第96話 「砲撃手」
こちらの動きに対して、敵艦隊の対応は早かった。
大きな奇襲効果を狙った訳ではないけれど、多少の混乱をもたらす事が出来れば、作戦にプラスになると思っていたから少し残念だ。
敵左翼後方から攻撃を開始したエルテリア艦隊に対して、直ぐに敵の別艦隊が急進して弾幕を張り始めた。粒子レーザー拡散チャフの散布も早い。
そして、そのタイミングで敵GD部隊が急激に数を増したのだ。
「アルテミス。敵GDの数が急に増えたね。この奇襲作戦は予測済みだったという事かな」
『はい。この艦隊運用の素早さから見て間違いないかと』
会話をしている間に、敵艦艇の陰から強力な粒子レーザーの光が伸びて来た。
直後に敵艦隊の間を縫うように移動していたミストルテイン部隊が宙域に現れた。
その動きに対して、エルテリア艦隊から出撃したGW隊が一斉に艦砲射撃の射線から退避する。同時にエルテリア艦隊から粒子レーザー砲の一斉砲撃が始まった。
対峙しているセントラルコロニー艦隊が粒子レーザー拡散チャフを濃密に散布しているのに対し、実はエルテリア艦隊はダミーチャフの散布しかしていない。
エルテリア艦隊の集中砲火はチャフに防がれ敵艦隊には届かないものの、チャフの散布されていない宙域に出て来たGD部隊を直撃した。初撃で数機の敵GDが火球に変わる。
その後も正確無比な砲撃で敵機を追い詰め、次々に火球へと変えて行く。
堪らず敵GD部隊が砲撃を逃れ慌てて散開し、その隙に連携が乱れた敵部隊にエウバリースを踊り込ませた。
HUDの画面にピックアップされた敵GDに、流れる様な速度で照準を合わせトリガーを引く。
右アームから伸びていく粒子レーザー光が敵機に迫るが、素早い動きで躱された。
その躱した時の一瞬の動きを見極め、左アーム側の粒子レーザーを撃ち込む。
三連射で二機を捉え火球に変えた。敵機のこの動きの単純さはCAI操縦の機体だ。
三連射を躱した機体……パイロット騎乗と思われる機体にもう一度撃ち込む。
幾度も攻撃を上手く躱す敵に対し、急制動や急回頭を強いる位置に射撃を加え続けた。
反撃の暇を与えず攻撃を続け、無理な制動を繰り返させるうちに、敵機の操縦ロスが目立ち始める。
直後に急回頭からのブーストの遅れを突いて仕留めた。
『リオン、良い攻撃です。敵機の動きへの判断が的確ですね』
「ありがとう。これもアリッサやドロシア艦隊から貰った敵データのお陰だね」
『ええ。特にドロシア軍とアポロディアスの分析が効いています。行動を共にしていた時に取得したディバス卿のグングニールの戦闘データと対比して、動きの癖や操縦ロスの特徴を事前に受け取れたのは時間的に大きいですね』
「そうだね。お陰で全体のシミュレーションに使う時間を多く取れた」
『はい。今次作戦の成功率がかなり上昇……リオン、左翼側GW隊に敵機が向かっています』
「了解」
即座に回頭して、エルテリアのGW部隊に迫る敵機を追う。
GW隊は積極的に攻撃に参加しない作戦行動を取っている。まともにGDと戦うと全く歯が立たないからだ。
敵GDと無理に戦わず、艦隊に近づかせない様に、弾幕を張る役目を担って貰っている。
急加速でGW隊に迫る敵機。モニターに一〇機ピックアップされている。
フットペダルを強く踏み込み、エウバリースをフルブーストさせると、凄まじい勢いで敵機の背後へと迫った。
敵後方の三機がこちらに対峙する為に急回頭するが、至近距離から粒子レーザーを叩き込み二機を沈黙させる。
残る一機が通り過ぎたエウバリースを追い回頭した所を、エウバリースの陰に入っていたアジュとクナイが仕留めた。
こちらの動きを察した残りの七機が一斉に回頭するところに、更に加速して長剣を一閃。青く輝く刃が敵機を切り裂く。
刹那、フットペダルを組み換えて踏み込み、強烈なGを感じながら、こちらの動きについて来られない敵機の間をすり抜けた。
長剣で一機、アルテミスのウィップソードで一機を撃墜。
その間に、隙が出来た一機をアジュとクナイが仕留めた。良い連携が続いている。
残りの四機は不利を悟ったのか、一気に宙域を離脱して味方機の溢れる宙域へと戻って行った。
追撃して仕留めてしまいたいところだが、全域に渡り圧倒的に不利な戦況が続いている。
目の前の宙域で勝利しても、全体の戦況を好転させるには小さ過ぎるのだ。
そんな中でもエルテリア艦隊は善戦を続けている。エルテリアだけではなく、ヤーパン・ドロシア艦隊も敵艦隊の突破は許していない。
四カ国の連合艦隊は、今のところ最小限度の損害で厳しい戦局を乗り切っている。オーディンの提案した戦術が上手く行っているのだ。
粒子レーザー拡散チャフの散布領域を出た敵GDが、エルテリア艦隊の集中砲火を浴び火球に変わる。
実は敵のGDの性能は通常の艦砲射撃で撃墜できるような代物ではない。
本来であれば砲撃を掻い潜り、艦隊に肉迫し近接戦闘で容易に艦艇の息の根を止める事ができる程の性能なのだ。
だが、エルテリアの第一艦隊は通常の艦艇ではない。実は通信により全艦のレーザー粒子砲が一隻の艦艇に繋がっているのだ。
そのエルテリア第一艦隊の中央で砲撃を担っているのは、青いイーリスの格納庫で無数のコードに繋がれ鎮座している機体。その
騎士パートナーの居ないCAAIを単独でこのGD戦に出すのは無理だが、砲撃手となり敵GDの接近を抑え込む射撃を担う事は可能なのだ。
ヤーマーラナの演算により、正確で強力な艦砲射撃を加えるという作戦は功を奏し、敵の突破を抑え込むだけではなく、既に何機も撃墜している。
同じ様に、ヤーパンの第一艦隊では、
『リオン。良い感じで応戦出来ているな』
「ええ、今のところ計画通りですね」
『とにかく、敵GD部隊をかく乱し続けましょうね』
「右翼側が少し押されているようです。そちらに向かいましょう」
『『了解』』
『しかし本当に通信がクリアに繋がっているな。改めてオーディンの技術に驚かされるよ』
『本当に。こんな混戦の中でも艦隊と通信が出来るって凄いわね。艦隊の遠隔操作も問題ないみたいだし』
「ええ。現状で敵に
敵艦隊から躍り出た二機のGDが艦砲射撃を掻い潜り、対応するGW部隊に向かう姿が見えた。凄まじいスピードで宙域を抜けて行っている。
ベテランパイロットだろうか、攻撃を躱し反撃を加える動きが他の機体とは段違いだ。
操縦ロスが殆どなく、正確な射撃でGWをいとも簡単に撃墜している。
「あの二機……他と動きが違う」
『リオン。かなりの手練れです』
「分かった、行こう。中央から抜け出した二機を追います」
『『了解』』
即座にフルブーストで追いかけるが、二機の敵GDはGW部隊の包囲を抜け、第一艦隊に迫りつつある。
モニターに拡大される二機のうち、ピンクのカラーリングを施されている機体から、強力な粒子レーザーの光が伸び、第一艦隊の艦艇を貫いた。
付き添う位置を移動しているオレンジの機体からも光が発せられ、二機で次々と艦艇を撃沈していく。
この攻撃に、二機の射程圏内に位置する艦艇が一斉に粒子レーザー拡散チャフを散布し、GW隊と共に防衛体勢に入った。
二機はその対応に即座に近接武器に持ち替え、艦隊に飛び込もうとしている。
「させるか!」
先行するピンクの機体に向けてトリガーを引くと、粒子レーザーの光が真っ直ぐに伸びていく。
ピンクの機体は迫る粒子レーザー光を瞬時に回避し急回頭した。鮮やかなピンクの機体がこちらを向く。
その刹那、ピンクの機体から強烈な悪意の様な物を感じた。凄く嫌な感じだ。
こちらを確認するや否や、機体後方にブーストの輝きが広がり、凄まじい速度で宙域を切り裂きながらエウバリースに迫って来た。
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