第94話 「GD運用部隊」

 遠距離での艦砲射撃戦を繰り広げていた艦隊が一斉に粒子レーザー拡散チャフを宙域に散布し始めた。

 敵艦隊との距離が近くなることで、粒子レーザーへの回避行動が困難になり、被弾する可能性が高まるからだ。

 守勢に回っているヤーパンとドロシア軍は艦艇の周囲に、攻勢を仕掛けるセントラルコロニー軍は自軍の艦艇が到達する宙域へと先んじて散布している。


 互いの粒子レーザーによる攻撃が無効化されると、次はミサイルや速射砲などの実弾での射撃戦へと戦況は移っていく。

 そのタイミングで、両軍からGW隊が発進し敵艦隊への近接攻撃を狙っていくのだが、セントラルコロニー艦隊の先頭部隊から発進した数は、ヤーパン・ドロシア艦隊側の一〇分の一にも満たない機数だった。

 だが、その機体はGDであり、GWの倍以上の大きさがありながら機動性と火力は桁違いの性能を示している。

 その為、機数は多いが、不利な状況に陥ったのはヤーパン・ドロシア艦隊側であった。




「敵両翼、共に交戦状態に入りました」


「ミストルテインの運用状況は?」


「現在二〇%です」


「随分と小出しにするものだな」


 ミストルテイン艦隊の旗艦『フェッロニリーニ』。

 古代語で『平和をもたらす』という艦名の司令官席には、セントラルコロニー軍の中将が腰を据えている。

 存在する階級としては元帥・大将の次席になるのだが、セントラルコロニー軍に於いて両階級は名誉職となっており、戦場指揮に立つ者としては最高位の将官のひとりだ。

 幾多の紛争や戦争に従事して来た彼は、堅実かつ冷静な手腕が評価され、次第に軍の精鋭部隊を任される様になり、約五年前に極秘裏に設立されたミストルテイン艦隊の司令官となった。

 パイロットの育成とGDミストルテインの量産が軌道に乗り、実戦投入されるや否や、彼の指揮するミストルテイン艦隊は目覚ましい戦績を上げ続けている。


 もちろん、その艦隊名となっているGD『ミストルテイン』が、これまでのGWに比べ異次元の性能を誇っている事が強さの要因ではあるのだが、これほどの短期間でユーロン・ドロシア・ロドリアンコロニー群を占領状態に陥れる事が出来たのは、彼の部隊運用の妙である。


 但し、彼の指揮下にありながら、実質的に指揮の及ばない部隊がある。この艦隊の中心戦力と言えるGD運用部隊だ。

 ドロシア占領戦までは、彼の指揮権が及んでいたのだが、ヤーパン・エルテリア・オーディン攻略作戦の始動と共に、本国の統合参謀本部の指示で、当該部隊の指揮権はミストルテイン部隊の隊長であり、トップパイロットでもあるロイドボイド・ルフト大佐に移譲されたのだ。

 攻略の肝ともいえる『ミストルテイン』の出撃機数や投入のタイミングは、彼の指示に頼らざるを得ない状況となっていた。


「ルフト大佐より入電。状況の変化が起こるまで、ミストルテインは現在の機数を維持。指揮P系機体を除き、当面C系機体にて運用。必要以上の負荷は避けられたし」


 P系機体とはパイロット騎乗のGDの事を示しており、C系とはCAI単独制御の機体を表している。

 つまり、当面の間は多数のCAI制御のGDを指揮する少数のパイロット騎乗機しか戦場に出ないので、通信系統が不安定になる敵艦隊との乱戦は避けろと言う事なのだ。


「大佐が中将に対し艦隊運用の示唆しさか……。私がその階級の時にやっていたら、即宇宙空間に放り出されて行方不明者入りだったがな。時代と言うものか」


 艦隊司令官である中将が、苦笑いをしながら呆れたように首を横に振った。

 軍の指示系統のトップである統合参謀本部からの指示とは言え、佐官が将官の職域を犯すなど、本来であれば許されざる行為であり軍法会議ものなのである。


「こうなると、あの噂は本当の事かも知れぬな。我が軍のGDミストルテインは、長時間のパイロットによる運用は出来ないという例の噂だ」


「はい。私も耳にした事がございます。余りの機動力にパイロットの体が持たないとか。本国では改良型の開発を急いでいるそうですが、まだ完成はしていない様で」


「その対策として、パイロットに投薬をしているとの噂も聞くが……」


「彼らの行動は全て隠匿いんとくされています。噂の真偽を確かめる術がありません」


「本当の事だとしたら、おぞましい事だ。ある意味、私の指揮下から切り離されて良かったとも言えるな」


「はい」


 副長との会話中でも、司令官の目線はモニターから離れない。戦局は目まぐるしく動いていた。

 敵の右翼側第一艦隊を突破出来たかに見えたが、敵の艦隊運用でその芽は摘まれてしまった。

 敵艦隊との乱戦は避けろというロイドボイドの指示が艦隊の前進を鈍らせた事も理由のひとつだ。

 但し、強力なGDによる艦隊支援により、艦隊の最前列に位置する第一艦隊は、敵をじりじりと圧し込んでいる。

 だが、今のところ敵陣を突破し、敵を敗走させる様な攻撃には至っていない。開戦から長時間均衡した状態が続いていた。


 ────


 艦艇数は両軍ほぼ同数の四〇〇〇艦。

 ヤーパンやエルテリアの三カ国による連合艦隊としては余りに少ない艦艇数だが、本国防衛の部隊が残っているとすれば、それ程おかしな艦艇数ではない。


「オーディンの騎士とやらは、まだ出て来ていない様だな。そもそも、予測より敵艦艇の数が少なすぎる。どうせ伏兵でもいるのだろう。オーディン共が顔を出すのもそのタイミングだ。パイロット達はそれまでゆっくりと待機させておけ」


 ミストルテイン運用部隊の指揮を執るロイドボイドが、パイロットスーツの胸をはだけさせた状態で艦橋のモニターを眺めている。

 一進一退を繰り返す戦局は、彼にとっては長閑のどかな景色にしか見えないのか、眠そうに欠伸あくびを繰り返すだけであった。


「失礼します。大佐、少し宜しいでしょうか……」


 彼といつも密談を繰り返している下士官が、ロイドボイドを艦橋の外へと促す。

 ロイドボイドは扉を出る直前に、警戒するかの様に艦橋内を振り返ったが、特に問題は無かったのか、そのまま艦橋を後にして下士官の待つ小部屋へと身を滑り込ませた。


「リーザが引き籠って出て来ません」


「何かと思えば……。いつもの事だ。引きずりだして拘束しておけ」


「ですが、出撃に支障が……」


「大丈夫だ。その時になったら、いつものリーザになってもらう」


「はい。承知しました」


「拘束時は気を付けろよ。攻撃的になる前に終わらせないと、また死人がでるぞ」


「はい。十分注意させます」


 敬礼をして立ち去って行く下士官を見送ると、ロイドボイドは艦橋へと戻った。

 戦況を示すモニターを確認するが、特に変化は無い。

 そのまま指揮席に身をゆだねると、気怠そうに眼を閉じた。 


 その頃、戦闘宙域に対し、セントラルコロニー艦隊の左翼側後方からエルテリア艦隊が姿を現した。

 ロイドボイドが予測した通り、セントラルコロニー艦隊を挟撃するために、宙域を大きく迂回して回り込んだのだ。


 ────


 エウバリースのコクピットにイーリスの通信が入る。


『間もなく予定宙域に到達します。宙域に戦闘光源確認。ドロシア・ヤーパン艦隊は既に交戦状態に入っている模様』


「分かった。予定通りだね。アルテミス、ヤエル中将に繋いでくれるかい」


『はい……どうぞ』


 格納庫内を映しているモニターの一角にヤエル中将が映し出された。

 戦闘宙域に近づいているけれど、画像に乱れはない。通信状況は良好の様だ。


「ヤエル准将。間もなく戦闘宙域に突入します。位置的に最も過酷な艦隊運用を強いてしまい申し訳ありません。どうぞご無事で」


『リオン殿。わざわざの心遣い痛み入ります。こちらの事は心配なく。計画通りに運用して見せますので』


「はい。それと今後の事もエルテリアに依存する形になり……」


『大丈夫です。皆に女神ディオティネスの恩寵があらんことを』


 モニターに映るヤエル准将が、胸に手を当て祈る様に目を瞑る。

 俺もエルテリアの女神ディオティネスが微笑んでくれることを祈った。


「エドワードさん、セシリアさん。予定通り艦隊の主砲三連射の直後に発進します」


『OKだ』


『大丈夫よ』


「くれぐれも無理をしないで下さいね。この戦いは……」


『大丈夫よ。ちゃんと訓練して来たじゃない』


『リオンこそ俺らに気を取られ過ぎて、ヘマをやらかすなよ。いま四つの国を繋いでいるのはお前なのだからな』


「はい」


『第一艦隊通信良好。主砲発射準備完了。二〇秒後に三連射開始』


 隔壁の前にエウバリースを挟む位置にアジュとクナイが並び、モニターに艦橋のノーラさんが映り込む。


『前方宙域に障害物無し。出撃準備オールクリアです。無事の帰還をお待ちしています』


 エルテリア第一艦隊から前方宙域に向けて粒子レーザーが放たれた。

 三射目を確認すると同時に、エウバリースのフットペダルを強く踏み込む。


「アルテミス。行くよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る