第65話 「GDでの訓練」

 三機のシャルーアを火球に変え、急速回頭をしながら残りの二機を目指す。

 フットペダルを組み替えながら強く踏み込むと、見えない壁にはじかれるかの様に訓練用のGDが瞬時に減速し、直後に凄まじい加速を見せた。


『リオン。回頭減速時のロスが大きすぎます。もっと機体の性能に慣れないと』


「了解」


 訓練用のGDは、今まで乗っていたシャルーアとは桁違いの性能だった。

 火力は勿論だけれど、倍以上の大きさがあるのに機動性が尋常じゃない。

 GDはシャルーアではとても描けなかった軌道を辿る事が出来る。けれど、まだシャルーアでの感覚が抜けきれず、僅かだがもたついてしまうのだ。


『リオン。最初に説明した通り、シャルーアとGDとの最大の違いは機動力と俊敏性です。それを可能にするだけの性能がありますから、Gの影響を恐れずに、今まで以上に厳しい取り回しを目指して下さい』


「うん。何となくは身に付いて来ているけれど、瞬時の判断で癖が出てしまう」


『ええ。仕方がありません、その為の訓練ですから』


 GDの筐体が大きな理由はふたつ。

 ひとつは、凄まじい機動力と火力を支える為のエネルギーを大量に蓄える為。

 もうひとつは、機動性と俊敏性を高める為に、最大の弱点となるパイロット自身の体をGから守る機構を備えているからだそうだ。

 単純には、球形のコクピットがゲル状の液体に包まれているという感じらしい。

 シャルーアだとパイロットの体の限界を超えてしまうGがかかる挙動であっても、その液体の硬度を調整しつつ、コクピット全体、ひいてはパイロットに掛かるGを限界まで吸収する機構が組み込まれているということだ。

 その球形のコクピットのゲル内での衝撃吸収領域を最大限確保する為に、GDは筐体が大きくなっていると説明された。


 訓練用GDを操り始めて、黒騎士が何故シャルーアの限界の動きに余裕を持って対応出来ていたのか、その理由の一端を伺い知る事が出来た。

 けれど、黒騎士ディバス卿の動きはGDの機体性能に頼ったものではなかった。彼の騎士としての高い技量によるものだ。

 俺もあの高みを、いやそれを越える技量を身に付けなくてはいけない。

 アルテミスから『これ以上は意味が無いので、見せるのはこれで恐らく最後』と言われた俺のパイロットステータスは、多くの項目が『S』以上になっていた。

 パイロットレベル自体は騎士になるために最低限必要となる『S』に間もなく全ての項目が到達するだろう。

 けれども、俺はその『S』では足りないレベルを目指している。アルテミスと共に……。


 残りのシャルーアを容易く火球に変え、補給も兼ねて一旦イーリスの格納庫へと戻った。


 ────


『システムを完成させた一五人の思考を受け継いだAIたちが、今のオーディンの根幹を担っています。彼らはシステムの硬直化を避ける為に、意思決定を一台もしくは少数のAIに移譲する事をしませんでした』


「どうして? 優秀なAIを作りあげたのなら、それで……」


『答えはリオンも分かるはずです。CAI単独操縦のGWは動きがパターン化しやすいので、容易に撃墜出来てしまうでしょう。ですから、一五人の思考を受け継いだAI達が、それぞれの異なる思考体系を元に議論し結論を導くのです』


 次の訓練宙域に移動する合間に、アルテミスからオーディンの歴史や思想に付いての話を聞いていた。

 聞けば聞くほど、オーディンが実力を行使して世界を治めれば、人とは違い利害関係の無い政治によって、平和がもたらされる気がするのだが……。


『ほら、リオン! 行くわよ』


 通信機からアリッサの声が飛び込んで来た。

 訓練宙域に飛び出すと、HUDにアリッサの乗る訓練用GDが緑の丸でピックアップされる。

 この宙域での訓練は、シャルーアの複数部隊を二機の連携で突破し、その先の巡洋艦クラスの敵艦を殲滅せんめつするものだ。


「今日は変な仕掛けが無ければ良いけれど。特にアリッサの機体に……」


『はぁ? あんた何か言った?』


「い、いや、別に」


 実は訓練機のGDは衛星に戻る度に、報告した戦闘データを元に、次の訓練に向けたチューニングが施される。

 様々な事態を想定しての事だと分かるのだが、いきなり火力が殆ど出ない武器になっていたり、片方のブースターが戦闘中に停止したりと、実弾飛び交う実戦形式の訓練では本当に命懸けになる。

 もちろん、無事に訓練を終えて来ているのだけれど、アリッサの機体が攻撃力を大幅に削られた時や、彼女の役回りが防衛一辺倒になる時が大変なのだ。


「あーーーー! イライラする! リオン死ね!」


 訓練終了後に、いきなりそんな事を言いながら強力な粒子レーザーを打ち込んで来る。

 彼女なりに俺の技量を信じての事だとは分かるのだが、そのまま近接戦闘になり、彼女のイライラが解消するまで、巨大なGDで戦い続けなければいけないのだ。

 オーディンは騎士同士のその様な戦いを、止めたり罰したりすることはない。

 例え訓練用のGDが破壊されたり、万が一騎士見習いが怪我をしたり、最悪死んだとしても、騎士になる為の修練になるという事らしい。


『ねえ、リオン。あれ……』


 いつもとは違うアリッサの神妙な声に異変を感じ、HUDが敵をピックアップするモニターを凝視した。


「なっ……」


 そこには、いつものシャルーアではなく、俺達が乗っている機体と同じタイプのGDが待ち構えていたのだ。


「アルテミス、これは普通の事なの?」


『いいえ、この様な事は今まで有りませんでした。もしかしたら、ディバス卿の報告でオーディンの訓練項目に変更が有ったのかも知れません。アポロディアス、何か知っていますか』


『アルテミス様、俺も初めてだ。GDが相手だとすると、死なない様に頑張らないといけないですね。いよいよの時はリオン殿が助けて下さいね。ふふふ』


『アポロディアス! あんた何言っているのよ! 助けるのは私の方でしょう』


『いえ……いよいよの時は、リオン殿が死んでくださいねって言っただけですよ』


『フン!』


 アポロディアスは、格闘訓練の最終日にアルテミスに側頭部を蹴られ、壊れて動けないのかと思ったら、実は余りの実力差に嬉しくて戦うのを止めたそうだ。

 俺に対しても『ファーストと手合わせできただけで最高に幸せだった』と言って、あれから結構トゲが無くなった気がする。

 アリッサも憎まれ口を叩きながら、一応俺の事を認めてくれる様になった……と思う。


『どっちにしても、これを突破しないと訓練が終わらないのでしょう。リオン、とっととやるわよ。防御の方宜しく!』


 言うや否や、アリッサはブーストの炎を煌めかせながら、GD部隊が待つ宙域へと飛び込んで行く。

 攻撃一辺倒で防備が薄くなる彼女の背中を守るべく、俺もフットペダルを強く踏み込む。

 コクピットが気持ち後ろに下がる感覚と、シャルーアの数倍の加速力が有るにも拘わらず、軽く感じるGを体に受けながらアリッサの機体を追いかけた。


 訓練用だが凄まじい性能を持つGDギャラクシードール

 その性能を限界まで引き出せるのが、オーディンの騎士。

 厳しい騎士訓練が続いているが、俺はその中でも更に厳しい道を進もうとしていた……。

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