第39話 「外縁部へ」

『これはデカいな……。四機、いや五機くらいで押そう』


『了解』


 小惑星帯に侵入して既に一ヶ月。航路上にある小惑星の押し出し作業はまだ続いている。

 比較的安定した軌道の小惑星帯らしく、緊急事態は起こらないけれど、密集状態でとにかく数が多い。

 イーリスが偽装した時よりも大きな小惑星が、進路上にゴロゴロ漂っているので、GW隊は休む間もなく作業を続けている状態だ。 

 敵の追撃は無いけれど、艦隊は押し出し作業に合わせて減速・加速を繰り返し、全員が小惑星との衝突や不測の事態を避ける為に気を張り続けているので、疲れはピークに達している。

 元々戦争をする為に派遣された艦ではないので、パイロット騎乗の機体ばかりで、CAI単体運用のGWが殆ど居ないのも、厳しさを増す要因のひとつになっていた。


 そういう状況の中でも、小惑星が少ない宙域で、押し出し作業の時間が空く時がある。

 しばらくしてから、作業再開を伝えても返事が無く、宙域に漂ったままの機体がいたりする。パイロットが疲れて眠ってしまっているのだ。

 これほど長期間の連続作業になると、タンクベットでの急速回復にも限界がある。

 艦隊の全員に通常休息を定期的に取るよう指示が出されてはいる。けれども、人手不足なのは分かっているので、皆休息時間を最小限にして必死で頑張っている状況なのだ。

 今のところ大きな事故もなく、無事に航行できているのは、奇跡的なのかも知れない。


 ────


 それから更に半月が過ぎた頃、アルテミスから艦隊の前進を止めるように言われた。周りで作業をしていたGW隊に伝え、後続の艦艇に連絡して貰う。


『リオン。これまでの航行距離からすると、前面にある小惑星の密集宙域を抜けると外縁部へ出ると思われます』


「アルテミス、本当なの! やっとこの小惑星帯を抜けられるんだね」


『ええ。抜ける前にここで休息を取って貰いましょう。皆さん限界でしょうから』


「どの位の時間休めるの」


『それを調べる為にシャルーアで外縁部へ出ます。そこで宙域を確認して、その後の航路と時間を決めます』


「了解」


 こちらからの指示を待っていてくれたのか、エドワードさんのメタリックブルーの機体とセシリアさんの赤い機体が直ぐ傍で待機していた。


「エドワードさん、セシリアさん。俺はこれから外縁部に出て、宙域を確認しに行きます。その間、皆さんは休息を取っていて下さい。どの位の休息時間が取れるのかは、帰ってからお伝えします」


『了解。だが、リオンひとりで行くのは良くないな。何があるか分からないからな』


『そうよ。皆にそれを伝えたら、私は付いて行くわ』


「いえ。お二方とも誰よりも作業に出ていたじゃないですか、無理をせずに休息を取って下さい」


『それは君も一緒だろう。俺が付いて行くから、セシリア少尉は戻って伝言を頼む』


『嫌よ。私が付いて行くから、エドワード准尉が戻って下さい。私は元気ですから』


『いやいや、少尉が戻って下さい』


『いえ、准尉が』


「いえ、二人とも戻って下さい」


『いや、だからそれは……』


 変な譲り合いで困っていると、ヤーパンの機体が一機戻って来たので、伝言をそのパイロットに託し、結局三機で外縁部に出る事になってしまった。




 それから六時間くらい小惑星帯をすり抜けて行き、小惑星が殆ど無くなった所でアルテミスに宙域に留まる様に指示された。

 この宙域は遮る小惑星帯がないから、恒星がはっきりと見える。しかも大きい。

 遠い辺境の作業コロニーに居た俺には、大きな星のひとつにしか見えなかった恒星が、これ程の大きさで見える事は驚きだった。


『おおー。恒星が近いな』


『私もこの近さで見るのは初めてだわ……』


「俺もです」


『絶対方位確認中……宙域座標照合……』


「ん? アルテミス。絶対方位って何」


『えっ、前に説明したかと思いますが』


「そ、そうだっけ……。ごめん、覚えてないや」


 何となくそんな言葉を説明された気がするけれど、覚える事が多過ぎて記憶に無い。

 アルテミスから改めて説明されて、今まで不思議に思っていた事が色々と納得できた。

 

 絶対方位とは、人類発祥の星から人が宇宙に移住する際に決めた天地方位の事らしい。

 統一政府発足の調印式の日に、その星から恒星への向きを方位0時と定めて、その線から垂直に天地0度を決定。中心となるその星の座標を0地点として、他の宙域の座標が決められたという事だ。

 宇宙に移住してからずっと使われて来たものなので、各経済コロニーでもそのまま使われていて、宙域座標をこれで認識しているらしい。


 もちろん『万国共通航路』も、この絶対方位を使用して宙域を表している。

 艦艇はこの絶対方位を使い、天0度を基準にして行動しているので、作戦行動中は艦隊やGW隊の天地の向きが揃っている事が多いのだ。

 これまで何となく不思議に思っていた事の答えが分かり、ちょっと嬉しかった。

 ただ、小惑星帯宙域にいると、星や惑星の位置が確認出来なかったりするので、自分達の居る座標が分からなくなるそうなのだ。

 周囲を見渡せる宙域に出て来たのは、現在の座標を確認する為だったらしい。


『宙域座標確認完了。これから、恒星宙域での既知小惑星等の軌道計算と、恒星フレア周期演算、及び航路の策定を行います。演算リソースを最大限そちらに割きますので、しばらく会話が出来ません』


「了解。アルテミスでも、そんな事が有るんだね」


『膨大な量の演算が必要になりますので。それにしても、リオンは知識についての学びがもっと必要の様ですね』


「あいあい」


『では、演算に入ります……』


 アルテミスが演算に入り静かになったので、ふたりに状況を伝える事にした。


「エドワードさん、セシリアさん。うちの小煩こうるさいCAIが、軌道とかフレアとか何だかんだで、これからの航路を演算中なので、しばらく待っていて下さい」


『了解。それにしても、オーディンのCAIはそんな演算まで行えるんだな』


『本当に凄いCAIね。とてもGWのCAIとは思えないわ』


「そうなんですかね。凄いけれど小煩いですよ。いろいろごちゃごちゃと細かく言われます」


『そんなに細かい会話まで出来るんだな。ちょっと想像が付かないよ』


『どんな会話しているのかしら。ちょっと気になるわね』


「本当に細かくて煩いですよ。『煩いなぁ』とか言い返したくなりますよ」


『演算完了……』


 丁度ふたりの笑い声が聞こえて来た時に、アルテミスから演算が完了したという報告が入った。

 演算が終わった事を伝えると、余りの速さに更に驚かれてしまった。やはりアルテミスはもの凄いCAIなのかも知れない。


「アルテミスは本当に凄いんだね!」


『ありがとうございます。演算中に会話が出来なくなる程度の能力ですが……。でも、会話は全部聞こえていましたよ』


「えっ……そ、そうなんだ」


『ええ、オーディンの機密情報を話されると困りますので。リオンはその辺の判断力がまだ不足している様に見受けられますから』


「は、はい……」


『恒星宙域の航行可能なタイミングを演算すると、艦隊の停泊可能時間は三二時間が限界でした。それを逃すと一ヶ月以上現在の宙域に留まらなければなりません。急いで戻りましょう』


 アルテミスの演算結果を伝え、休む間もなく艦体の停泊している宙域へと取って返した。

 また六時間以上かけて宙域へと戻らなければならない。

 押し出し作業から計算すると、三人とも二十時間近くコクピットに座り操縦を続けていた事になる。流石に全員疲れ切っていた。


『では、それぞれの艦に戻って、停泊可能時間を皆さんに伝えて下さい。二四時間後にリュウグウに集合して、今後の航路等の打合せという事で』


『了解。皆お疲れ!』


『分かったわ。ゆっくり休みましょうね。お疲れ様』


 イーリスの格納庫にシャルーアを着艦させると、体がだるくて動けなかった。

 コクピットは開いたけれど、シートから起き上がる気力がでない。


「アルテミス。ここで少し休むよ」


『了解。リオン、お疲れ様』


 アルテミスの返事と共に、パイロットスーツの圧縮が解けて全身の締め付けが開放される。

 圧迫感が無くなり、ヘルメットを脱いでそのまま眠ってしまった……。




 どの位寝ていたのか分からないけれど、喉の渇きで目が覚めた。

 コクピットの天井付近が目に入る。モニターは切れていて何も映っていない。

 ──部屋に戻って、シャワーを浴びて……。

 そう思い、シートから立ち上がろうとしたら、体の上に何かが居た。

 驚いて確認すると、俺の膝の上に赤いパイロットスーツの女性が丸まって寝ていたのだ。

 コクピットの中は疑似重力も働いていないから重さは感じない。だから目が覚めるまで気が付かなかったのだ。

 起こさない様にそっと抱きかかえて、コクピットから飛び降り、空気の流れで床にふわりと着地する。

 セシリアさんを抱きかかえたまま船内の廊下を歩き、彼女の別荘部屋へと向かった。

 歩きながら何となく綺麗な寝顔を見たくて覗き込むと、虚ろな緑色の瞳に見つめられていた。


「……あら、リオンちゃん。お姫様抱っこだなんて、幸せだわぁ……」


「重力が有りませんからね。それにしても、何でわざわざあんなところで寝てたんですか」


「大好きなリオンちゃんに抱き締められて眠るのが、一番だからに決まっているじゃない」


「だ、抱き締めてなんかいませんよ」


「あら、照れちゃって。うふふ」


 セシリアさんの部屋の扉を開けて中に入った。


「リオンちゃん。折角だからベッドまで運んで頂戴」


「はいはい」


 セシリアさんをベッドの上に寝かせると、首の後ろに手を回されて、しっかりと抱き締められてしまった。


「リオンちゃん、ありがとう。とっても幸せよ。あと、パイロットスーツを脱がしてくれるかしら」


「そ、それはご自分で、お、お願いします」


「あら、残念……」


 余程疲れているのか、セシリアさんはそのまま眠ってしまった。

 パイロットスーツが苦しくない様に胸元までシールを外してあげて、部屋を後にする。

 しばらく休んだら、いよいよ外縁部へ向けて移動が始まる。

 アルテミスは『これからが、もっと大変になる』と言っていた。頑張らないといけない。

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