第102話 「氷の惑星」

 オレンジの機体が爆散するのを避け、アジュとクナイと合流する。

 ピンクの機体を討ちたかったが、宙域が混戦状態に入った為にHUDのピックアップからロストしてしまった。


「セシリアさん、ナイスです!」


『ふう。緊張したわよ。でも、リオンは流石ね!』


『あの状況から簡単に抜け出すとは……。恐れ入ったよ』


「でも、ピンクの機体をロストしました」


『仕方がない。第二フェーズが始まったからな』


「いよいよですね。お二人はイーリスへと戻って下さい」


『了解』


『リオン、気を付けてね』


「はい」


 第一艦隊が全艦突撃を始め、敵艦隊と混戦状態に入っている。

 これから俺を含めたオーディンの騎士達がしなくてはならない事がある。

 それは、敵のGD部隊をしばらくの間、各国の第三艦隊に到達させない事だ。

 第一艦隊の砲撃を担っていたのはヤーマーラナ達CAAIだが、実は各艦運用を遠隔で制御していたのは第二艦隊のCAI。その第二艦隊の制御を行っているのが第三艦隊。

 今の段階で第三艦隊の艦艇が撃沈されてしまうと、その艦艇が運用を担っていた第二艦隊、更にその艦に制御されている第一艦隊が制御不全に陥る。

 そうなると、オーディンが提案した作戦が露見し破綻する可能性があるのだ。

 オーディンの新たな通信技術と艦隊運用型CAIによってもたらされたこの作戦。実はこの戦闘宙域に兵士は殆どいない。現在戦闘を繰り広げている艦隊は無人艦なのだ。

 万が一の通信不良に備えて各艦隊の最後尾で待機していた通信部隊とステルス艦の乗組員。それに加えて、GW隊の指揮を執るベテランパイロットが若干名従事していたのだが、その兵士達も既にステルス艦で宙域を離脱し始めている。

  

 突撃を開始した第一艦隊は予定通り混戦状態に入っており、俺は出来るだけ敵を惹き付ける動きをしながら、第二艦隊へと向かうGDを追い散らしていた。

 エウバリースの持つ能力を最大限に引き出しながら、数機で編成されている小隊にフルブーストで迫り、長剣とウィップソードの連撃を繰り出す。

 速度を落とさず次の目標へと向かい、先頭を行く機体を瞬時に打ち倒し、急制動と急加速で他の機体を打ち払う。

 青く光る長剣を動力部へと突き刺し、斧を振るう敵機を盾で薙ぎ倒し、混戦状態の宙域を抜けた所で再び回頭し粒子レーザーを撃ち込む。撃墜出来なくても良い。今は敵GDの攻撃能力さえ奪えれば良いのだ。

 エウバリースの力に圧倒された敵部隊は、慌てて味方艦艇の位置まで退却して行った。

 計画は順調に進んでいる。間もなく第二艦隊も突撃体勢に入り、第三艦隊もそれに続く事になる。

 作戦は第三フェーズへと移行していた。


『リオン。そろそろイーリスへと戻りましょう』


「分かった。それはそうと、さっきピンクとオレンジの機体に挟まれた時に、アルテミス笑ったよね」


『どうでしょう。覚えていません』


「全ての状況を記録しているCAAIが覚えてないとか、ありえないだろう」


『ふふ……』 


「回頭した瞬間にウィップソードでピンクの機体を攻撃してくれれば、取り逃がさなかったのに」


『いいえ。もし攻撃を加えていたら、あのショッキングピンクのパイロットは、近接武器を使いウィップをからめ取った可能性があります。そうなれば、オレンジの機体への加速が鈍る、もしくは体勢が崩れて危うい状況に陥っていたかも知れません』


「うーん、なるほどねぇ。アルテミスの状況判断には、まだまだ勝てないな」


『いいえ。リオンの能力が無ければ成し得ない事ばかりですから。私の操縦補助や状況判断はリオンに依存しているのですよ』


「それはお互い様だね。アルテミス無しではこんな操縦は出来ないから」


 そんな話をしながらも、俺は不安な気持ちを拭い去れないでいた。

 二機に挟まれた刹那の状況判断は、そうなのかも知れない。

 でも、後方から迫る敵機のピックアップがあれほど遅れるなど、今まで一度も無かった事なのだ。

 あの時アルテミスが笑った本当の理由……。

 あれはエラーを起こした彼女自身に向けたものなのかも知れない。

 そんな事を考える度に、彼女の寿命の事が頭をよぎり心が締め付けられる。




 アルテミスと話している間に、小惑星に偽装しているイーリスへと戻って来た。アジュとクナイは帰艦済みだ。

 敵に捕捉されないように、イーリスの陰に入りながらエウバリースを着艦させた。

 モニターをイーリスの後方映像に切替えると、激しい砲撃戦を繰り広げる艦隊が徐々に小さくなって行く姿が映し出されている。

 これからエルテリアの無人艦隊はセントラルコロニー艦隊を突き抜ける勢いで突撃を行う。

 連動してヤーパンとドロシアの無人艦隊も一気に押し出し猛攻を仕掛ける。

 三国の艦隊は壊滅状態に陥るまで激しく戦い抜き、撃沈を免れた艦艇はオーディン宙域を目指して撤退するのだ。

 その艦艇も追撃されてしまうかも知れないが、問題はない。

 この宙域に展開していた艦隊は、もともとオーディンが提案した作戦を成功へと導くために、敵艦隊の目を逸らす囮になるのが役目だったのだ。


 そして、この宙域を脱したイーリスと各国のステルス艦はエルテリアへと向かっている。オーディンが示した作戦を実行する為に……。

 

 ────


「近くなって来たな」


「本当に綺麗な惑星ね」


「そりゃあ、エルテリアの象徴であり信仰の対象である女神ディオティネスだからな」


『惑星への降下軌道へと入りました。大きな揺れが予想されますので、危険防止の為シートへの体の固定を行って下さい』


 イーリスの艦内放送と共に、ベルトを使いシートへと体を固定する。

 目の前のモニターには、巨大な氷の惑星ディオティネスの青白い姿が映し出されていた。

 ディオティネスを目指した艦艇の中で、このイーリスが最後の到着になる。

 オーディンが示した作戦の最大のポイントとなる惑星ディオティネス。

 目前の戦いに勝つ事ではなく、負けない事を選択したオーディンの計画。

 正直、成功する可能性がどのくらいあるのかは分からない。だが、現状でミストルテイン艦隊と雌雄を決するより、この計画が提示する未来へと賭ける事を皆が選んだのだ。


 惑星ディオティネスで最も過酷な天候のエリアへと降下して行く。凄まじい突風が吹き荒れ、イーリスごと体が揺さ振られる。

 分厚い氷層に覆われたディオティネスは、猛烈なブリザードで氷の地表が全く見えない状況なのだ。


「なぁ、リオン。イーリスって女性か」


 胸に手を当てながら女神ディオティネスへの祈りを捧げていたエドワードさんが、急に不安げな表情をしながら語り掛けて来た。


「はっ? 何ですかこんな時に」


「いや、だからイーリスって艦名は、女性名なのかって聞いているんだ」


「し、知りませんよそんな事……どうしてですか」


「前に話しただろう! エルテリアはディオティネス様の恩寵を受ける為に、軍艦の名称は女性名にしているって」


「ええ、確かにそんな話を聞いた気がします」


「イーリスが男性名だとしたら、ディオティネス様の怒りを買うかと思ってな」


「今更そんな……」


「大丈夫ですよ」


 俺達の会話が聞こえたのか、ノーラさんが話に入って来た。


「イーリスって名前は、古代神話の中では女神の名前だったはずよ」


「へえ、そうなんですね。女神かぁ」


「なっ、女神だと……。ヤバいかも知れないな」


「どうしてよ」


「なあ、ノーラ。俺が君と同じ様なメガネ女子を連れて歩いていたらどう思う?」


「大変不愉快に思います。許せません」


「だ、だろう。同じ女神と言うのが気に喰わなくて、氷の大地に叩きつけられたりしないよな……」


「あー、私ならそうするかも知れません。メガネとは関係なしに」


 ノーラさんの宣言に、エドワードさんの表情が凍り付いた。


「ねえ、リオンちゃん。何でこんな時に二人の惚気のろけ話を聞かされるのかしらねぇ」


「本当ですよ」


「おっと。リオンもなかなか言う様になったじゃないか!」


 艦橋に集まったメンバーから笑い声が湧き上がるなか、モニターには巨大な氷の地面がせり上がってくる姿が映っていた。分厚い氷の断面の下に真っ暗な空間が現れる。

 その空間へと向けて、イーリスが船体を滑り込ませて行った……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る