第101話 「守る者」
警告音と共にモニターに背後の映像がピックアップされる。
盾で打たれ無防備になっているピンクの機体の横に、背後から迫るオレンジの機体が映し出された。
『リオン! 後ろ!』
セシリアさんの声と同時に体が反応する。フットペダルを瞬時に組み替え、エウバリースを急回頭させた。
ピンクの機体へ盾をぶつけた事でエウバリースはかなり減速している。この状態からの再加速でオレンジの機体を躱すのは難しい。
背後にはピンクの機体があり、前方フルスラスターで後方へと逃れる選択肢もない。
既に斧を振るう体勢になりながら、長剣の間合いでは防御できない位置からオレンジの機体が迫っていた。
同時に背後のピックアップ画面に、ピンクの機体が動き出す姿が映し出される。
『うふふ……』
何故かアルテミスの小さな笑い声が聞こえた。
至近距離で二機に挟まれるという厳しい状況に陥っているにも関わらず、アルテミスからの制動もウィップソードによる援護も発動しない。
刹那、思考より先に体が動き、瞬時にフットペダルを踏み抜いていた。
そもそも、アルテミスが背後から迫る機体に気が付いていないはずがない。アルテミスが『これぐらい対処できるでしょう?』と微笑んでいる姿が脳裏に浮かんだ。
けれど、同時に不安な気持ちが押し寄せる。本当にそうなのだろうか……。
────
白の機体の背後にフルブーストの凄まじい光が広がり、リーザの機体を瞬間的に包み込む。
その光でモニターが真っ白になりリーザの視界を奪った。
盾を叩きつけられるという屈辱を味わい、怒りに燃えていたリーザだが、本能的に攻撃を中断し後方へと急速回避を行う。
白の機体の背後から一旦離れ、次の攻撃のタイミングを図る為だ。
一方、急速回頭をした白の機体に迫るカークスのミストルテイン。
こちらへの加速と同時に構えられた白い盾が迫るが、この動きは織り込み済みだ。
速度を落とさない僅かな動作で盾を躱し、カークスは雄叫びを上げながら斧を叩き込んだ。
侵入角も相対速度も斧の軌道も完璧な攻撃。躱した盾の先にある白の機体へと振るう確実な一撃。
「貰った!」
雄叫びと共にアームの動きを司る操縦桿を押し込み、一気に斧を振り抜く。
カークスには白いGDの胴部に叩き込まれて行く斧の軌道が見えていた。オーディンの騎士を仕留めるという栄光の一撃だ。
「ん?」
だが、瞬時に見えていた世界が切り替わり、そこにあるべき白い機体が消えてなくなっていた。
手応えなく宙を切る斧の軌跡を目で追った直後、目前に迫る白の機体のショルダー部。
凄まじい衝撃と共に、機体のモニターがブラックアウトした。
「リーザ……」
カークス・バーンスタインは、一瞬だけ背中に熱さを感じた……。
────
「ほら。リーザ、もう大丈夫だ」
「兄さん。カークス兄さん……」
石でもぶつけられたのだろうか、カークスが抱き締めるリーザの額には血がにじんでいた。
美しいブロンドの髪も、ぐしゃぐしゃにされ酷い状態だ。
優しく髪を撫でつけるカークスを見上げながら、リーザの両目から涙がポロポロと
「泣かないでリーザ。俺が必ずお前を守るから……」
孤児院の一角で、薄汚れた格好をした兄が妹を優しく抱き締めている。
優しい兄と泣き虫の妹。いつも一緒の二人。
・
・
・
「お前ら孤児なんだろう! 近寄るな!」
幼年学校の初登校の日。怯えるリーザの手を引きながらカークスは耐えていた。
こんな連中は、自分が拳を振るえば簡単に黙らせられる事は分かっている。
けれども、学校で暴力沙汰を起こしてしまったら、また孤児院に戻されるかも知れない。
自分達を引き取り優しくしてくれる里親の為にも我慢しなければ……。
卑劣な言葉を投げかける連中からリーザを隠しながら、カークスは唇を噛み締め、必死に耐えていた。
「リーザ、大丈夫だ。いつだって俺がお前を守るから」
カークスは震えるリーザの手を強く握っていた。
・
・
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「兄さん、私は嫌よ。パイロットになんか絶対ならない。人と殺し合うなんて嫌よ!」
「リーザ。俺達は軍人だ。両親だって軍に籍を置いていたからこそ、今の俺達があるんだぞ」
「……」
「恩を仇で返す訳にはいかないだろう。父さんと母さんを俺達が守らなきゃ」
「うう……」
ハラハラと涙を流すリーザをカークスが優しく抱きしめた。
「大丈夫だ。リーザは俺が必ず守るから……」
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後方へと急速回避を行ったリーザのモニターに、白い機体とオレンジの機体が重なるのが見えた。
自分を強かに叩いた盾が宙に放たれ、それに釣られて攻撃を躱された兄の機体。
次の瞬間、急加速をした白の機体がショルダータックルを叩き込んだ。
不意を突かれ、激しい衝撃を受けたオレンジの機体がその場で反り返る。
両方の機体の加速が乗った鋭く重たいタックル。余程の回避行動を取っていない限り、かなり深刻なダメージを受けたはずだ。
直後にカークスの機体の後方から、赤いGWが猛スピードで迫るのが視界に入る。
危ういと見たリーザがカークスを救おうと反射的に動こうとした刹那、視界に大きなデブリが割り込んで来た。避ける為に動き出しが一瞬遅くなる。
デブリが通過し再び加速しようとした途端、彼女の目に飛び込んで来たのは、赤の機体が繰り出したレーザー粒子刃が、兄カークスの機体のコクピットを背後から貫く姿だった。
「クソ兄貴が! 下手を打ちやがって!」
そう罵った途端、リーザの時が止まる。
「いや……違う……。あれはカークス兄さんだ……。優しいカークス兄さんが……」
爆散し火球に変わるオレンジの機体。
心を突き刺す痛みと、耐え難い絶望感でリーザの意識が遠のいていく。
「兄さん……」
その直後、動きを止めた機体の周辺宙域は、突出して来たエルテリアの第一艦隊と、それを迎え撃つように押し出して来たミストルテイン部隊による激しい戦闘状態へと陥った。
動きがないまま漂っているショッキングピンクの機体は、激しい戦闘の中へと巻き込まれ何処かへと消えて行った。
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