第50話 「リオンの覚醒」

 惑星の引力に加速を遮られながらも、何とか危険宙域を脱し三機でイーリスへと急いだ。

 しかし、かなりの時間をロスした。フル加速で追いかけたとしても、黒騎士は確実にイーリスの移動している宙域に辿り着いている。

 それでもイーリスの反撃を期待し加速を続けると、黒騎士の機体と小惑星の姿をしたイーリスが見えて来た。黒騎士はイーリスの直ぐ傍にいる。

 イーリスが艦砲射撃や弾幕を張って接近を阻んでいる事を期待したが、イーリスは沈黙していた。


「アルテミス。まさかイーリスは被弾して反撃も何も出来ないのかな」


『いいえ……。イーリスはオーディンの機体に攻撃は出来ません。そうプログラムされているのです』


「な、何だそれ。じゃあ、このまま撃沈されて……」


『ですが、黒騎士がイーリスを撃沈する理由がありませんし、イーリスが被弾している様子もありません』


「じゃあ、あいつは一体あそこで何をしている。まさか、イツラ姫を連れ去るつもりか」


 フットペダルを強く踏み込み、フルブーストでイーリスに接近している黒騎士の機体に迫る。

 背中を見せている機体に照準を合わせ、粒子レーザーを幾筋も叩き込んだ。

 黒騎士は背後からの射撃に気が付いていないのか全く動かない。このタイミングでの撃ち込みなら躱せないはずだ。

 粒子レーザーの光がそのまま着弾し機体の表面が輝いた。


「当たった!」


 着弾を期待し目を凝らすと、黒騎士の機体がいつの間にかこちらを向いていた。

 そして、着弾したと思った場所には黒い盾があり、全く損害を与えていない事が分かる。

 次の瞬間、黒騎士の機体が一気に迫って来た。


『リオン。避けろ!』


 エドワードさんの声と共に、シャルーアの影から飛び出したアジュが、黒騎士へと攻撃を仕掛ける。

 黒騎士が急制動でアジュからの攻撃を躱し、素早く機体の向きを変えた。一瞬で攻撃対象がシャルーアからアジュへと切り替わる。

 だが、黒騎士がアジュへと銃口を向けた瞬間、シャルーアの陰からセシリアさんのクナイが飛び出し、近接武器で黒騎士へと迫った。鍛えて来た通りの連携の動きだ。

 クナイのレーザー粒子で輝く短刀型の武器が、黒騎士の機体を捉えたかに見えた。だが、クナイの繰り出した短刀は漆黒のやりで受け止められている。

 もう片方のアームに握られた短刀で更に攻撃を加えるが、それも鎗に弾かれた。

 立て続けに何合か打ち合うが、黒騎士は攻撃を全て鎗で受け、そのまま槍の腹の部分を押し付け、クナイの体勢を崩させた。

 直後に黒騎士の鎗が素早く引かれ、穂先がクナイの胴部へと向く。


「させるか!」


 シャルーアにフルブーストをかけ、黒騎士の機体へと一気に迫った。

 セシリアさんのクナイの前に割り込む軌道をシャルーアが描くと、その動きを待ち構えていたかの様に、黒騎士の漆黒の鎗がこちらを向く。


『リオン! それは危険です!』


 アルテミスの声が聞こえた刹那、フットペダルを素早く組み替え、テールスライドをかけながら、倍以上の大きさが有る黒い機体の懐へと飛び込んだ。

 すかさず黒騎士の盾が進路を塞ぐが、その対応は読めていた。

 もう一度急制動をかけて盾を躱し、すかさず懐に入り込むと、アーム部から取り出したナイフ形の近接武器を黒騎士の機体へと突き刺す。


「ぐはっ」


 突き刺したと思ったが、その瞬間大きな衝撃と共に視界がブレる。

 コクピットシートの足元へと消えていく黒騎士の機体が、後方へと回転するのが見えた。

 盾を躱されて懐に入られるや否や、黒騎士は後方に回避しながら、シャルーアを蹴り飛ばしたのだ。


「くそっ。アルテミス損害は!」


『ショルダー部にダメージが有りますが問題ありません』


 直ぐにシャルーアの体勢を立て直し、黒騎士へと機体を向ける。

 既に体勢を立て直している黒騎士の機体に、エドワードさんが至近距離から粒子レーザーを撃ち込んだ。

 黒騎士はその攻撃を軽く往なし、すかさずアジュへと反撃を加える。

 至近距離からの射撃でアジュの脚部が被弾し、片方の脚が吹き飛び火球に包まれた。


「エドワードさん!」


 それ以上追撃をさせない様に、シャルーアとクナイが同時に黒騎士に迫る。

 素早い動きで射撃の暇を与えず、再び近接攻撃の間合いに入った。セシリアさんと同時攻撃を仕掛け、黒騎士のアジュへの追撃を封じる。

 黒騎士はクナイから繰り出される素早い攻撃を鎗で受け流し、シャルーアの接近攻撃を盾で防いだ。

 黒騎士の攻撃を封じてはいるものの、こちらの攻撃は完全になされている状態。

 しかも、上手く往なしながら機体を移動させ、撃ち込もうとするエドワードさんのアジュとの間にシャルーアかクナイを挟み、射撃を封じているのだ。

 ──これほど大きな機体をこんなに細かく、しかも寸分の狂いもなく制御している。黒騎士とは何者だ。どれだけ強いんだ……。


『リオン! セシリア少尉の機体が危険です』


 アルテミスの指摘が終わる前に、黒騎士の鎗がクナイの右アーム部を貫抜き破壊した。


「セシリアさん!」


 赤い機体は衝撃で体勢を崩した様に見えたが、受けた攻撃の勢いを活かして回転し、もう片方のアームの短刀で黒騎士からの追撃を間一髪で受け止めた。

 だが、鎗の素早い連続攻撃が繰り出され、短刀で受け止めてはいるものの、勢いを殺しきれず機体の各所に損傷を受け続けている。このままでは機体が持たない。

 クナイの不利を悟ったエドワードさんが、剣タイプの近接武器を振りかざし黒騎士の機体へと迫った。


『リオン! エドワード准尉の攻撃は読まれています』


 アルテミスの指摘を聞いて、シャルーアを突進させたが盾で防がれる。


「くそっ。この盾を躱して……」


 シャルーアに急制動をかけ、テールスライドさせながら盾を躱し、再びナイフを構え懐へと飛び込んだ。

 だが、そこにあるはずの黒い機体は無く、シャルーアの攻撃は空振りに終わり、盾を手放した大きなアームが、エドワードさんのアジュのヘッド部を捕まえていた。

 もう一度加速して攻撃を仕掛けようとしたが、その一瞬の間にアジュの青い機体が赤いクナイの筐体へと叩きつけられる。


「なっ……」


 アジュの機体をコクピット付近に叩きつけられたクナイが、衝撃で後方へと流れて行く。

 クナイは体勢を立て直す為のスラスターも焚かれず、そのまま機体の動きが停止していた。

 黒騎士は次の瞬間、ヘッド部を掴んだままのアジュのコクピット部を、もう片方のアームでしたたかに打ち、動きが停止した所でクナイと同じ方向へと投げ飛ばす。

 そして、黒騎士の大型の粒子レーザーの銃口が、重なる二機の方へと向けられて動きを止めた。


 その瞬間、俺の中で何かが弾けた……。


「貴様―!」


 フットペダルをベタ踏みして、シャルーアが矢のような勢いで黒騎士のアーム目掛けて突進し、大型の粒子レーザー銃を弾き飛ばす。

 そのまま黒騎士と二機との間に割って入り、振り向きざまに粒子レーザーを撃ち込んだ。

 至近距離から確実に叩き込んだつもりだったが、黒騎士は機体の角度を変えるだけで躱す。

 直ぐに追撃する為に、シャルーアにフルブーストをかけて一気に勢いを殺し、そのまま再加速する。


『リオン、その動きは無茶です』


 コクピットシートに押さえつけられ、骨が軋み内臓が押し潰され息が出来なくなる程のGが掛かる。それでも構わずにフットペダルを踏み続け、黒騎士の機体へとシャルーアを突っ込ませた。

 黒騎士が盾を持ち直して構えるのが見えたが、何かが閃き構わずに突っ込む。

 ──黒騎士は俺が盾を躱して飛び込んで来ると思っている……。

 シャルーアの機体の向きを傾け、盾を躱す動作をして見せた。

 案の定、盾の真横から鎗が付き出され、シャルーアを串刺しにしようとする。

 懐に飛び込む動きをしていれば、確実にヘッド部を貫かれていたが、そのまま横にテールスライドして躱し、粒子レーザーを撃ち込んだ。

 ──違う。黒騎士はこの動きも織り込み済みだ。奴の読みの上を行かなきゃ駄目だ……。

 黒騎士は思った通り、粒子レーザーの攻撃を鎗で受け流した。

 ──隙を突いて近接で打ち込む……やってみるか。

 急回頭後に、再びフルブーストを掛けて黒騎士へと飛び掛かる。

 何処から出た血か分からないが、口の中に鉄の味が広がっていた。


『リオン……』


 両方のアームにナイフを持ち、フル加速の状態で機体を突っ込ませると、黒騎士はまた盾で進路を防いで来た。

 ──狙い通りだ。奴は俺がこの盾を躱すと思っている。

 俺は盾を躱さず、そのまま盾に体当たりした。

 ──これは奴にとっては予想外の動きのはずだ。いける!

 俺が盾を躱した所を攻撃しようとしていた黒騎士の鎗が空を切り、体当たりに備えていなかった盾がアームから外れ宙空に舞う。

 ──このまま仕留める!

 漆黒の鎗が空を切り、盾が飛ばされた事で一瞬の隙が出来た。

 すかさずシャルーアを懐に飛び込ませ、避けようとする漆黒の機体の脚部にナイフを突き刺した。

 ──このまま行ける!


『リオン! 無理です!』


 アルテミスの声が聞こえたが、アルテミスの制動は入らない。

 勢いのままもう片方のナイフを、今度は機体の腹部に刺し込もうとした時だった。

 黒騎士の大きなアームがシャルーアを掴まえたのだ。強い衝撃と共にシャルーアの動きが完全に止まってしまう。

 その時、通信機から男の声が聞こえて来た。


『小僧。強くなれ。大切な人を守りたいのであれば、誰よりも強くなれ。出来ないのであれば、死ね!』


 強烈な衝撃と共に、全てが真っ暗になった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る