第63話 「記憶」

「アポロディアス。リオンへの格闘訓練の事、感謝します」


「いえいえ、楽しかったですよ。騎士見習いが叩きのめされながら徐々に強くなって行くさまは」


「私が何もしないというのも申し訳ないので、最後に手合わせをしたいと思います」


 アルテミスの発言にアポロディアスは驚きを隠さなかった。手合わせという事は……。


「えっ、アルテミスと対戦するの?」


「ええ。アリッサ殿には、リオンの訓練で嫌な思いをさせてしまいましたから、お礼も兼ねて」


 今まで一度も格闘訓練をしなかったアルテミスが、急に戦うと言い出したのだ。いったいどういう事なのだろう。

 しかも、自分だけではなく、アリッサとも戦うと言っているのだ。


「へー。リオンの愛するアルテミス様を叩きのめして良いって事?」


「ええ。アリッサ殿、お好きにどうぞ」


 アリッサの挑戦的な言葉に、アルテミスは微笑んだまま答えている。何だか逆に怖い……。

 そんな今にも飛び掛かりそうなアリッサの前にアポロディアスが歩み出た。


「アルテミス様。大丈夫なのですか」


「ええ。一度きりですから」


「そうですか……。ファースト(第一世代)のCAAIと手合わせ出来るなんてうらやましい」


「ふふ。アポロディアスも参加して構いませんよ。いつでも掛かって来なさい」


「馬鹿にして!」


 アルテミスの不敵な言葉に、アリッサが即効で反応した。

 勢いよく踏み込み、微笑んだままのアルテミスの顔を目掛けて、鋭く拳を突き入れる。

 アルテミスは避ける素振りも見せず、瞬時に手の甲側で受け、そのまま押し出す様に受け流した。

 初撃をあっさりと躱されたアリッサは、受け流された勢いを活かし、アルテミスの腹部を狙い素早く回し蹴りを繰り出す。

 だが、アルテミスはその蹴りも手で払い除ける動きで簡単にあしらった。


「チッ」


 連続攻撃をあっさりと躱されたアリッサが体勢を崩したが、いつもの様に舌打ちしながら構え直す。

 その間、反撃できそうな隙があったが、アルテミスは攻撃する素振りを見せない。元の場所から動かず、口元に微笑みをたたえたまま立っている。


「クソっ!」


 アリッサは、その態度に更に腹を立て、果敢に攻撃を加え始めた。

 だが、アルテミスは殆どその場を動かずに、全ての攻撃をあっさりと受け流してしまう。 

 それでも、アリッサは手を休めず、多彩な攻撃を加え続けていた。

 すると、息つく間もなくアリッサが攻撃を繰り出すさなかに、アポロディアスがいきなりアルテミスに打ち掛かったのだ。

 アリッサの攻撃と共に、とてつもない速度の突きや蹴りが繰り出される。

 それでも、アルテミスは動じることなく、二人の攻撃を簡単に受け流している。

 まるで全ての攻撃を読み切っているかの様に……。


 その後も、アリッサとアポロディアスが挟み込みながら攻撃を加えているが、アルテミスは悠々となし続けている。

 そんな状況のなか、果敢に攻撃を続ける二人とは逆に、俺はアルテミスに打ち掛かる事が出来ずにいた。どうしても、アルテミスの行動に納得がいかないのだ。

 俺の格闘について、何か言いたい事や教えたい事があれば、もっと前に伝えてくれているはずだ。

 アルテミスの動きを見る限り、彼女の格闘技術は頭抜けている。なのに、どうして今まで一度も俺と訓練をしてくれなかったのだろうか。どうして……。


「リオン! 見ているだけでは意味がありませんよ」


 アルテミスはそう言うと、二人からの攻撃を躱すと同時に、アポロディアスの側頭部に鋭い蹴りを入れ、アリッサの腕をからめ取り投げ飛ばした。

 アリッサは直ぐに起き上がったが、痛烈な蹴りを食らったアポロディアスは倒れたままだ。

 倒れて動けないアポロディアスを見てアリッサが激高した。


「このクソCAAIが! 気取ってんじゃないわよ」


 一気にアルテミスとの間合いを詰め、いつも以上の苛烈さで立て続けに攻撃を仕掛けるアリッサ。

 防御を一切気にしない攻撃。しかし、される側は圧倒的な攻撃の手数の前に反撃のいとまさえ与えて貰えない。

 これまでの格闘訓練で、彼女の格闘力は格段に向上している。

 アリッサの格闘のレベルは、特に攻撃に関しては凄まじいレベルに達していた。

 果敢な攻撃を得意とする『深紅の騎士』。アリッサはその色の騎士を目指し、確実にその領域に足を踏み込み始めている。


 でも、アルテミスはその攻撃を全く受け付けない。

 それどころか、視線はずっと俺の方を向いているのだ。

 美しいヘーゼルブラウンの瞳が俺を捉えて離さない。

 ──アルテミスは何を考えている? この行動の意味は何だ? アルテミスは何で俺と格闘訓練をしなかった。

 考えた末に、俺はある推測に辿り着き、戦いを続けている二人にゆっくりと近づいた。攻撃の構えをとらず、ふらりと寄せて行く。

 そんな俺の動きに対し、アルテミスは戸惑いを隠せていない。その表情を見て推測が確信に変わった……。

 お互いにいつでも打ち込める位置に俺が辿り着くと、アルテミスはアリッサの腕を取り、再び投げ飛ばした。

 今度はかなり遠くに飛ばされ、アリッサが地面を何度も転がって行く。


「リオン、打ち掛かって来なさい。早く!」


 アルテミスが強い言葉を投げ掛けて来るけれど、棒立ちのまま更に近づいた。俺を見つめるアルテミスの瞳が揺れている。

 

「アルテミス」


「何をしているのですか! 打ち掛かって来なさい!」


 アルテミスは俺からの攻撃をいつでも受けられる体で構えている。それでも俺は構えずにいた。

 アルテミスが攻撃をするつもりなら、このタイミングで何かしらの動きがあるはずなのだ。


「アルテミス」


 攻撃する素振りを一切見せず、彼女の瞳を見つめたまま語り掛ける俺に、アルテミスは諦めた様に腕を降ろした。


「ねえ、アルテミス」


「はい」


「君が俺と格闘訓練をしなかった理由は」


「……」


「ひとつは、君は俺の攻撃を受ける事が出来ても、俺の事を打てないからなんだね。それだと訓練にならないから……」


「……」


 アルテミスは瞳を揺らすと、静かに目をつぶり。そしてうなずくようにうつむいた。


「それと、アポロディアスが訓練中に教えてくれたんだ。『君には時が無い』って。それって……」


 その時、戦意の無いアルテミスの後方から、怒りに燃えるアリッサが渾身の蹴りを入れるのが見えた。とても防げるタイミングではない。

 思わずアルテミス押し退けて受けようとしたが、実はアリッサの攻撃に気が付いていたアルテミスの防御の動きに被ってしまった。

 結果、アルテミスの防御の腕に押される形になり、変な体勢のままアリッサの蹴りが顔に迫って来た。

 次の瞬間、目の前が真っ暗に……。


 ────


 主要コロニー群から遠く離れた辺境宙域に浮かぶ小さな作業コロニー。

 傍に流線形の白い艦艇が停泊し、その艦橋に男女の姿が見て取れる。 


「あー、あー」


 艦橋に可愛らしい声が響いている。

 女性の方は、やっと言葉を発し始めた月齢の子を抱きかかえていた。つぶらな瞳を見つめながら、優しく愛おし気に微笑んでいる。

 そんな彼女の瞳を笑顔で見つめ返し、嬉しそうに頬を触る小さく柔らかな手。

 女性は目を細め、愛しさで蕩けそうな表情をしている。 


「そろそろ連れて行くぞ」


 男性の声に女性の表情が強張る。


「はい」


 年配の男は、顔色が悪く体もやせ細っている。何かしらの病に侵されている様子だ。

 それでも、備え持った威厳と優しい雰囲気を漂わせている。

 愛おし気に抱きかかえる子をいつまでも手放せないでいる女性を、急かせる事はせず優しい眼差しで見守っていた。


「ポルセイオス様。この子の瞳は貴方似で、鼻と口はアマリティー様に似て来ましたね」


「そうか」


「はい……」


 答えた女性は悲しげに俯いてしまった。美しいプラチナシルバーの髪が、抱いている子を隠してしまう。

 子供は大好きな髪に包まれ、彼女の髪の毛を嬉しそうに握り締めていた。


「オーディンは、どうして私達に感情という物を与えたのでしょう。私達は幾度も別れの悲しみを……幾度も」


「済まんな。お前には無理な事ばかり押し付けてしまって」


「いえ。ポルセイオス様とアマリティー様の希望は、私にとっても大切なことですから」


「希望か……。俺はどうしてもアマリティーに敵わず、彼女に『銀』を選ぶつもりだと伝えた。だが、俺に『白』を諦めさせたくなかった彼女は、騎士就任の直前に訓練を辞めて去ってしまった……」


「ポルセイオス様に出会ってから『白』を目指すと言い続けた私が悪いのです……。貴方には耐えがたい重圧。アマリティー様には、愛する人が苦しむ姿を見続けるという、悲しみを与えてしまいました」


「何を言っている。それは俺が非力だったからだ」


「そんな事はありません。貴方は立派な……」


「いや、今もそうだ。お前に無理を押し付けて逝こうとしている。許してくれ」


 男は子供を抱いて離さない女に、深々と頭を下げた。


「謝らないで下さい。私に夢を与えて下さるのですから」


 女は顔を上げ、美しいヘーゼルブラウンの瞳で男に微笑んだ。


「ポルセイオス様、あと少しだけ時間を下さい。この子が私を見つめたまま去って行くのは堪えられません。せめて眠るまで」


「ああ、もちろんだ。構わんよ」


 女は子をあやしながら艦橋を歩き始めた。

 しっかりと胸に抱き、竪琴の様な美しい声で子守歌の様に語り掛けながら。


「あなたは私の希望……」


 ──── 


 幸せな夢を見ていた気がする。

 美しい女性の胸に抱かれて、スヤスヤと眠っている夢だ。

 俺はこの女性を知っている……誰だっけ。

 そうだ、この女性は……。

 ……アルテミス。


 目を開けると、夢で見ていた美しい女性が俺の顔を覗き込んでいた。

 それだけじゃない。俺は夢の中と同じように、アルテミスの胸に優しく抱かれていたのだ。


「アルテミス……。俺は……君に会っていたんだね」


「ええ、リオン……大きくなりましたね」


 アルテミスのプラチナシルバーの美しい髪が、俺の顔を優しく包み込んでいた。





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 いつも読んで頂きありがとうございます。


 やっと、アルテミスとリオンの過去に辿り着く事が出来ました。

 良いシーンを描けていたら幸いです。


 これから、機体を使った訓練が始まり『ギャラクシードール戦役』に繋がって行きます。

 リオンは”白の騎士”になれるのか、そしてアルテミスは……。


 引き続き楽しんで読んで頂ける作品を目指して頑張ります!


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 いつもありがとうございます。


 磨糠 羽丹王(まぬか はにお)


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