第二章

第8話 バッファ

 どこまでも青が広がる空の下、草原に伸びる一本の道を仲良く並んで歩く二人がいる。


「いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち、きゅう、じゅう」


 一人は、日本語の数字読みを練習している、十歳くらいで絹糸のような金色の髪のアーモンドアイが可愛い、一見美少女に見える美少年ダニェル。


「そうそう、合ってる合ってる」


 もう一人は、正解者に拍手を送っている、ダニェルより頭ひとつ分背が高い、黒のローブにとんがり帽子、銀色の金属バットを持った成人なりたて女子、黒髪おかっぱヘアーの魔女の貴子だった。

 結局、貴子は、ダニェルと一緒に旅をすることになった。


 ダニェルが「一緒に旅に行く」と言い出した二日前のこと。

 村に戻ってダニェルの両親である男女、スィンとハァラにダニェルが旅のことを話すと、二人は驚きつつも了承した。


 貴子も、スィンとハァラがオーケーを出したことに驚いたが、二人が、「ついにこの日が来たか」という雰囲気の神妙な顔をしているように見え、この村には子供が十歳くらいになると旅に出す風習でもあるのかなと考えた。


 一晩経った翌日、旅の支度を持っていない貴子に村人は、荷袋や大きな布、服、小刀、水筒、食器、食料などをプレゼントしてくれた。


 そして、村人みんなで貴子とダニェルを送り出してくれたのだった。

 今はひとまず、最初の目的地に指定した、ダニェルの知り合いがいる村へ向けて歩いているところだった。


「鳥、六。蝶々、二。アリ、たくさん」


 言葉と数字がすぐに出てくるよう自主練をしているダニェル。

 その姿を見て、「偉いなぁ」と感心する、まったく言葉を覚えようとしない貴子。


 とくに急ぐ旅でもないので、二人は、のんびりと散歩気分で歩いていた。


「前、人、たくさん」


 不意にダニェルが道の先を指さした。


「ん? 人? どこ?」


 貴子が目を凝らすがわからない。

 ダニェルは、視力がとても良かった。


 しばらく歩くと貴子の目にも人影が見えてきた。

 ダニェルの言う通りかなりの人数だ。


 貴子が人影を視認できると、ダニェルには相手の顔が確認できるようになり、


「オゥッ!」


 とダニェルは声を上げ、


「バッファ!」


 表情を綻ばせて手を振った。

 先頭を歩く男がダニェルに応えて手を振り返した。


「知ってる人?」


 貴子が聞く。


「ヤァ。行く、村、人。名前、バッファ」


「これから行く予定の村の人で、バッファって名前ね」


 ふんふんと貴子が頷いた。

 お互いの距離が近づいてくると、貴子にも相手側の詳細が見えてきた。


 人数は、四十人ほど。

 全員壮年の男性で、ダニェルと同じく古代ローマ人が着ていたチュニックのような服を身に付けている。


 手にはそれぞれ小振りの剣、槍、斧、弓などを持ち、体から物騒な空気が醸し出されていた。


「なんだか物々しいね」


「ヤァ、ももももしい」


「物々しい」


「ものものしい」


 お互いの声が届く距離になると、バッファから、


「クラッツ、ダニェル」


 声をかけてきて、ダニェルは、


「ヤァ、クラッツ!」


 同じ言葉を元気いっぱいに返し、小走りに相手のもとへと向かい、貴子もついて行った。

 全員が一旦立ち止まり、ダニェルは、バッファとハグを交わし、周りの男たちにも挨拶をした。


 挨拶が済むと、男たちは、魔女の格好をした貴子へ好奇の視線を向けた。

 ちなみに、今の貴子は、ダニェルの村でもらった白いワンピースタイプの服を着ていて、その上に魔女の黒いローブを羽織っていた。


 貴子をじろじろと見ていた男たちがダニェルに何かを尋ねる。

 ダニェルは、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに意気揚々と答えようとしたが、バッファが、


「ダニェル、ワァナ ユドゥク ビウ デサンケオ ハジ エ ロォロ」


 と言うと、ダニェルが、


「ロォロ!?」


 目を丸くしてバッファを見た。


「ヤァ。エ シャリヤ コミ エ キィオ ビェイ ティケェオ フゥエ、メイエ ワァナ ケェオ シュ ルケンザァ テビ」


「シャリヤ コミ キィオ……」


「キウ ドルキ ケェオ セファ」


 バッファが後ろを向き、眼球が零れ落ちそうなほどギョロリと目の大きい、顔のあちこちに青タンがある、手首を縄で縛られた男の髪を掴んで前に出した。


「アウッ! テビ シス ベェウ レツィスラ! ボッシュ!」


 手荒に扱われた男が怒る。

 その男を見たダニェルは、


「タダン!」


 驚きの声を上げた。


「ハジ ルゥデ ヒィキ、メイ ウェクト。テェデ」


 歩き出すバッファ。

 ギョロ目の男も不承不承といった顔でついて行き、残る四十人近い男たちもダニェルに、「テェデ」と言ってバッファにつづいた。


 話を終えたダニェルは、心配そうな顔でみんなを見送った。


「何話してたの?」


 内容がわからない貴子がダニェルに尋ねた。


「バッファ、村、野盗、来る、昨日」


「え? あの人の村にも出たの?」


「女、子供、ない。バッファ、助ける、行く」


「攫われたから助けに行くってこと? マジか……」


 話を聞いた貴子が、バッファたちの後ろ姿を眺める。

 それで物々しい雰囲気を出してたんだな、と貴子が納得した。


「この辺って野盗グループがたくさんいるの? あっち野盗、こっち野盗、そっち野盗?」


 貴子が色んな方向を指でさしてダニェルに聞きたいことを伝えた。


「ネェン」


 ダニェルが首を横に振る。


「昨日昨日昨日昨日、キリィシァ、村、野盗、いる、聞く」


「うん? キリーシャ村?」


「ダニェル、村、男、助ける、行く。バッファ、村、男、助ける、行く。キリィシァ、村、野盗、ない。ウソ」


「うん」


「野盗、ダニェル、村、来る。野盗、バッファ、村、来る。ダニェル、村、タカコ、助ける。バッファ、村、助ける、ない」


「うんうん、はいはいはい。え~っと……」


 貴子がダネェルの話を頭の中でまとめる。


「つまり、こうだ。昨日昨日昨日昨日だから、四日前にキリィシァって村が襲われてるって話を聞いてダニエルとバッファの村の男たちが助けに行ったけど、それはウソの情報だった。でも、男連中が留守になった二つの村に野盗が来た。ダニエルの村は、結果的に助かったけど、バッファの村は、女子供が攫われた、と」


 理解した様子の貴子を見て、ダニェルが付け加える。


「私、思う。ウソ、言う、同じ、野盗」


「ふむふむ。たくさんの野盗グループがあるわけじゃなく、一つのグループが、二つの村を襲いやすくするためにウソの情報を流したってダニエルは考えてるわけね」


 貴子は、頷き、


「あの男は誰? ギョロ目の人」


 手を使って自分の目を見開いて聞いた。


「名前、タダン。野盗、いる、ウソ、言う」


 ダニェルがタダンのやったことを思い出し、ムッとした顔で教える。


「ああ、あいつがウソの情報流したやつか。それであんな状態なわけね」


 タダンの顔の青タンと手首の縄の理由を貴子が察した。


「メイ ニス イェグレェオ……」


 心配顔のダニェルがついて行きたそうにバッファたちを見ている。

 ならばと貴子は、


「よっしゃ! 私らも助けに行こう!」


 ダニェルの背中を言葉で押した。


「助け! タカコっ、行く!?」


 ダニェルが貴子のセリフに瞳を輝かせた。


「おうさ! 美人魔法使い貴子様の出番だぜい!」


「び……じん?」


 ダニェルが貴子の顔を見つめて首を傾げた。

 『美人』の意味がわからないだけで、貴子の美人発言にいちゃもんをつけているわけではない。

 貴子もそれはわかっているが、


「び、美人はウソウソ、エヘ、エへへへ……」


 ちょっとヘコんだ。


「と、とにかく行こうっ、ダニエル!」


「ヤァ!」


 貴子が気を取り直して言うと、ダニェルが力強く返事をした。

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