第60話 「格闘訓練」

 無事に騎士見習いとしての能力確認を終え、格納庫のハンガーに固定したシャルーアから降りると、アルテミスもCAAIピットから降りて来た。

 姿を見るのは二度目だけれど、やはりその姿に思わず見入ってしまう。

 幾何学模様や数字が記載されている白いプロテクターやボディスーツを身に付けてはいるけれど、柔らかな動きや表情を見ていると、本物の人間としか思えない。

 それに、アルテミスはアンドロイドに必要なのだろうかと思うほど綺麗なスタイルをしている。

 プラチナシルバーの長い髪は、通信機なのか小さなアンテナの付いた白いヘアバンドの様なもので纏めていて、凛とした表情で美しいヘーゼルブラウンの瞳が俺を見つめていた。


「リオン。艦橋に行きましょう」


 見惚れている俺に優しく微笑み、アルテミスはふわりと歩き始める。

 呆然としながら後ろ姿を見送っていたけれど、ふと我に返り慌てて後を追いかけた。


 艦橋でアルテミスと一緒に艦外が映し出されているモニターの前に座ると、最初に降下した緑の平原が広がる陸地が映っていた。

 出発した城の上空を通り過ぎると、周りを高い壁に囲まれた小さな町が有り、建物の脇に小型艦艇が数隻停泊しているのが見えた。


「アルテミス。あの町はなに」


「あの町はセシリア少尉達が過ごす宿泊施設です」


「小さな町だね。それに何であんなに高い壁で囲まれているの」


「はい。来賓らいひんとしての対応はしますが、外部の方は自由に散策が出来ないのです。機密事項に触れられると困りますので」


「えっ……つまり軟禁状態になるってこと?」


「はい。『単独行動の自由が無い』という事でしたら、そうとも言えます。ですが、設備は整っていますし、専属の案内者が希望される事への応対をしますので、不便さや窮屈さを感じられる事はないと思います」


「良かった。連れて来てはいけなかったかと思ったよ。それに、ヤスツナさん達が言っていた技術的な情報が開示されると良いね」


「はい。オーディン到着後に、私達のこれまでの戦闘データや行程に加え、黒騎士のディバス卿とグーテンベルクから預かったデータを報告して、オーディンからは新たな分析情報の提供を受けました。恐らく、希望通りヤーパンとエルテリアへの技術提供が行われると思われます」


「そうなんだ。だとしたら、アジュとクナイの強化も行われるのかな」


「ええ。セシリア少尉とエドワード准尉には、その為の適応訓練が行われると思います」


 一緒にオーディンに来た人達が望んでいたことが叶うと分かり嬉しくなった。

 オーディンとは本当に凄い技術を持った国なのだと思う。

 ただ、だからこそ気になる事が有った。


「ねえ、アルテミス。不思議に思っている事を聞いても良い」


「はい、何でしょう。私に答えられる事でしたら」


「うん。オーディンは他国と比べると、圧倒的な技術的優位性が有ると思うんだ。だから、その気になれば全ての経済コロニー群を配下に置いて、その上で平和な世界を作る事が出来るんじゃないのかな」


「はい。リオンが言う通り、それは可能かも知れません。ですが『オーディンは常に中立の立場を取る』という理念の中に、オーディンを作った者達の思想……いえ、人類への想いが込められているのです」


「人類への想い? 何だか大きな話になるんだね」


「ええ。貴方は騎士になる訓練を受けながら、この想いを受け継ぐことが出来る者か否かの判断もされることになります。貴方に伝えなければならない大切な事とは、その事に深く関わる事です……」


 そう言えば能力確認の直後にアルテミスからそう伝えられていた。いったい何の事だろう。


「私は貴方が想いを受け継ぐ事ができると信じています。ですが、全てを話してしまうと、気負う気持ちが空回りしてしまうかも知れません。先ずは騎士になる為の訓練に集中して下さい」


「ああ、分かったよ……。でもさ、アポロディアスが言っていた『銀で終わる』とかの話も、それに関係する事なのかな」


「ええ、そうです。CAAIには、それぞれが育成しパートナーとなる騎士の色が決められているのです。他の者達は一色のみですが、私は二色を担っています」


「そうなんだ。でも、どうして二色なの」


 俺の質問にアルテミスが困った様な顔をした。この辺の微妙な表情もやはり人としか思えない。


「分かりました。CAAIと色の繋がりを、重荷にならない程度の所までお話させて頂きます……」


 その後、アルテミスの話を聞いているうちに、二隻のイーリスⅡは町からかなり離れた施設へと着陸していた。

 全ての話を聞けた訳ではなかったけれど、俺が目指すべき色については理解できた。

 とにかく、ひたすら騎士訓練を頑張らなくてはいけない事だけは確かだ。


 ────


「ゲフッ!」


 腹部への強烈な一撃で床に転がった俺は、息が詰まり呼吸が出来ない状態で、アリッサの履いている格闘訓練用のブーツを眺めていた。


「あらー。また勝っちゃったー。あんた騎士に成るのは無理じゃない?」


「……」


 防具の上からとはいえ、腹部に強烈な蹴りを入れられ、苦しくて声が出ない。

 ヤーパンの首都でイツラ姫と街に出かけた時に、パイロットとして身に付けた動きが、実際の体の動きとしても身に付いている事を知ったが、今はその逆の事を訓練している。

 逆というより、普通は体の動きを鍛える方が先らしい。


 騎士になる為の最初の訓練は、機体の操縦ではなく『格闘訓練』からだった。

 訓練自体はアンドロイドと行うのだが、訓練後に必ずアリッサから組手を持ちかけられる。

 格闘訓練は初めてだったが、アリッサはアポロディアスと出会った当初から訓練を受けて来たらしく、今のところ彼女に敵わない。

 ──いや、防具を付けているとはいえ、攻撃する瞬間に女の子に対して突きや蹴りを入れる事に戸惑ってしまうという理由もあるのだが……。


「あんたさぁ。蹴りをくらう前に攻撃のチャンスがあったわよね」


「……」


「もしかして、相手が女だからとか思って手加減してないわよね?」


「う……」


「あんたさぁ。戦場で相手が女パイロットだと分かったら手加減するわけ? 馬鹿じゃないの」


「……」


「だいたい、今までアルテミスとどんな格闘訓練して来たのよ」


「……やった事が無い。アルテミスの姿を見たのは、君とアポロディアスに会った時が初めてだったから」


「はぁ? 何それ。そんな事が有り得るの」


「本当の事だ」


「通りで何だか変な感じだと思ったのよ。あんた、今までどうやって訓練して来たの」


「アルテミスからの通信で指示をこなして来た。姿を見るまでCAIカードだと思っていたから、それが普通だと思っていた」


「何それ、気持ち悪い。アルテミスは身の危険でも感じていたのかしら。あんた女が好きそうだもんね」


「おい、なんだそれ」


「あんたさあ、私をそんな目で見たり、変に抱き付いて来たりしたら訓練中に殺すからね」


「いや……なんだよそれ」


 何だか随分な言われ様だが、アルテミスと出会ってからオーディンに到着するまで一度も姿を見せなかった理由は教えて貰っていない。いつか話してくれるのだろうか……。


「あんたに言っておきたいのはね。下らない理由で手加減されると、こっちの訓練にならないって事! 私はアポロディアスと本気で格闘訓練をして来たから、殴られるのも蹴られるのも平気」


「……」


 確かにアリッサの言う通りだ。俺は本気で挑んで来るアリッサの攻撃を受けて訓練になっているが、本気の攻撃をしない俺の相手をしても、彼女の訓練にはなっていない。俺が間違っていた。


「大体、こんな甘ちゃんが『白の騎士』の高みを目指すなんて絶対に許せない。尻尾まいて逃げ出すまでボコボコにしてやるから!」

 

 アルテミスから何となく教えて貰った『騎士の色』の事を、アリッサは既に知っているみたいだ。

 騎士訓練が始まる直前に『白は特別だ』という事は聞いたが、具体的な内容は聞かされていない。

 でも、その事が黒騎士の行動や、アリッサとアポロディアスからの挑戦的な態度に繋がっているのだろうと思う……。

 アリッサに詳しく聞いたりはしないが、アルテミスから何か特別な期待を掛けられている事は分かっている。 

 慣れない格闘訓練で戸惑っていたが、こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。

 俺は『白の騎士』にならなければいけないのだ。


「分かったよ、アリッサ。本気で勝負だ」


「まあ、当たらないとは思うけれど、さっさと立ち上がって掛かってくれば?」

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