第61話 「アリッサの微笑み」

 甲高い金属音が響き、盾を持つ手に振動が伝わると同時に、攻撃を防がれたアリッサが茶色い髪をなびかせながら素早く反転するのが見えた。

 直後に盾で受けた攻撃とは逆の軌道で剣が迫って来る。

 今度は金属同士が擦れる不快な音をさせながら、やりつばの部分で剣を受け流し、アリッサの体勢を僅かに崩す。

 すかさず盾を彼女の体にぶつけて押し飛ばし、今度はこちらが鎗を繰り出せる間合いを取った。

 素早く鎗を突き入れたが、アリッサは体をよじり鎗の穂先を上手くかわすと、そのまま踏み込み鋭く打ち込んで来る。

 再び盾で受け止め、今度は盾の陰から腹部へ向けて素早く穂先を突き入れた。

 実は一連の動きで、彼女の攻撃を釣り込んだのだ。

 不意を突かれたアリッサの体が『くの字』になり後方へと転がる。

 手応えはあったが、思ったより当たりが弱い。攻撃を受けた瞬間、自ら後方へと転がり攻撃を受け流したのだ。やはり、その辺は鍛え上げられている。


 アリッサが起き上がる前に連続して攻撃を仕掛けるが、彼女はその全てを躱し鎗の穂先は石畳を打ち続けた。

 彼女は一瞬の隙を突いて起き上がると、即座に体勢を整え再び打ち掛かって来る。本当に素早く動き、どの様な体勢からでも攻撃につなげて来る。

 アリッサの剣を円錐えんすい状に広がる鎗の鍔でしっかりと受け止め、鍔迫つばぜり合いになった。力が拮抗しお互いの動きが止まる。

 重なり合う鍔越しに、青く鋭い眼光とほころんだ口元が見えた。

 その時、セシリアさんとアリッサの表情が重なった気がした。もっとも、セシリアさんは満面の笑顔だった気もするけれど……。


 ────


 ヤーパンからオーディンを目指す航海中に、疑似重力エリアでセシリアさんとエドワードさんが格闘のスパーリングをしているのを見る機会があった。

 その時は、まさかパイロットに格闘訓練が重要だなんて知らずに、セシリアさんの強さを驚きながら見ていただけだった。


「セシリア少尉は本当に強いな。俺もエルテリア軍の中では結構強い方なんだがな」


「うふふ」


「ゴリゴリの筋肉質の体形ならまだしも、その細い体から何であんな攻撃が繰り出されるのか……。全く驚異的だよ」


「ふふふ。見た目の筋肉なんて関係ないのよ。動きに答えるだけの『しなやかな筋力』を鍛えてさえいれば良いのよ。どうせ生身で戦う事なんて殆ど無いのだから、打撃力じゃなくて、当たるか当たらないかよ」


「確かにそれはそうだが、男はそんな風に割り切れないからなぁ……」


「ふふ。そうじゃない男もいるじゃない……。ねえ、リオンちゃん。ちょっと勝負しない?」


「え、ええっ!」


 今なら格闘訓練とパイロットの能力の繋がりが分かるのだが、その時は二人の会話の意味が理解できていなかった。

 何となく会話を聞いていて、突然の申し出に驚く事しか出来なかったのだ。


「一撃勝負よ。三分間で一発でも相手に攻撃を当てた方が勝ち」


「はぁ」


「私が勝ったらリオンは私の言う事を何でも聞く。リオンが勝ったら、貴方の言う事を何でも聞くわ。何でもよ」


「おいおい。それは、どちらでもリオン君にはご褒美じゃないのか?」


「ふふふ。さあ、防具を付けて準備して……」 




 セシリアさんとの対戦結果は引き分け。

 引き分けと言っても、対戦の最中に攻撃のチャンスを感じる事は殆ど無かった。

 セシリアさんの攻撃を受け続け、ひたすら躱すだけの防御に終始してしまったのだ。

 確かに幾度か打ち込めそうだと感じた瞬間はあったけれど、セシリアさんを攻撃する気持ちにはなれなかったというのもある。

 だが、いま思えば攻撃しても当たらなかった気もする。

 セシリアさんの動きはそれほど俊敏で、打ち込めそうに感じた隙も、実はカウンター攻撃への誘い込みだったのかも知れないのだ。

 それでも、対戦を見ていたエドワードさんからは驚かれた。


「今の攻撃を全部躱せるのか。しびれるな」


「リオンちゃん。貴方やっぱり凄いわね……」


 セシリアさんは肩で息をしながら、笑顔で俺の両肩を掴んでいた……。

 その時のセシリアさんの表情と、鍔迫り合いで微笑むアリッサの表情が重なったのだ。


「あんた、やりもなかなかやるじゃない」


「アリッサは剣の動きが一番良いな」


「ふんっ! さっき短剣で負かしておいて、何かの嫌味?」


「君は攻撃で押し切って来る時は強力だけど、受け身が続くと無理に攻撃に出ようとして隙が出来るんだよ」


「性分なのよ。その点、あんたはイライラするぐらい受け身を続けられるわね。特に鎗の時。でも、あれじゃいつかやられるわよ」


「ちゃんと反撃しただろ」


「ふんっ! あんなの当たった内に入らないわよ」


 格闘訓練は順調に進み、今は様々な武器を使った訓練が始まっている。

 機体での訓練は実弾で行うと聞いているが、流石に格闘訓練の武器は訓練用だ。

 だが、訓練用とはいえ防具の上からでも当たると滅茶苦茶痛いし、受ける衝撃もかなりのものになる。

 それでも、アリッサとは本気で打ち合っている。騎士を目指す者同士として手抜きはお互いの為にならないと理解したから。

 お陰で格闘訓練が始まってからは、全身打ち身だらけだ。

 最近の組手や模擬戦闘では、俺の勝率が高くなってきているから、アリッサも体中が痛んでいると思う。

 だが、彼女は絶対にへこたれない。大した奴だ。


 ────


「リオン……どの。ちょっと俺とスパーリングをしようか」


 それまでアルテミスと共に訓練を見ているだけだったアポロディアスが、急に武器を使う格闘訓練を持ちかけて来た。

 突然で驚いたけれど、アルテミスは笑顔でうなずいている。了承済みの様だ。


「お前の使う武器はこれだ」


 アポロディアスが投げて寄越した武器は長剣だった。普段訓練で使っている剣よりも、かなり刃の部分が長い。

 アウグドの模擬戦闘では、ナイフ形の武器で懐に飛び込む近接戦闘を得意にしていたから、通常の剣でさえ格闘訓練で慣れるのに少し時間が掛かった。長剣は攻撃範囲が広がる分、振り回すと更に隙が出来易くなる。今までの剣以上に、取り回しに苦労しそうだ。

 それに、相手はアリッサを育てたCAAI。隙を見せればやられる……。 


「リオン……どの。準備は宜しいですか」


「言い難いなら、リオンで良いですよ」


「おっと、これは失礼。準備は良いかい。騎士見習いのリオン」


「ああ」


 答えた刹那、アポロディアスが一気に距離を詰めて来た。まるで跳躍ちょうやくしたかの様な凄まじいスピードだ。

 格闘訓練をしているアンドロイドとは、明らかに動きが違う。CAAIとは演算能力だけではなく、身体能力も化け物なのか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る