第52話 「拒絶」

「ちょ、ちょっとセシリアさん。何でまた横で寝てるんですか」


「あら、こっちの方が傷の回復が早いからに決まっているじゃない。愛の力でグングン回復するわ」


「こんなに狭いベッドにいたら、逆に傷に響きますよ」


「私は腕の骨折と首が痛いだけだから大丈夫よ。リオンの方こそ大丈夫なの」


「俺は……。俺は大した怪我も負っていませんから……」


「あらあら、そうかしら」


「ええ……。俺、エドワードさんを見て来ます」


「あら、行っちゃうのね。残念だわ。彼なら格納庫にいると思うわよ」


 ベッドに横になったままのセシリアさんを置いて部屋を出た。今はセシリアさんの優しさが辛い……。

 通路を通り抜け格納庫へと行くと、ハンガーに三色の機体が並んでいるのが目に入る。

 シャルーアはいつも通り美しい白亜の機体。コクピット周りが酷く破損していたのが嘘の様だ。 

 その横に修理した箇所の塗装がされていない赤いクナイと、応急処置で色の違う脚部が付いた青いアジュが並んでいる。

 三機の手前にエドワードさんの後ろ姿が見えた。


「エドワードさん。もう動いても大丈夫なんですか」


「おお、リオンか。肩も足も順調だよ。首の痛みも殆ど無い」


 笑顔で話してくれるエドワードさんの横に並び、塗装されていない修理箇所がいくつもあるアジュを見上げた。でも、エドワードさんの笑顔が辛い……。


「どうしたリオン。浮かない顔をして」


「いえ」


「強かったな」


「はい……」


「あれがオーディンの黒騎士か……」


「……」


 黒騎士の名前を聞いた途端、何かが胸に突き刺さる。

 ──何も出来なかった。上回るつもりで本気で挑んだが、軽くあしらわれてしまった。あれが本物のオーディンの騎士……。


「俺にとっては最高の経験になったよ。こうして生きている訳だしな」


「彼……黒騎士は元々殺す気は無かった。殺そうと思えばいつだって殺せたんだ。あの時だって、あいつはふたりを撃たなかった。俺をあおって笑っていたんだ! くそっ!」


「おい、リオンどうした。そんなに思い詰めるな」


「俺は守れなかった。誰ひとり守れなかった! あいつが本気だったら全員死んでいた。俺は、俺は……」


 うつむいて床を見つめていると、目の淵から水滴が宙に舞い、ゆっくりと床へと落ちて行く。

 悔しくて、情けなくて、涙が止まらない。

 シャルーアとアルテミスのお陰で強く見えて居ただけの弱い俺。

 元々ジャンクパーツ回収作業用のSWを、ちょっと操縦できる程度だったんだ……俺なんて騎士になどとても……。


「なあ、リオ……」


 慰めの言葉を聞きたくなくて、背を向けてその場を後にした。

 ふと気が付くと格納庫の入り口にセシリアさんが立っていて、少し悲しそうな顔をして俺を見つめていた。

 ──俺はこの人も守れなかった……。


「あのね、リオン」


「すいません。しばらく独りにして下さい」


 優しい彼女と会話をする事が辛くて、急いでその場を通り過ぎる。

 独りになりたくて、部屋に飛び込み扉をロックした。

 でも、ベッドに横になるや否やアルテミスから通信が入って来る。


『リオン。貴方に話したい事があります。シャルーアに……』


「ごめん、アルテミス。今は話をしたくないんだ」


『ですが、説明をしておかないといけない……』


「ごめん。通信を切ってくれ。シャルーアのコクピットには座りたくない。俺なんかが座れない……」


『はい……承知しました』


「ごめん。アルテミス」




 それから一週間後、イーリスは回廊内でヤーパン軍の艦隊と接触する事が出来たらしい。

 『らしい』というのは、あれから部屋にこもったまま誰とも話さず、外で何が起こっているのか殆ど分からなかったからだ。

 アルテミスもあれ以来一度も話し掛けて来ない。弱い俺を見限ったのかも知れない。

 イツラ姫も心配して訪ねてきてくれたが、怪我を理由に面会を断った。

 セシリアさんもエドワードさんも訪ねて来てくれていたけれど、優しいふたりと話すのが辛くて、応答する事すらせずに引き籠った。

 迎えに来たヤーパン軍の艦にイツラ姫が移る時も、ドロシア軍との交渉で別れた艦艇が無事に回廊内に入って来た時も、セシリアさんとエドワードさんがイーリスを去る時も、扉の通信機越しに挨拶をしただけで誰にも会わなかった。

 イーリスからの通信でヤーパンコロニー群へと向かう事を知ったが、詳しい話は聞かなかった。


 ────


 イーリスがヤーパンコロニー宙域に入り、ヤーパン皇国の首都があるコロニーへと着艦した。

 これ以上艦内に居たくなくて、イーリスを降りて誰も知らないヤーパンの街にでも消えてしまいたいと思っていたけれど、国王との式典に必要という事で、シャルーアをコロニー内へと運ばなければいけないと言われたのだ。

 式典も国王との面談も断りたいと伝えたけれど、それは外交儀礼上失礼という事で出席せざるを得なくなってしまった。

 何日振りか分からないが、パイロットスーツを着てシャルーアのコクピットへと座る。

 シャルーアを起動させると動力部の起動音が伝わって来た。乗る度にこの振動が堪らなく好きだったけれど、今は嫌なノイズにしか感じられない。

 管制官の指示通りにシャルーアを移動させ、いくつかの隔壁を越えるとコロニー内部へと続く広い発着スペースへと辿り着いた。

 車両であれば、ここでホバータイプの物流カーゴに乗る事になるのだが、GWであればそのまま空に飛び出しても大丈夫だ。シャルーアのブーストを調整しながら、指定されたポイントへと向かう。

 すると、今まで沈黙していたアルテミスが突然話し始めた。


『リオン。お話ししたい事が有るのですが』


「ごめん。アルテミス。今は話したくないんだ」


『……承知しました』


「……」


 いつもなら、それでも話を続けるはずだけれど、アルテミスはそのまま黙ってしまった。

 ──アルテミスも俺の事はもう期待していないのかも知れない。もしかすると話は「シャルーアを降りろ」とか言う事なのかも。


 ヤーパン軍の指示に従い、ブーストが街に損害を与えない高度を保ちながら着陸ポイントへと辿り着いた。

 式典の会場らしき広場にシャルーアを降ろし。儀礼服や着替えが入った荷物を固定ベルトから外す。

 シャルーアのコクピットから降りる前に、あれからずっと考えていた事をアルテミスに伝えたいと思った。


「アルテミス」


『はい』


「俺、シャルーアを降りるかも知れない」


『……はい』


 アルテミスが言い返して来るかと思ったけれど、彼女はそれ以上何も言わなかった。

 コクピットから昇降ワイヤーを使い地上に降りると、黒塗りの車の前でかしこまる案内人が待っていた。


「リオン様。大変恐縮でございますが、国王陛下が視察から戻られるまで三日ほどかかりますゆえ、リオン様をご宿泊場所にご案内いたします。どうぞごゆるりとお過ごし下さいませ」


 案内人に促されるまま車に乗り、会場を後にする。

 車内から振り向くと、ポツンと佇むシャルーアの姿が遠ざかって行くのが見えた。



 

 三〇分ほど走ったところで豪華なホテルへと辿り着き。そのホテルの最上階、ヤーパンの美しい自然と豊かな街並みが一望出来る部屋に案内された。

 いくつものベッドルームに大きな会議室。高級感のある調度品に囲まれ、独りで過ごすには広すぎて不安になる程の部屋だった。

 こんな部屋が世の中に有るとは思ってもいなかったが、これが外交的に重要な人物の宿泊する部屋かと思うと、俺みたいな奴が泊まるのが申し訳ないとすら思ってしまう。

 ──俺自身はこんな風に歓迎される事は何もやっていない。やったのはアルテミスとシャルーアだ……。


 窓辺から眼下に広がる景色を眺めながら、このまま逃げ出してあの街の中に紛れてしまいたいと思っていた。

 その時、急にドアの呼び鈴が鳴り意識を引き戻される。

 案内人が昼食を持って来ると言っていたのを思い出し、ドアのロック解除ボタンを押した。

 そのまま気にせずに窓の外を眺めていると、背後に人の気配が……。


「リオンさん!」


 聞き覚えのある声に驚いて振り向くと、そこには有り得ない人物が立っていた。


「い、イツラ姫!」

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