第68話 「我らが世界の中心」

 セントラルコロニー領域の最深部。他のコロニー群からは最も遠い宙域に、豊かなコロニー群といくつかの惑星が散在している。

 その最も大きな惑星ティガーデンには、人類発祥の星を模した都市が広がっており、一角を政治の中枢となる政府機関と、軍の総司令部である基地が占めていた。

 この惑星を中心に無数のコロニー群が形成され、その巨大な規模と経済力がセントラルコロニーに住む者達に『我らが世界の中心』と言わしめる要因となっている。

 惑星ティガーデンで最も大きな軍事基地は都市部からやや離れた場所にあるが、その周辺には基地で働く者や軍人相手に商売をする店などが集まり、普段から賑わいを見せていた。




「マスター。この辺で商売を始めたいと思っているんだが、景気はどうだい」


「基地相手かい?」


 酒場の店主はカウンター席に座る初老の男の前に、琥珀こはく色の液体が入ったグラスを置いた。

 さほどの高級店ではないが、安酒を振舞う猥雑わいざつな店とは違い、落ち着いた雰囲気が漂っている。

 客の中心である軍人も士官クラスの者が大半で、勤務時間外まで顔を合わせたくない下士官達の姿は見当たらない。


「まあ、そんな感じだ」


「ならここで正解だな。戦争が始まり一時的に客が減ったが直ぐに回復したよ。何といっても、ここは世界の中心だからな」


 店主は洗ったワイングラスを拭き上げながら男を値踏みする様に見ていた。だが、鋭い眼光を浴び慌てて目線を逸らす。


「あ、あんた傭兵ようへいか何かかい」


「いやいや。戦いで死ぬような職業には付きたくもない」


 男が嫌な物を払い除ける様な仕草をして首を振った。


「特に今みたいに負けている戦争の最中に軍人になんか……おっと、これは失礼」


 管楽器と鍵盤による軽やかな音楽が流れる店内に、男のやや大きめの声が響く。

 それと気づいた男が、近くの席に座る軍人の席へと頭を下げた。

 喧嘩っ早い若手の下士官達とは違い、士官クラスの者達は落ち着いている。

 目の合った男が杯を掲げ、男からの詫びを受け入れた。


「そちらの紳士。お言葉だが、戦争には負けてはいませんよ」


 杯を掲げた士官の言葉に、男が体ごと振り向く。


「そうなのですか。苦戦しているというニュースしか聞こえて来なくて心配していたのです」


「ああ。近々発表になると思いますが、今は戦線を押し返し、敵を圧倒していますよ」


「ほう! つい最近、連合しているパナフィックコロニーが敵に占領されたと聞きましたが」


「既に取り返しましたよ。それどころか、駐留していたドロシア軍は壊滅しましたよ」


「そんな事が……。では、今からその方面の侵攻が始まるのですか」


「侵攻ではありません。侵略者を排除して元の状態に戻しているだけです」


「こ、これは失礼。では、ヤーパンやエルテリアを叩いた後にドロシア連合を?」


「いや、ヤーパンの様にわざわざ中立を唱えている者共を敵にする必要はありません。その逆側から全宇宙を掌握しょうあくしてひざまずかせれば良いだけですので」


「おい、話し過ぎだ」


 自慢気に話を続ける士官を、同席していた者がたしなめた。


「なあに、これぐらいはニュースでも直ぐに流れるさ。我々はあの生意気なオーディンを凌ぐ程の力を手に入れたのだ。これからは連戦連勝だ」


「まあな」


 たしなめた士官も、口の端に笑みを浮かべていた。


「ここは我らが世界の中心。そちらの紳士よ、安心して商売に励み給え!」


 士官が再び杯を掲げ、男もそれに答えてグラスを一気に空にした。


「マスター。士官の皆様にお礼をしたい。ボトルを一本差し上げてくれ。それともう一杯貰おうか」


 男は士官達に軽く会釈をすると、店主が差し出したグラスを口に運んだ。


 ────

 

 数時間後、漆黒のGDグングニールのコクピットには、黒騎士ディバス卿の姿があった。

 彼は酒場での情報の他に、軍関係の者達から伝え聞いた話を基に、懸念していた事態が進行中であることを確信していた。


「グーテンベルク、もはや間違いなかろう。セントラルコロニー軍はGDの技術を入手して量産を始めている。どの様な手段を使ったのかは不明だが、ミラルド卿は恐らく……」


『琥珀の騎士殿の『ハルバード』が敵の手に渡ったという事ですか』


「ああ、間違いなかろう」


『では、マリエッタ様も……』


「うむ。そうでなければ運用できまい。やつらが何処まで研究を進めているのかは分からぬが、AAIを造ることが出来ずとも、その能力をCAIカードにコピーする程度の事は可能であろう」


『ですが、通常であれば騎士もしくはCAAIに何か起こった場合、即座に機体の焼却が始まるはずですが』


「ああ、だからどの様な手段を使ったのかは分からないと言ったのだ。だが、今ある情報を分析する限り、セントラルコロニー軍が多数のGDを運用し始めた事は疑う余地がない」


『おっしゃる通りでございますね。ディバス様、如何されますか』


「オーディンに戻ろう。オーディン達と対策を話し合わねばなるまい」


『承知しました』


「オーディンまで最短で三ヶ月といったところか」


『はい。イーリスと最速で運行できる航路を確認しております』


「……あれから半年か。小僧の手は白の騎士に届いておるだろうか……」


 ────


「アルテミス。最終ポイントまであと少しだね」


『リオン。補給ポイントで睡眠を取りますか』


「いや、期限はあと一日しか無いから、少しでも最終ポイントに近づいておきたい」


『ですが、既に二日以上短時間の睡眠しか取っていませんよ』


「これも試練の一部なのだろう。疲労で判断力を落とさせて失敗させるためのね」


『はい。ですが、これほど過酷な条件を課して来るとは……』


 白の騎士になる為の最後の訓練は予想通り過酷だった。

 突破するべきポイントに配置されていた訓練型GDの数は、既に一〇〇機を越えている。

 そしてオーディンに求められた条件は、その敵対する機体を撃墜する事なく制圧する事。

 つまり機体を爆発させる箇所への攻撃は不可で、その他の部位を破壊し反撃能力を奪わなければならないのだ。

 敵対する訓練型GDは二種類のCAIの操縦により一機ごとに動きが違う。

 その動きのパターンを読み取り、一機たりとも撃墜という失敗をせずに、反撃能力を奪える箇所へと確実に攻撃を続けなければならない。

 時間を掛ければ余裕かも知れないが、それでは設定された期限に間に合わないのだ。

 瞬時に見分け、判断し、正確に攻撃を加えなければならなかった。


 過去には無かったGDが敵対する訓練。アルテミスでさえも驚いていた。

 でも、オーディンが何かしらの意図を持ち訓練を施しているのだろうから、その条件を越えて行かねばならない。

 きっと、限界を超えた先の限界を突破してこその『白の騎士』なのだろう。


『リオン。間もなく最終ポイントです。大丈夫ですか』


「大丈夫だ……おっと」


 遠方から放たれた強力な粒子レーザーを素早くかわすと、HUDに急速に接近してくる機体がピックアップされた。


『リオン、あの機体は……』


「ああ、来ると思ったよ。あれを反撃不能にしないといけないのか……」


『はい。最終ポイントはあの機体の様です』


「厄介だなぁ」


 そんな会話の合間でさえも、間髪入れずに次々に粒子レーザーが殺到してくる。

 そう、相手は訓練用GDとは次元の違う動きをする機体。炎の如く赤い機体。


「敵はアリッサのサルンガか……」

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