第62話 「感じ取る力」

 速い。

 アポロディアスは一気に間合いを詰め、その勢いのまま剣を叩き込んで来た。

 真面まともに受けるか迷ったが、この勢いの攻撃を受け止めたら、衝撃で体勢を崩されかねない。

 ──この動きの速さだ。体勢を少しでも崩したらやられる。刃で受ける様に見せかけ、受け流しながらかわすか……。

 閃くと同時に体がその通りに動く。

 金属が擦れ合う甲高い音と共に、凄まじい斬撃が長剣の刃の上を滑り、それまで自分がいた空間を切り裂く。

 重たい一撃だ。もし正面から受け止めていたら、確実に後方へと吹き飛ばされていただろう。それほど速くて重たい一撃。

 

 一撃目を躱したものの、こちらに反撃の隙は与えて貰えない。

 アポロディアスは振りぬいた剣を間髪入れずにね上げて来た。

 上体を反らして躱すが、一瞬でも遅れていたら打ち身では済まない打撃を食らっていただろう。

 その後もアポロディアスは息つく間もなく打ち込んで来る。流石はアリッサの師匠と言ったところだ。

 そんな事を思った直後、一瞬攻撃のテンポが変わり、僅かに対応が遅れてしまう。

 アポロディアスはその隙を逃さず、すかさず強烈な斬撃が襲って来た。

 剣で受ける事も躱す事も困難な一撃。考えるより体が先に動く。

 懐に飛び込む動きで、振り抜かれる剣の下を掻い潜り、踏み込んで来たアポロディアスと入れ違う。

 テールスライドの要領で即座に振り向くと、体勢を入れ替えた事で、剣を振り切ったアポロディアスの背中が空いていた。

 強烈な一撃は躱されると隙が生まれる。今がまさにその瞬間だ。


 ──行ける。

 瞬時にその背に向け長剣を振り抜いた。

 だが、確実に当たると思った攻撃は、素早いサイドステップで躱されてしまう。

 そして、躱すと同時にアポロディアスは振り向きざまに、横あいから鋭くいで来た。

 絶妙のタイミングで繰り出された剣戟けんげき。これを躱すのは無理だ。

 無理だと感じた刹那。振り下ろした状態の長剣の持ち手を素早く立てて、つばギリギリの所で何とか受け止める。

 だが、受け止める前のイメージと、実際に受け止めた時の衝撃の僅かな差に何かを感じた。

 その違和感に即座に体が反応し、視線が予測した位置を素早く捉える。

 視線の先にアポロディアスの逆の手から剣が迫って来るのが見えた。彼はもう一本剣を持っていたのだ。

 一本目の攻撃でこちらの動きを止め、もう一方の剣で確実に仕留めるつもりだったのだろう。

 アポロディアスの動きを先読みした事により、こちらの方がほんの僅かだが速く動く事が出来た。

 立てていた長剣のつかを、もう一方の剣が迫るよりも早く、アポロディアスの胸部へと叩きつけた。


 胸部に打撃を受けたアポロディアスが後方へと転がる。

 タイミングと勢い的に強打できたかと思ったが、当たりが軽い。アリッサと同じく、瞬時の判断で後方へと転がり威力を軽減したのだろう。

 あの刹那の間に攻撃から防御へと切替えた反応と、その身体能力に驚かされる。やはりCAAIの格闘能力は計り知れない。

 後方へと転がったアポロディアスは、跳ねる様に立ち上がり防御の構えを見せた。

 そして、俺を見ながら口元を綻ばせる。アリッサとそっくりだ。本当に師弟共に行動が似ている。


「アルテミス様の尻拭いをさせられて面倒だと思ったが、流石に面白いな」


「尻拭いだと。それに面白いって何だよ」


「リオン殿。明日から俺と長剣を使った格闘訓練もカリキュラムに入れる。足腰が立たなくなるまで鍛えてやるから覚悟しとけ」


「分かった」


 理由は良く分からないが、明日からはアポロディアスと長剣で格闘訓練をする事になるらしい。

 アルテミスが俺と格闘訓練をしてくれない事は気になるが、格闘は滅茶苦茶弱いとか事情があるのだろう。


「ちょっと何よそれ。あんたばっかりおかしいじゃない」


 話を聞いていたアリッサが血相を変えて詰め寄って来た。そう言われても、自分が言い出した事ではないから困る。


「あんたは大好きで綺麗なアルテミス様と訓練すれば良いでしょう。アポロディアス! いったい何なのよ」


「アリッサ。君の訓練には一切迷惑が掛からない様にする。それに彼に強くなって貰った方が君の訓練には好都合だろう」


「ふんっ……そうね。分かったわ。あんた弱いから精々頑張んなさい」


 アリッサは俺をひとにらみすると、不機嫌そうに振り向いた。

 そのまま立ち去るかと思ったが、何となく殺気を感じた途端、振り向きざまに裏拳が飛んで来た。顔に当たる寸前で受け止める。


「チッ」


 間髪入れずに蹴りが飛んで来たが、それも躱した。受け止めた拳の感じで、次の攻撃が読めたのだ。

 これまでの格闘訓練のお陰で、相手の僅かな挙動の変化で、何かしらの行動を起こすタイミングを感じ取る事が出来る様になっていた。

 アポロディアスがいで来たのを止めた時も、打撃の強度が予想よりも弱く、次の攻撃の予備動作だと感じられたのもそのお陰だ。


 今になって、黒騎士が的確にこちらの攻撃を受け止めたり、絶対の間合いを簡単に躱していた理由が分かって来た。

 戦闘データを見返す度に、その時の自分の未熟さと、ディバス卿の凄まじさを再認識させられる。

 だが、今では黒騎士の動きの根拠が理解でき、自分が取るべき動きも描ける様になっている。

 格闘訓練のお陰で、今まで以上に戦闘時の感覚が身に付き、それに合わせて体の動きが付いて来る様になっていた。


「リオン殿。長剣は本来両手で持つものだが、極力片手で操る技を磨いてくれ。訓練用に軽量になっているから出来るだろう」


 俺を見つめるアポロディアスの眼差しは、今までになく真剣なものに変わっていた……。


 ────


 翌日から、アポロディアスによる長剣を使った格闘訓練が始まった。

 両手用の武器を何故片手で操るのか不思議だったが、格闘訓練はあくまで機体操縦の向上を目指すものだ。確かにGWが両方のアームで一本の武器を持ち近接戦闘を行う事はない。

 であれば、両手持ちの武器であっても、片手で操れる術を身に付けなければならないのは、理に適っている。


「遅い!」


「ぐはっ」


「振り回し過ぎだ!」


「がはっ」


 アポロディアスの訓練は容赦ない。日々、ズタボロになるまで鍛えられる。


「剣筋が素直過ぎる!」


「うぐっ……ぐ」


「実戦だったら、お前は死んでいるぞ」


 石畳の上に横たわる俺の胸を踏みつけながら、アポロディアスがさげずむ様に見下ろしている。 

 長剣の取り回しはかなり上達したと思うのだが、それに合わせて訓練の強度が増して行くから、なかなか敵わないのだ。

 俺がアポロディアスに打ち倒されて地に伏せる度に、アリッサの燃える様な眼差しと口元に浮かぶ嘲笑、そして悲しそうなアルテミスの表情が目に入る。こんな所で負けていられない。


「早く立て。それとも騎士になるのを諦めるか」


 言われた途端に、胸を踏んでいるアポロディアスの脚を掴み、もう片方の脚を払う。

 アポロディアスは反転して転倒はしなかったが、俺は切り上げながら素早く起ち上がった。

 寸でのところで、こちらの剣戟けんげきを躱したアポロディアスの口元が綻ぶ……。




 格闘訓練が始まり約三ケ月。

 長剣の扱いもアポロディアスの納得のいくレベルに達し、俺とアリッサは共に騎士となる格闘能力を認められた。いよいよ実機を使った訓練に入る事になるのだ。

 だが、その格闘訓練の最終日に思わぬ事態が待って居た。

 訓練を終えた俺とアリッサの前にアルテミスが立ち塞がったのだ。

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