第51話 「三人の騎士」

『アルテミス。久しいな』


『ディバス卿もご壮健のご様子。何よりでございます』


 酷く破損して動く気配の無い赤いクナイと青いアジュの傍らで、コクピット周辺に損傷の跡が目立つシャルーアと漆黒の機体が向かい合っている。

 黒騎士の機体はシャルーアに比べ倍以上の大きさがあり、五本指の大きなマニュピレーターでシャルーアの機体を掴んだままだ。


『プロトタイプのプラクティス機としては、かなり良い動きをしていた。シャルーアとしては限界の動きだろう』


『ありがとうございます。シャルーアでディバス卿のグングニールと多少でも渡り合えたのならば幸いです』


『十分に渡り合っていたぞ。それに、そこの赤と青の機体も良い動きをしていた。連携もかなりのレベルだった』


『はい。彼らは先の騎士達が育てた、エルテリアのバロン(男爵)部隊のエースに、ヤーパンのムサ(武士)部隊のトップパイロットのクノイチ女忍ですから』


『ほう。エルテリアとヤーパンか。かの国からこの様な者達が出始めたと言うことか。頼もしい事だ……』


 黒騎士の漆黒の機体グングニールがシャルーアを掴んだままイーリスの表面に触れた。


『グーテンベルク。準備していたデータをアルテミスとイーリスに送ってくれ』


『承知しました。アルテミス様お久し振りでございます』


『グーテンベルク。久しいですね』


『アルテミス様がお元気で何よりでございます。データはかなりのサイズになりますので、確認と精査は後でという事で、先ずは一気に受信して下さい』


『分かったわ。どうぞ』


『アルテミス。それはそうと、お前は途中で小僧への介入を止めたな』


『はい。彼の承認が無ければ、致命的事象以外での介入が出来なくなりましたので』


『ほう。戦闘中に化けたか』


『はい。戦闘中に『騎士見習い』になられました』


『ふっ。儂が試しに来た甲斐があったという事か』


 黒騎士と呼ばれる男、ディバス卿の口元がほころんだ。

 アルテミスと白のシャルーアがヤーパン艦と共に有る事を聞いてから、彼はそのパイロットを試すつもりでいた。

 ヴィチュスラーの部隊がヤーパン回廊を封鎖すると聞いてから、オーディンの者が航路として選ぶであろう宙域で待っていたのだ。オーディンの騎士として、ある事を確認する為に……。


『アルテミス。白のシャルーアに乗せているという事は、この小僧を就かせるという事なのだな』


『はい。私は彼がそこに辿り着くと……そう信じています』


『ふむ。プラクティス機でこのグングニールに傷を付けた小僧だ。能力の一端が垣間見えた事は認めよう。だが、本当にその領域に達する事が出来るのか。それに時は足りるのか』


『それは……分かりません。分かりませんが、最後の一瞬まで彼と時を紡ぎます。彼は……リオンは私の希望』


『アルテミス。何故そこまでその小僧に』


『それは……』


 アルテミスが言い及んだが、ディバス卿は何かに思い当たり、驚いた様に目を見開いた。


『そうか、そういう事なのか……。お前という奴は』


 そう呟き、思案に耽るかのように静かに目を閉じた。


 ――――


 遠く広がる平原は萌える若草に覆われている。

 湖水を望むなだらかな草地。その景色に溶け込む様な美しい城壁があり、その城壁を背に三機の巨人が並んでいる。

 鎧の騎士を思わせるその姿は似通っているが、外観や武器の形状から同じ機体では無い事が見て取れる。

 そして、最も特徴的なのは機体のいろどりが違っている事だ。

 全身を甲冑で覆った騎士の様な姿に、長めの剣と機体が全て隠れてしまいそうな長い盾を持つ銀色の機体。兜の頭頂部から長い角が伸び、他の二機よりも背が高く見える。

 その横に、巨大な斧と丸い盾を持つ、ガッシリとした戦士の様な姿の琥珀こはく色の機体。

 更にその横には、角張った感じの甲冑を身に着け、円錐えんすい型の漆黒のやりを地面に付き、やや長めの盾を備える、屈強な騎士の様ないで立ちの漆黒の機体が並んでいる。

 居並ぶ三機の巨人たちから少し離れた草の上に、三人の男が座り込んでいた。


「ポルセイオス卿。本当に騎士を辞められるのですか」


「ああ、もう良い頃合いだろうと思ってな」


「何をおっしゃいます。まだ老け込むには早過ぎるでしょう」


「何を言う。ミラルド卿、君らは幾つだ」


「確かディバス君は二五で自分は三八になります」


「自分は君らを足した年齢だぞ」


「年齢はそうかも知れませんが、騎士としてまだまだ衰えすら感じさせないレベルを保たれているではないですか」


 ポルセイオスと呼ばれた男は、穏やかな笑顔でふたりを見つめていた。


「世辞はやめてくれ。実はこれからウルテロンに行く。そこで穏やかに暮らそうと思う」


「ウルテロン?」


「ああ、見つけたのだよ。彼女を」


「彼女? もしや騎士就任の直前に立ち去った……」


「ああ、その通りだよ。ウルテロンでアマリティーを見付けたのだ」


「そうですか……。卿はアマリティーをまだ愛していたのですね」


 懐かしそうな表情をしながら湖面に浮かぶ水鳥を眺めるポルセイオスとミラルド。

 尊敬するふたりの姿を、話の内容が分からない若いディバスが所在無げに見つめていた。


「ああ、そうだったな。ディバス君はこの話を知らなかったね……」


 ――――


『……風の噂でふたりとも亡くなったと聞いたが、ポルセイオス卿の最後はどの様であった』


『はい。楽しそうに機体を焼却されていました。そのまま病が回復することなく、アマリィティ様の遺骨の入ったロケットを手に穏やかに』


『そうか』


『ディバス様。お話し中に申し訳ございませんが、そろそろ離脱された方が宜しいかと。アルテミス様にデータは全てお渡し済みです』


『はい、受け取っております。ディバス卿……これは』


『グーテンベルクとの二十年分の戦闘データだ。小僧の足しにはなるだろう』


『ディバス卿。グーテンベルク』


『オーディンに戻ったら、そのデータでついでに報告をしておいてくれ。当面は戻れそうにない』


『それは、ディバス卿がドロシア軍と共に有る事と関係しているのですか』


『ああ。詳しい事はデータに入れてあるが、セントラルコロニー領域でミラルド卿の消息が分からなくなった。それに妙な噂も耳にしている。深刻な事態かも知れぬ』


『ミラルド卿とマリエッタが……』


『アルテミス。小僧のこと頼んだぞ。グングニールの脚部の傷は、黒騎士が白の騎士見習いに付けられた名誉の傷として刻んでおく』


『では、アルテミス様。これにて失礼します』


『グーテンベルク。ディバス卿をしっかりとお守りするのですよ』


『はい、心得ております。アルテミス様もお達者で』


『ありがとう』


『では、またな』


 黒騎士の機体にブーストの光が灯ると、流星の如きスピードで何処かへと消えて行った。

 宙域に留まる小惑星の姿をしたイーリスの傍には、動作を止めたままのアジュとクナイが浮かんでいる。

 アルテミスが操縦するシャルーアが近づき、二機をイーリスの格納庫へと運び始めた。

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