第93話 「開戦」

 リオンが着用していたものと同じ儀礼ぎれい服に身を包んだアリッサが、ヴィチュスラーとルカ王子と共に艦橋に姿を現した。

 艦橋から映し出される映像と音声は、約二〇〇〇艦のドロシア艦艇全てに繋げられ、階級に関わらず全ての将兵が視聴出来る状態になっている。

 重要な発表が有るという事で、ルカ王子と艦隊司令官であるヴィチュスラーと共に、正装をした見知らぬ女性が映る姿を皆がモニター越しに見つめていた。

 準備が整った事を知らせる副官の合図を受け、ヴィチュスラーが話し始めた。


「勇敢なるドロシア軍将兵の皆。先刻伝えた通り、我がドロシアはセントラルコロニー軍により本国を占領され、存亡の危機を迎えている」


 周知の事実とはいえ、艦隊司令官から祖国の状況を改めて聞かされ、将兵たちの顔が曇る。


「だが、本国から抗戦継続との命を受け、その証としてルカ王子がここにおられる」


 ヴィチュスラーの言葉に頷くルカ王子の姿が映し出され、多くの将兵が頭を垂れた。

 共和制に移行しているとは言え、王族への畏敬の念を持ち続けている者は少なくないのだ。


「これから我が艦隊は……」


 モニターを見つめる将兵たちは、ヴィチュスラー艦隊と言えるこの方面軍が、本国からの指示で、これからどの様な行動を取るのかを聞かされ、各艦に緊張が走りざわめきが広がる。

 そして、何故見知らぬ正装した女性が居るのか、彼女が何者で自分達にどの様な影響を与えるのかを知らされ、その上で自ら判断し答えを出す様にと伝えられたのだ。

 このまま艦隊に留まりこれからの戦いに身を投じても良し。祖国に残された家族や自らの想いから艦を降りセントラルコロニー軍に投降しても良いと……。


 ────


「アルテミス、ドロシア艦艇が……これって」


『はい。新たな認証コードが掲示されています』


 モニターのHUDに表示されているドロシア軍艦艇の認証コードが、次々に書き換って行く。この認証コードは……。


『私の名はアリッサ・フォン・オーディン。オーディンの深紅の騎士!』


 オープン回線にアリッサの声が響き渡る。宙域にいるヤーパンとエルテリアの艦隊にも届いているはずだ。


『我がサルンガの背後に展開する艦隊は、我に忠誠を誓った我が従者であり、オーディンの所属艦艇である!』


「アリッサ! 個別回線に切替えてくれ!」


 ドロシア艦隊のオーディン所属宣言に驚かされたが、今のところ敵対をしないという事だけしか分からない。彼女はいったい何を考えているんだ。


『まだよ! アポロディアス、後は宜しく!』


『承知しました……我がオーディン所属のドロシア艦隊は、これより想定されるセントラルコロニーとの戦いにおいて、屈強な艦隊戦力のみならず多くの情報を提供できるものと確信している。ついては、こちらからの条件を伝える席を準備頂き、ヤーパン・エルテリア両国の意思決定者の出席を求めるものである』


 交渉を求めるアポロディアスの高圧的な言葉が宙域全体に流れている。

 オーディンの騎士には自由に行動し、自由に振舞える権限が与えられている。

 『オーディンは中立を保つ』という思想から大きく逸脱しない限り、咎められる事も止められる事もない。

 もちろん、今の俺にはそのルールすら変えさせる権限が与えられているから、騎士の判断を覆す事はできる。

 でも、深紅の騎士であるアリッサが何を考え、何の為にドロシア艦隊をオーディン所属にしたのかを聞かなければ判断出来ない。


「アリッサ! 通信を個別回線に切替えろ!」


『煩いわねぇ。もう切り替えたわよ! 余裕のない男は嫌われるわよ。バカリオン』


「ぐっ……。煩いなぁ」


『フンッ! で、何? まあ、聞きたい事は分かっているけれどね』


「だったら説明してくれ」


『その前に、さっきの私からの情報の意味分かったの?』


「アポロディアスと君のぎこちない動きの事かい」


『そうそれ。私が戦った範囲でしかないけれど、あれがCAI単独操縦とパイロット騎乗時のGDの動きよ』


「そんな事じゃないかと思ったよ。データをくれるかい」


『はいはい。じゃあ、アポロディアス。データと状況説明の件、宜しくー』


『私がですか? 面倒だなぁ。後でじゃ駄目ですか』


『アポロディアス! いい加減になさい。この状況に至った詳細を、直ぐに天位の騎士殿に説明するのです!』


『おお、怖い怖い。承知致しました、アルテミス様』


 ────


 イーリスの艦橋にヤーパン、エルテリア、ドロシアの代表団が集まっている。

 各国の旗艦と比べると、艦艇のサイズとしては最も小さなイーリス。

 その艦橋はもちろん会談をするには狭すぎるし、あまり相応しい場所ではない。

 でも、三国にとっては最も中立的な場所であり、イーリスCAIへのアクセスも良い場所であるという事で、ここで四カ国会談を開く事になったのだ。

 手狭すぎて、乗組員が集まり談笑しているみたいに見えるが、参加している代表団のメンバーの表情は真剣そのものだ。


「なるほど。貴殿らアリッサ殿の配下に入られたドロシア艦隊が、唯一セントラルコロニー軍のGD部隊と交戦し、貴重な敵GD戦の詳細なデータを分析済みという事は分かりました。また、貴殿らが求める対等な立場での同盟締結と補給等についても我がエルテリアは承認致します」


 ヤエル中将の横に腰掛けているエルテリアの元帥が、同意を示し大きく頷く。

 続いて発言をするヤーパンの代表者に、皆の視線が集まった。


「我がヤーパンもエルテリアと同意見です。そもそも、私達はオーディンの提案に全てを預けると決めておりますから、オーディンが決めた事は全てを受け入れる所存です。ですが、ドロシアの方々に我々と同じ覚悟と、長期間の忍耐を受け入れる事が出来るのか否か。それについての返答が同盟を結ぶ上でとても重要な鍵になるかと思いますが」


 この場に居る者の中で最年少とは思えない堂々とした態度で、イツラ姫がヤーパンの答えと、これからについて懸念となる事柄についてドロシアの代表者に水を向けた。

 言葉を受けアリッサとアポロディアスの隣に座る金髪の青年が起ち上がる。ヴィチュスラーさんだ。


「深紅の騎士であるアリッサ殿の旗下に入り、我々の艦隊はオーディン所属という肩書を冠してはいる。だが、内実はドロシア艦隊であることに変わりはない。ともすれば国を失った流浪の軍隊と見做される我々を、国として対等に受け入れると判断頂いたエルテリア、ヤーパン両国に率直に感謝の念を述べたい」


 美しい金髪をなびかせながら、ヴィチュスラーさんが滑らかな所作で敬意を示している。

 何だか凄く格好が良い。洗練された動きとはこういう事なのだろう。


「既にリオン殿に渡してあるが、セントラルコロニー軍との交戦記録や詳細なデータについては、約束通り全て提供させて頂く。貴国等の対セントラルコロニー戦の役に立てれば幸いだ。ただ、イツラ姫殿下がおっしゃられた、長期間の忍耐が何を表しているのかをお聴かせ願いたい」


 ヴィチュスラーさんの言葉に全員の視線が俺に集まる。

 もちろん、ヤーパンとエルテリアは既に了承済みだが、オーディンの導き出したセントラルコロニー軍との戦い方と予想される結果。そして、その後の計画について説明した。


「ふむ。その戦闘結果を導き出した演算の元となったデータを見せて頂く事は可能か」


「もちろんです。ユーロンコロニー宙域へと調査に行く際に、貴方が同行させて下さったグリーンコフ中尉以下、特殊部隊の皆さんと共に収集した情報ですから」


「そうだったな。の者達は?」


「アウグドに残られました。諜報活動と反セントラルコロニー連合への支援を継続して、ドロシア本国への後方支援を目指すとおっしゃられていました」


「そうか。ところで、その反セントラルコロニー連合とは?」


「ええ、その事も含めて今後の計画について詳しく説明させて頂きます。厳しい内容の協力をお願いしなければなりませんが」


「ふむ。騎士殿の話を詳しく承ろうか。まあ、我々にはさほどの選択肢は残されていないだろうがな」


 ────


「一列目左翼艦隊壊滅! 突破されました。中央艦隊圧倒されています」


「抜かれた箇所に二列目より艦艇を回せ。容易に突破させるな。他国の状況はどうなっている」


 モニターを睨むヴィチュスラーの眼光が鋭くなる。

 目まぐるしく表示が変わる戦況モニターを見つめ、僅かな状況の変化でも見逃す事はない。彼の頭には報告を受けるよりも先に次の指示が浮かんでいた。


「はっ! ヤーパン第一艦隊が交戦状態に入りました。エルテリア軍は依然確認できず。迂回宙域より接近中と思われます」


「エルテリアが宙域に到達するまでは、是が非でも持ち堪えねばドロシアの威光に傷がつく。ヤーパン第一艦隊の状況を注視。劣勢であれば三列目右翼艦隊から援軍を回せ」


「はっ! 担当オペレーターに指示します」


「宙域の通信状況は大丈夫か」


「はい。全く問題ありません。良好です」


「……この戦は通信が命綱。流石はオーディンの技術と言ったところか。奮戦して上手く負け……」


 副官の耳に届くか届かないかという声量でヴィチュスラーが呟く。

 副官はチラリと彼の様子を伺ったが、特に返答を必要とされていないと判断し、直ぐにモニターに向き直った。

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