ タリヤ!」
タダンが貴子に怒鳴った。
「『止める、遅い、ウンコ女』」
ダニェルが日本語に訳した。
「ホームラン!」
貴子がタダンの頭を狙って金属バットをフルスイングした。
「ウオゥッ!?」
タダンが頭を下げて避けた。
「デ、ディ シウ コタァバ!?」
タダンが冷や汗を流して言った。
「『あなた、頭、変?』」
ダニェルが訳した。
「さっき、何で笑ったの?」
一切をスルーして貴子が聞いた。
ダニェルがそれを訳してタダンに伝えた。
「……チッ。ルゥゲ、シウ イシェオ『ザバティオフィン ギデム』
タダンは、怒った顔のまま答え、
「『あなた、圧勝、言う』」
ダニェルの訳。
「それの何がおもろいの?」
貴子がわけわからんという意味で肩をすくめると、
「コォプ ザバ トア」
タダンは、アゴで河原のほうをさした。
ダニェルと貴子が二人して河原を見下ろす。
バッファたちが女子供を縛る縄を切り、抱き合って接吻を交わして無事を喜んでいる最中だった。
「良かったね」
「ヤァ」
貴子とダニェルが微笑む。
「ネェン。ヨアレ ザバ トア」
タダンが「もっと向こうだ」と言うようにアゴを大きく動かし、二人は、小川の向こう側に広がる森へ目を向けた。
「ん~……ん? 木が揺れてる?」
「……走る、音、する」
貴子とダニェルが言った直後だった。
「ヤハーーーーーーーーーーッ!」
森の木々の間から半裸の男どもが転がるようにして姿を現した。
後から後から湧いて出てきた人数は百を超え、手に武器を持ち、バッファたち目指して走って行った。
「仲間がいたのか!」
「メイエ ベィバ!」
「ハハハハハッ! アリ シィ テビ、ダニェル!」
驚く貴子とダニェルを見てタダンが愉快そうに笑った。
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