第98話 「第二フェーズへ」

 絶対の間合いで撃ち込まれた一撃。

 ロイドボイドの繰り出した斧の刃が深紅のサルンガのコクピット部へと打ち込まれ、特殊合金で出来た刃がコクピットをパイロットごと切り裂いて行く……。


「ん?」


 ロイドボイドの目には、コクピットが切り裂かれて行く赤い機体が見えていたはずだが、その機体は斧に打ち出されたかの様に、斧の軌道とは逆方向に弾かれて行った。


「仕留め損ねただと……」


 離れていくサルンガのコクピット部には塗装が剥げた傷が斜めに残っているだけであった。


「あの間合いで無傷だと……クソっ! CAIの緊急回避か」


 ロイドボイドが睨むモニターには、一旦宙域を逃れたミストルテイン六機が、再び包囲を狭める姿が映しだされている。

 中央でピックアップされているサルンガへの包囲隊形が再び整いつつあった。


「二度も三度もかわせると思うなよ」


 CAIの緊急回避の影響なのか、もしくはコクピットへの攻撃の衝撃でパイロットが深刻なダメージを負っているのか、深紅の機体は応戦の構えを見せていない。


「手負いか。手間取らせやがって」


 包囲を完成したミストルテイン七機が、宙域を漂うサルンガへと一気に殺到し、近接武器である斧が再び深紅の機体へと迫った。

 その刹那、サルンガの両アームから放たれた粒子レーザー光が二機のミストルテインを貫き、間髪入れず弾かれたかの様な動きで別の機体との間合いを詰めた。


「クソっ! 誘い込まれたか」


 サルンガのアームに握られた赤く光る剣が、振り下ろされた斧を受け止め、もう一方の剣がミストルテインのコクピットを貫く。


「逃すな!」


 一気に三機を仕留められたが、その隙に包囲は一気に狭まっていた。

 ロイドボイドは他の三機へと向かう構えを見せているサルンガの背後に廻り、至近距離から粒子レーザー砲を構える。

 射線上に味方機が重なっているが、それは彼に取り些細な事でしかない。

 オーディンの騎士を討つ為であれば、味方が何人犠牲になろうと構わない。

 味方機を貫く至近距離からの射撃。外れようがない攻撃。

 だが、ロイドボイドの指がトリガーを引こうとした刹那、あらぬ方向に頭が揺さ振られ視界が泳いだ。


「何だ!」


『緊急回避』


 ロイドボイドは方向感覚を取り戻そうとモニターをにらむが、再び頭が揺れモニターに映る画像が跳ねまわる。


「ぐっ……」


『緊急回避』


 CAIが言い終わらないうちに再び頭が揺さ振られる。


「クソが! 何をやっている! 真面に操縦しやがれ!」


 その時、イラついて怒鳴り散らすロイドボイド視界に、漆黒のやりが機体をかすめて行く姿が映った。

 直後に大きな衝撃を受け、機体が軋む音が聞こえて来る。


「クソっ」


 やっと方向感覚を取り戻したロイドボイドが、フルブーストで宙域を逃れる。

 槍を躱した位置を確認すると、HUDに赤くピックアップされた漆黒の機体が映っていた。


「黒騎士だと……どこから現れた」


『右アーム及び脚部破損。継戦による生存率は0%』


うるさいんだよ! 言われなくても分かっている」


 深紅の機体が更に一機を仕留め、漆黒の機体から繰り出される鎗によって他の二機が貫かれるのを確認するや否や、ロイドボイドは一気に宙域を離脱した。


「オーディンの騎士二人に挑むほど愚かじゃない……。口惜しいが、あいつらがどんなに強かろうとこの戦局は覆せない。オーディンどもは小さな宙域での武でも誇って滅びろ」


 ロイドボイドは唇を強く噛み締めながら、味方艦隊のひしめく宙域へと退却して行った。

 彼の去った宙域では、彼が語った通りセントラルコロニー軍がヤーパン・ドロシア艦隊を圧倒し、徐々に圧し込み始めている。

 もう間もなく第一防衛ラインを突破し、圧倒的な攻撃力で敵艦隊を敗走させる事は火を見るよりも明らかであった。


「バーンスタイン兄妹は白い奴を落とせたか。もしそうなら、クソ生意気なリーザに勝ち誇られるのは気に喰わんな……。まあ、直ぐにお寝んねだろうがな」


 ────


「アポロディアス! あんたが手を抜いていたから反応が遅れたんでしょう!」


『いやいや、あれぐらい余裕で躱せると静観していただけだ』


「はあ? 最初に他の機体からの攻撃回避は任せるって言ったでしょう! いつまで待ってもやらないから、仕方なく対応した隙にあの深緑に攻撃されたのよ」


『あの程度の敵、先手先手で墜とせないアリッサの実力不足では』


「なっ……何ですって!」


『おいおい、二人とも何を揉めておる』


「ディバス様聞いて下さい! このポンコツCAAIのせいで大恥かかされたんです」


『大恥?』


「ええ、コクピット周りの傷を見てよ! こんなのクソリオンに見られて『大丈夫だった?』なんて言われたら生きて行けないわよ」


『大げさな。ちゃんと躱せたから良いじゃないか』


「わたしの自尊心はズタズタよ!」


 周辺の敵GDを一掃した黒騎士とアリッサの機体が、激しい戦闘を続けている第一艦隊へ向け宙域を移動している。

 アリッサはコクピットに受けた傷が余程悔しかったのか、アポロディアスに喰ってかかっていた。


『ふふっ。とにかく無事で何よりだ。だが、君が素晴らしい騎士で有る事に変わりはない。騎士に成りたてで、これほどの実力の者は中々いないぞ』


 彼女のご機嫌を取る為か、それとも本気なのかは分からないが、アリッサの能力が高いレベルに有る事は間違いない。

 コクピット部へと攻撃を受けた際、一瞬の判断で後方へと逃れたのは、アポロディアスの緊急回避ではなく、彼女自身によるものだ。


「あ、ありがとうございます! ポンコツのアポロディアス、今のディバス様の言葉聴いた?」


『あー、通信の状態が悪い様です』


「チッ!」


『ふふ。それよりも、そろそろ次の作戦フェーズに入る頃だ。忙しくなるぞ』


「はい。ディバス様に付いて行きます」


 混戦状態に陥っているヤーパン・ドロシア第一艦隊の後方へと、漆黒と深紅の機体が二筋の光となって一気に駆け抜けて行く。

 それを合図にしたかの様に、第一艦隊中央で砲撃に注力していたイーリスが後退を始めた。翡翠ひすいのGDトリシューラと、CAAIファイネリングを乗せているイーリスだ。

 宙域を通過して行く小惑星に偽装しながら、第二艦隊の後方へと抜けるや否やフルブーストで宙域を離脱して行く。

 一瞬のブースト光が発せられたものの、この混戦の中で小惑星に偽装したイーリスを捕捉できた敵艦は居ない。

 その動きに合わせヤーパンとドロシアの第三艦隊の最後尾から、それぞれ数隻の艦艇が離脱して行く。

 その動きも敵には全く捕捉されていない。どの艦艇もステルス艦なのだ。

 宙域を離れていく艦艇の向かう先は、エルテリアコロニー宙域。

 激しい艦隊戦が続く中、オーディンの提案した作戦が粛々と進んでいた。


 ────


「やはりこの二機は動きが違う……」


 迫りくるピンクの機体から、立て続けに粒子レーザーが撃ち込まれ、躱したところに更にオレンジ色の機体から攻撃が飛んで来る。

 躱しているうちに二機が一気に距離を詰め、そのまま近接戦闘に持ち込んで来た。

 ピンクの機体からの凄まじい初撃を躱し、すれ違いざまに急回頭で背後を取ろうとしたが、相手も凄まじい急回頭を見せ、正面で向かい合う形になる。鋭く機敏な動きだ。


 すかさず長剣を振るうが、ピンクの機体は躱しながら急加速で懐に入って来た。

 こちらの懐に入るや否や、突然脚方向へと機体を沈み込ませる。

 そのままエウバリースの真下に移動したかと思うと、急制動と急加速で跳ね返る様な動きを見せ、その勢いのまま斧を切り上げて来る。

 瞬時に前面スラスターを焚き後方に逃れると、機体を掠め斧の刃が通過して行く。

 その刹那、今度は天方向からオレンジの機体が斧を振り下ろして来た。

 斧を長剣で受けると同時に、オレンジの機体の脇へ向けてフットペダルを踏み込む。

 間近に迫るオレンジ色の機体の横をすり抜け、その後方に位置するピンクの機体へと攻撃を加えるが、あっさりと斧の刃で受け流された。手強い。


 オレンジの機体が俺の動きに釣られて回頭しようとしたところを、エウバリースの陰からアジュとクナイが攻撃を仕掛けた。

 良いタイミングで仕掛けたと思ったが、アジュの攻撃はオレンジの機体に、クナイの攻撃は急加速で俺とすれ違ったピンクの機体に防がれてしまう。驚くほど完璧な連携だ。

 即座に反撃を加えて来るところをアジュとクナイが何とか躱し、追撃の動きをみせる相手をエウバリースの粒子レーザーの連撃で抑え込んだ。


「一旦離脱します」


『了解』


 ピンクの機体が執拗に出て来ようとするところを射撃で抑え込み距離を置く。

 直後に敵GD隊とこちらの第一艦隊との乱戦に紛れてしまい、HUD上の二機の位置をロストしてしまった。だが、相手もこちらを見失ったはずだ。

 

「あの二機が連携を保ったままだと難しい。操縦レベルが他のGDとは段違いだ」


『リオン。二機を抑えるには引き離さないと厳しいぞ』


『あの二機を野放しには出来ないわよ。他の部隊では抑えきれないわ』


「うん。アルテミス、あの二機の動きをどう思う?」


『ショッキングピンクの機体が主で、オレンジの機体が従の様に見えます。ピンクの動きに合わせて、オレンジの機体がフォローをする関係にあるようです』


『なら、私とエドワードでオレンジを引き付けるわ。リオンはその間にショッキングピンクをお願い』


「二機だけであのGDを相手にするとか、危険過ぎます」


『無理に撃墜を目指したりしなければ大丈夫だ。どれだけ訓練をしてきたと思っている』


「それはそうですが……」


『迷っている暇はないわよ。何かの拍子にあの二機に第三艦隊まで行かれたらアウトよ』


『そうだ、俺らはあくまでも時間稼ぎだ。敵部隊を第一艦隊周辺で食い止めるのが俺らの役目だろう』


『リオン。二人の言われる通りです』


「分かった。その作戦で行こう。二機を探し出す」


『ふふふ。リオンちゃん、その必要は無さそうよ。ショッキングピンクの機体が貴方に向かって来ているわ。あれ、きっと女ね……』

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