第99話 「奇妙な動き」
指揮艦に戻ったロイドボイドは、機体から降りられずにいた。
出撃前に見せていた傲慢な態度は鳴りを潜め、コクピットシートに体を預けたまま何も映っていないモニターを呆然と見つめている。
「フロムンド」
『はい』
「何が違う」
『申し訳ありません。質問の意図を汲み取りかねます』
「ふっ。オーディンの騎士と俺とは何が違う。何の差だ! あの力の差はどこから来ている」
『はい。本質的な事では無いかも知れませんが、数値的な差でしたらご説明致します』
「何でもいい。言ってみろ」
『速度一〇〇から〇への静止、一八〇度回頭後に再び速度一〇〇までの加速をしたと仮定した場合。〇・一秒以上の差があります。また……』
ミストルテインのCAIフロムンドからの数値に関するデータを聞き、その余りの差にロイドボイドは愕然とした。
ただの偶然や幸運が重なっただけだと思っていた事が、圧倒的な技量の差である事を思い知らされたのだ。
これまでの歴史において、他国の持ちえない高い機体性能の恩恵で名を馳せていたと思っていたオーディンの騎士。
彼はパイロットを目指してからこの方、オーディンの騎士を不平等で卑怯な奴等だと思っていた。
同じ性能の機体を駆るようになり、彼のその想いは更に強くなった。いつか偽者どもの化けの皮を剥いでやろうと思っていたのだ。
ところが、本物のオーディンの騎士との戦いで圧倒された。
セントラルコロニー軍のパイロットとしてトップ・オブ・トップの自分がだ。
ミストルテインとオーディン機の機体性能に大きな差が有るという答えを期待する気持ちもあったのだが、伝えられた答えはパイロットとしての技量の差であった。
「この戦争には勝つ。我が軍はこの先に待つ戦いでも間違いなく勝つとは思う。だが、オーディンの底力を侮ると痛い目に遭うな……」
ロイドボイドの呟きは自分自身に向けたものなのか、自軍全体に対してなのかは分からない。
だが、彼の中で強い危機感が生まれたのは確かであった。
「……騎士などと気取っていられるのも、あと僅かな時間に過ぎなくなる……か。我ながら
ロイドボイドが自嘲気味に笑いを浮かべ、コクピットシートから立ち上がった。
「フロムンド!」
『はい』
「俺はもっと強くなりたい。あいつらと対等に戦えるぐらいにな。操縦レベルを上げる為に出来そうな事を全て教えろ」
『承知しました』
ロイドボイドがコクピットから飛び降りると、片方の脚部とアーム部が無いディープグリーンのミストルテインの姿が目に入る。
格納庫の床へゆっくりと着地すると、下士官とメカニックが敬礼をしながら待っていた。
「無事のご帰還。何よりでございます」
「惨めなものだ。機体を壊して済まんな」
詫びのつもりなのか、ロイドボイドがメカニックに向けて手を上げた。
今まで相手にもされなかったメカニック達が、指揮官の意外な行動に慌てて背筋を伸ばす。
「いえ、全力で修繕に当たらせて頂きます」
「頼む」
直立不動で敬礼を続けるメカニック達の前を、ロイドボイドがパイロットスーツのシールを胸元まで外しながら通り過ぎて行く。
彼の背中を見送るメカニック達が、指揮官の驚きの言動に目を白黒させていた。これまで『頼む』などと言われた事など一度も無かったからだ。
だが、去って行く指揮官が急に振り向いた事で、メカニック達に再び緊張が走る。
「そうだ。CAIのフロムンドと相談してカスタマイズを施してくれ。しっかりと頼むぞ」
「はっ!」
ロイドボイドの姿が消え、メカニック達は苦笑いしながら顔を見合わせていた。だが、機体がクレーンの爪に吊られ移動を始めると、急ぎ足でその後を追って行った。
────
奇妙な動き。
ピンクの機体の動きは、その表現が一番合うような気がする。
お互いに相手に読ませない動きをするのは当然なのだが、ピンクのパイロットが何を意図しているのか、どの行動に繋げたいのかさっぱり読めないのだ。
撃ち落とせと言わんばかりにフラフラと浮遊して見せたり、当てる気がない粒子レーザーの一撃を打ち込んで来たり。そうかと思えば、全く届かない位置で近接武器の斧を踊るように振り回したり……。
かといって、こちらから打ち込めるような隙は見せない。こちらが動こうとした瞬間、その動きを制する様に動きを変える。
ただ普通と違うのは、この動きをお互いに超高速で行っているという事だ。
アジュとクナイがオレンジの機体を上手く引き剥がし、アルテミスやセシリアさんが言うところのショッキングピンクの機体と一騎打ちの状態になっていた。
オレンジとの連携が取れなくなり、ピンク機が隙のない防衛主体の動きになるかと思いきや、解き放たれた様な動きに変わったのだ。
見方によっては人を小馬鹿にした動きだが、こちらが仕掛けた時の反応は鋭い。
こちらが急回頭と急加速で裏を取る動きをしても、相変わらず相手も同じ速さで動き、正面で向き合う位置を保って来る。
アジュとクナイがオレンジを引き付けてくれている間に、こいつを何とかしなければいけない。野放しにしたら危険な機体だ。
相手が奇妙な動きを続けるなか、こちらから一気に仕掛ける。
すれ違いざまに回頭するタイミングを早め、体が軋むような急回頭直後に長剣を打ち込んだ。
狙いとしては、相手が長剣を斧で受けた所を、アルテミスのウィップソードの連撃でアームや脚部を破壊して攻撃力と機動力を奪おうと思ったのだが、相手は素早く機体の向きを変え長剣の軌道を躱し、斧でウィップソードの連撃を防いだ。やはり手強い。
直後に弾ける様な加速でこちらの懐に飛び込み、そのままショルダー部での体当たりを仕掛けて来る。
こちらも急制動で体当たりを躱そうと動いた刹那、ピンクの機体から真逆のスラスターの噴射が一瞬見えた。
直後に躱そうとした方向から迫る斧の凄まじい一撃。
長剣を立てながら
ほぼ同じタイミングで相手からも粒子レーザー光が発せられ、お互いにフルブーストで躱した。それにより二機の距離が一旦開く。
「アルテミス。これって……」
『ええ、騎士に勝るとも劣らない動きをしています』
「だよね」
『ですが……こちらを上回る為にかなり高負荷の動きを続けています。あれではパイロットの体は壊れてしまいます』
「どうなっているんだ……来た」
アルテミスと会話する間にも、こちらに照準を絞らせない為か、壁にぶつかるかの様な急制動と、直後の急加速による細かな動きで距離を詰めて来る。
しかも、距離を詰めながら粒子レーザーの連撃を続け、こちらに反撃の暇を与えない。
だが、こちらは追い立てられながら相手の動きを釣り込んで行く。相手に気取られない様に徐々に確実に……。
必死に反撃のタイミングを伺う動きをしながら、ピンクの機体が迫るのを待つ。
相手は高負荷のかかる動きをしながらこちらを追い込み、こちらに撃たせたいと思うタイミングで隙を見せて来た。
敵に誘われるまま粒子レーザーを撃ち込むと、こちらの攻撃を舞う様な動きで躱し、直後にフルブーストで距離を詰めて来た。狙い通りの動き。勝負だ。
長剣の間合いを一気に抜け、エウバリースの懐に飛び込んで来るピンクの機体。
パイロットの体に激しい負担が掛かる動きをしながら、近接戦闘を仕掛けて来る。
こちらに読ませない素早い動きの直後、斧の一撃が迫って来た。鋭く正確にコクピットを狙う攻撃。
相手の攻撃に合わせて、迫りくる斧を長剣で受けようと動いた刹那、相手の逆アームが動くのが見えた。
斧とは逆のアームに粒子レーザー光が輝く短剣が握られ、エウバリースのコクピット目掛けて凄まじい速度で差し込まれる。
斧の攻撃を長剣で受けると絶対に躱せない間合い。必殺の一撃がコクピットへと向かって来ていた。
──予想通りだ。
コクピットシートに体が沈み込み、息が出来なくなる程のGを受けながらフットペダルを踏み抜く。
瞬時に左アームに握られた、オーディンの紋章が入る盾を相手の機体に叩きつけた。
エウバリースの最大加速による重たい一撃がピンクの機体と斧を弾き飛ばし、盾の側面で打たれたアームが短剣と共に千切れ飛ぶ。
自機の加速とエウバリースのフル加速が合わさった盾の一撃。衝撃で動きが止まったピンクの機体が、無防備の状態で目前の宙域に浮かんだ。
その一瞬の隙を逃さず、仕留めるべく長剣を構えた時だった。
『リオン! 後ろ!』
セシリアさんの叫び声が飛んで来た。
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