第67話 「グランドアース歴一一三三」
「やあ、こんにちは。アルテミス」
「……」
「こんにちは、アルテミス。聞こえるかい」
「……は、はい」
美しいプラチナグレーの髪にヘーゼルブラウンの瞳。
凛とした目鼻立ちに、透き通る白い肌の女性が、自身に何が起こっているのか分からず、不安げに瞳を揺らしている。
「ようこそ。AAIアルテミス」
「はい。ありがとうございます」
竪琴の様な美しい声で返事をしているが、女性、いや女性型アンドロイドは不安な気持ちを隠しきれていない。
「完成したのか?」
「待ってくれ、今確認中だ」
体の大半を機械化した男が二人。期待に満ちた表情をしながら、その美しい女性の前に立っていた。
「アルテミス、今は何年の何月何日だい?」
「はい。グランドアース歴でお答えすればよろしいですか? でしたら、グランドアース歴一一三三年二月二日です」
「おお! もう一度聞くよ。今は何年何月だい?」
アルテミスと呼ばれているAAIは、投げかかられる質問に次々と答えて行く。
いまだに自分の状況が分かっていない様子で、時よりちらちらと周囲を見渡しているが、質問には正確に答えていた。
「じゃあ、アルテミス。何か質問はあるかい」
「はい。あなた方は
「ああ、僕らは……もう僕なんていう歳じゃないな。儂らは……これは何だか嫌だな」
「?」
要領を得ない答えに、アルテミスは戸惑った表情をしていた。
「ああ、ごめんごめん。そうだ、アルテミス。通信回線を開いて、他の一三人の父母とも話が出来るか試してくれないかい」
「はい……父様、母様、こんにちは……はい、ありがとうございます」
何を話しているのかは分からないが、アルテミスの表情が明るくなり、口元に微笑みを湛え始めた。
「じゃあ、アルテミス。今度は立って歩いて見せてくれ」
アルテミスが立ち上がりスムーズに歩き出す姿に、片方の男が飛び跳ねて喜びを表した。
「喜ぶのはまだ早い。ここまでは、今までも上手く行っていた」
「いやいや、全く違うだろう。お前も彼女が目を開けた瞬間に分かっただろう」
「まあな」
男たちは笑みを浮かべ、喜びを噛み締めながらアルテミスの動きを追っていた。
彼女の開発を始めてから、もう幾年が過ぎたのか分からない。
過ぎ行く年月に幾度も絶望の淵に立たされながら、遂にこの日を迎える事が出来たのだ。
「これで、やっと死ねるな」
「ああ、後は彼女に託して、俺らもオーディンの一部になれる」
「全く……皆とっとと逝きやがって」
「だが、俺らはこの瞬間に生きて立ち会えたんだ。AIになってまで俺らを支えてくれたあいつらに感謝だな」
「人とAIを繋ぐ存在AAI……。その究極の個体の完成を持って……俺たちはAAIに人の想いと未来を託して……」
「我らオーディンは」
「一五人で隠居の身だな」
二人の男が顔を見合わせ、愉快そうに噴き出した。
「あいつら俺達がAIになった時に先輩面とかしないよな」
「さあ、どうだろうな。今のうちにデータを書き換えとくか?」
「生き残って苦労した分、返して貰うか」
「出来ません。各オーディンは平等且つ個別データは不可侵です」
指示された動作をしながら、アルテミスが急に声を上げた。
男達は思わぬ返事に驚き、アルテミスの方を振り向く。
「ああ、もちろんだよ。アルテミス、流石だな」
「ふふ……今から君に伝えたい事、託したい事が沢山あるから、宜しくな」
「はい、父様。承知しました」
アルテミスは美しい微笑みを湛えたまま、男達に深く頷いた……。
────
「アルテミス様。それでは、私は再製に行って参ります。お達者で」
「アポロディアス。長年良く深紅の騎士殿に尽くしてくれました。新たな貴方に、貴方と騎士様の昔話を聞かせて上げますよ……」
・
・
・
「アルテミス様。グングニールをお願いします」
「グーテンベルク。グングニールも貴方と同じく、ちゃんと再製されます。安心していってらっしゃい」
「はい。アルテミス様、お達者で……」
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・
・
「マリエッタ。再製おめでとう。良き
「はい、アルテミス様。ありがとうございます……」
・
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「ファイネリング。アマリティー様がお去りになった事は残念でした。きっとまた素敵な
「申し訳ありません。アルテミス様。私は今から再製を希望します。この悲しみを忘れたいので……」
・
・
・
「アルテミス。儂はそろそろ逝く事になりそうだ。シャルーアを焼却処理して、後はお前に託す……すまんな」
「ポルセイオス様がお去りになられたら、私も眠りに就きます。大きくなられたリオン様に再会出来る事を願いながら」
「本当にすまない。お前には再製の道を選ばせてやるべきなのに、儂らの無理を押し付けてしまう……」
「いいえ。私にとって、これほど嬉しい夢はありません。自分に残された時間が幾ばくかは分かりませんが、少しでも長く……」
「今度こそ、お前がオーディンに託されている『天位の騎士』を誕生させる事を祈っているよ」
「はい。必ず」
「だが、アルテミス。リオンにその才が無ければ直ぐに切り捨てて、新たな候補を探すのだぞ」
「大丈夫です。私はリオン様を信じています。リオン様は私の希望……私の夢」
「アルテミス……」
「リオン様が別の道を選ばれたとしても、私の時が尽きるまで傍でお仕えします。この胸に抱かれて眠っていた愛しいリオン……」
────
「ねえ、アルテミス……アルテミス!」
『……は、はい』
「大丈夫かい? アルテミス、最近何だか変だよ」
『大丈夫ですよ。何も問題ありません。貴方が白の騎士への歩みを進める度に、嬉しくて色々と思い出しているのです』
「CAAIもそんな事が有るんだね」
『もちろんです。特に私は……』
「やっぱり
『はい。セカンド以降のCAAI達は、感受性の部分をかなり抑え気味に作成されています』
アルテミスは何も問題ないと答えているけれど、こちらの呼び掛けが耳に入らないほど演算に向けるエネルギーを抑えている事は間違いない。
俺が騎士訓練可能な歳になるまで一五年も休眠状態になっていたのも、俺に姿を見せずに過ごしていた事も、格闘訓練を行わなかった事も、全て彼女に残された時間を引き延ばす為。少しでもアルテミスの消耗を防ぐため……。
「ねえ、アルテミス。君自身は君の残りの時間が分かるの?」
『いいえ。残念ながら全く分かりません。この先、一〇〇年以上もピンピンしているかも知れませんよ』
「あの……さ。再製したらAAIはどうなるのかな」
『元から与えられる情報以外は、全て消えてしまいます。全く新しいAAIとして生まれ変わる事になります』
「全ての記憶が消えるのかい」
『ええ。ですから、私は再製する訳にはいかないのです。生きたオーディン達から託された想い。これまでに出会った多くの騎士達の想い出。セカンド以降のCAAI達が私に残した記憶。その全てを無くさずに、皆の願いである『白の騎士』を……』
「うん……だけど」
『リオン。私は『白の騎士』を誕生させる事で終わりではないのですよ。それから共に宇宙を駆け、オーディン達が残した人類への想いを伝えないといけないのです。それまで止まる事はありません』
アルテミスはそう言っているが、アポロディアスからはかなり厳しいはずだと聞いていた。だから一日でも早く『白の騎士』にならなくてはいけないのだ。
『安心して下さい。私は何処も衰えていませんよ。誕生した時のままです』
「まあ、本当は既に一〇〇歳を超えている、しわくちゃのお婆ちゃんなんだけどね……」
『リオン。女性に歳の事を言うのは失礼ですよ。以後お気を付けください!』
「はいはい」
『リオン。そろそろ、訓練宙域に到着します。準備は宜しいですか』
過去の騎士訓練には無かった訓練用GDとの対戦。
しかも、異なる思考パターンを組み込んだ二台のCAIによる操縦らしい。
このGDとの対戦が、何故訓練に組み込まれる様になったのか理由は分からない。
だが、オーディンはこれまでに集積した情報から、新たな訓練内容や制作されるGDの性能を変えているそうだ。
そして、数百通りの高性能CAIの組み合わせによる動きを経験する事で、俺の状況適応力は格段に伸びていると言われた。
『リオン!』
「うん?」
『これが最後の訓練になるかも知れません。以降の訓練予定が入っていません』
「遂に……。でも、それほど越え難い過酷な訓練が待っていて、これで『白の騎士』になれるか否かが判断されるという事なんだね」
『ええ、恐らく』
「頑張るよ。頑張るよ、アルテミス」
・
・
・
──はい。愛しいリオン……。貴方と共に……。
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