第66話 「深紅の騎士」

 全球モニターの画面からHUDの表示が突然消えた。

 ピックアップされていた敵役のシャルーアから四角のマーカーが消え、粒子レーザーの照準も方位を表す目盛りも何もかも全てが消えてしまったのだ。

 コクピットごと宇宙に放り出された感覚に陥ってしまう。


「アルテミス、これは故障?」


『……』


 通信が出来ないのか、アルテミスからの返事がない。訓練機のシステムエラーだろうか。

 今日の訓練はアリッサと小惑星帯の両端から侵入し、潜む敵機を倒しながら合流ポイントを目指すというものだ。

 この訓練は幾度か行っているが、回数を重ねる度に敵機の種類や戦闘力が強化されて行く上に、合流までのタイムリミットが短くなっている。

 シビアな条件が課されている上にHUDの故障。これは不味い状況に陥ったのかも知れない。


 こちらの状況など関係なしに、敵役のシャルーアから容赦無く攻撃が飛んで来る。

 かわす分には、いつもとそれ程変わりはないので無難に対処出来るが、こちらからの攻撃が厄介だ。

 先ずは粒子レーザーが撃てるのかを確認する為にトリガーを引く。

 モニターの中を一筋の光線が宙空へと走って行った。射撃は可能だ。

 とにかく、戸惑って動きを止めていてはどうしようもないから、的を絞らせない様に機体を素早く動かし、複数のシャルーアから放たれる攻撃を躱して行く。

 躱しつつ反撃を試みるけれど、やはりHUDの表示と照準が無いせいで攻撃が当たらない。


 ──こうなれば近接戦闘に持ち込んで倒して行くしかない。距離感が掴みにくいが、とにかく攻撃を躱しながら距離を詰めて……。


 だが、そこで有る事に気が付かされる。敵シャルーアとの距離が縮まらないのだ。

 一瞬ブースターの出力低下で加速しないのかと思ったけれど、流れて行く星の感覚でHUDが無くてもいつもと変わらない速度が出ている事は分かる。敵のシャルーアが近接に持ち込ませない様に距離を取っているのだ。

 このシャルーアの動きで、この状況が機体の故障ではない事が分かった。そういう訓練なのだ。


 ──どうすれば良い……。

 絶え間なく飛んで来る攻撃を躱しながら、対応策を考える。

 ──撃ち落とすしか方法が無いのなら……。

 相手の攻撃を釣り込みつつ、いつもの感覚で粒子レーザーを撃ち込んでみる。

 タイミングや方向は間違っていないはずだが、やはり当たらない。

 普段どれだけHUDの照準に頼っていたのかを痛感させられる。

 そんな後悔も束の間、視界に無数のミサイルが飛び込んで来た。

 慌てて機銃で応戦するが、ピックアップや照準が無い為に上手く当たらない。

 撃ち漏らしたミサイルを慌てて躱すが、そこを狙いすましたかの様に粒子レーザーが殺到して来た。

 何とかなしたあと、釣り込む動きで追撃を躱し、急加速で距離を取った。

 ──このままじゃらちが明かない。

 再び殺到する粒子レーザーを躱す。

 訓練のお陰で、今まで以上に感覚で攻撃を躱せる様になっていた。

 頭の中のイメージと、実際に操縦している機体の動きがスムーズにシンクロできるのだ。


 その時、不意にある考えが浮かんだ。

 ──シンクロした感覚で躱せるのならば、逆に……。

 訓練用のGDを急回頭させ、フットペダルを一気に踏み込む。いつもの加速感。いつもの相対感覚。

 感覚がシンクロした途端に、頭の中にHUDの画面が浮かび、瞬時に敵機がピックアップされて行く。

 照準の感覚を見極める為に粒子レーザーを撃つと、その光の先に見えていないはずの照準がモニター上に浮かぶ。これで行ける……。


 ────


『リオン。次は攻撃順位を見極めて』

『リオン。守るべき対象が有る時は』

『リオン。もっと精度を上げて』

『リオン。その判断は』

『リオン……リオン……リオン』


 アリッサが騎士になった。『深紅の騎士アリッサ・フォン・オーディン』の誕生だ。

 衛星の巨大格納庫に、ロールアウトされたGDがそびえ立っている。

 巨大な騎士が、炎を形どったかのような造形の兜を被り、ショルダー部やアームのひじ、脚部との接合部分を覆うスカート部、ホバータイプの機体の様に大きく広がった脚部、その全てが炎をイメージさせるデザインをしている。古代神話に出て来る炎の神をモチーフにしているそうだ。

 その燃える様な深紅の機体『サルンガ』から、コクピットを覗きに行ったアリッサが降りて来た。


「どう? 惚れ惚れするほど綺麗な機体でしょう」


「ああ、苛烈で攻撃的な雰囲気が君にピッタリだよ」


「それ、誉め言葉よね」


「も、もちろん……」


「リオン殿。ちょっと試運転に付き合って貰えないかい」


 サルンガを見上げると、CAAIピットからアポロディアスが顔を覗かせていた。

 彼はアリッサが騎士になった事で、三〇年振りに『深紅の騎士』の育成に成功したと言っていた。

 アポロディアスはセカンド(第二世代)CAAIとして生まれ、今までに三度『深紅の騎士』と共に過ごしたそうだが、その時の騎士との記憶は全く無いらしい。

 セカンド以降のCAAIの寿命は長くても五〇年と言っていた。

 その前にCAAIの希望によって再製され、記憶の無い真っ新な状態で活動を始めるそうだ。

 けれど、ファースト(第一世代)CAAIのアルテミスは、まだ一度も……。


「ダメかい?」


「あ、いえ。喜んで」


 アルテミスの事で一瞬考え込んでしまったが、深紅の騎士アリッサが駆るサルンガの初戦闘の名誉を断る訳がない。


「殺しちゃったらごめんねー」


「深紅の騎士様に討たれるのであれば本望でございます」


「フンッ! 本当にこの辺で殺しておきたいけれどね」


「お手柔らかにお願いします」


 アリッサとは一緒に騎士訓練という死地を乗り越えて来た。

 幾度も実戦を行い、彼女は最初の頃に比べると、桁違いの能力を備えている。

 俺は未だ騎士になれてはいないが、彼女が騎士になれた事は本当に嬉しい。

 

 訓練用のGDはパイロットに合わせて徐々にカスタマイズされて行くので、サルンガの特徴は何となく予測が付く。だが、その機体性能は未知数だ。

 試運転とは言っているものの、油断していると本当に死ぬかも知れない。


 ────


「何か本当にムカつくんだけど!」


 サルンガの試運転という名の本気の戦闘が終わり、無事に衛星に戻ったのも束の間。コクピットから降りるや否やアリッサが飛び掛かって来た。

 サルンガの攻撃と変わらない、苛烈な突きや蹴りが立て続けに飛んで来る。

 けれども、試運転戦と同じようにアリッサの攻撃を全て躱した。

 その後も、なかなか攻撃を止めないアリッサの隙を突き、腕を取った状態で脚を払い、そのまま組み伏せた。

 頬に少しだけそばかすが有るアリッサの顔が目の前に迫り、乱れた茶色の髪の間から青い目が見つめている。


「リオン、あんた本当に強いね。いつの間にか全く敵わなくなってさ。あたし、本当はあんたの事……」


 アリッサはそう言うと、俺を見つめながら微笑んだ。意外な表情と言葉に戸惑ってしまう。


「グフッ!」


 次の瞬間、見事に腹を蹴り上げられ、体が浮き上がった所を床へ引き倒される。

 アリッサは素早く起ち上がると、すかさず俺を踏み付けた。


「あんた本当に甘いわね。あれぐらいで動揺するなんて、本当に女好きなのね。危ない危ない。このまま殺しても良い?」


 アリッサの冷たい表情を見上げながら、俺は両手を開いて降参する仕草を見せた。


「アリッサ。だって俺、お前の事が……」


「えっ……」


 動揺を隠しきれないアリッサの一瞬の隙を突き、踏み付けている足を取り、逆足を……。


「ゲフッ」


 びくともしない足で更に強く踏み付けられてしまった。


「あんたさあ、そんなので私が引っかかるとでも思っているの? アルテミスから恋愛の訓練でも受けたら。あーあ、私は何でこんな奴に勝てないんだろう」


 アリッサは足を退けて、俺を引き起こしてくれた。

 試運転戦の結果がよっぽど悔しかったのか、口を真一文字に結んで睨みつけて来る。

 まあ、俺に対する不満というより、自分に対して腹が立っているみたいだ。

 ふと見上げると、サルンガのCAAIピットから、アポロディアスが愉快そうに手を振っていた。手を振り返すと、ふわりと飛び降りて来る。

 タイミングを合わせるかのように、アルテミスも訓練機から降りて来た。 

 騎士訓練が始まってから、幾度もこうして四人で集まって話したけれど、今日はいつもとは違う。

 アリッサはもう騎士見習いじゃない。オーディンの騎士だ。


「アポロディアス。オーディンからは何か指示がありましたか」


「ええ。リオン殿の騎士訓練参加の依頼はありましたが、どうするのかは騎士次第ですので……」


「そうですか」


「あたしはお断りよ。これ以上訓練に付き合う義理は無いわ。一日でも早く騎士として活躍したいから」


 騎士からの意思表示に、アルテミスもアポロディアスも深く頷く。


「と、言う事ですので。我々はこれにて失礼します」


 アポロディアスがうやうやしく頭を下げた。元々容姿が整っているので、貴族風の挨拶がとても様になっている。


「アポロディアス。アリッサ殿をしっかりとサポートするのですよ」


「はい、アルテミス様。それではリオン殿と共にお達者で。吉報をお待ちしております」


「ええ。アリッサ殿、騎士就任おめでとうございます。素晴らしい資質を持った『深紅の騎士』の誕生。心よりお祝い申し上げます」


「ありがとう、アルテミス」


 アルテミスが深く頭を下げると、アリッサもそれに答えた。珍しく満面の笑みが零れている。


「じゃあね、リオン! 無理だとは思うけれど、白の騎士目指して頑張ってねー」


 二人はサルンガを赤いイーリスに乗せ、そのまま衛星から去って行った。

 格納庫のモニターに遠ざかる船影が映っている。あっけないお別れだ。

 騎士には全ての行動を決定する権限が与えられている。

 『深紅の騎士』となったアリッサは、自らの意思で騎士としての使命を果たすべく、オーディンを旅立って行ったのだ。

 

 長期間共に過ごしたアリッサ達が去り、何となく寂しい気持ちで格納庫内を見渡していると、アルテミスの手が優しく肩に置かれた。


「リオン。あなたが騎士になる事を急ぐのであれば『銀』を選ぶことも……」


「アルテミス、分かっているだろう……俺は白を目指すんだ」


「はい」


「君に俺を託した両親の願いであり、君が紡いで来た希望。俺が必ず辿り着くべき、オーディン達の想いを受け継ぐ唯一無二の存在……天位の騎士」


「リオン」


「必ず成し遂げてみせるよ。君の時が尽きる前に必ず……」

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