第40話 「恒星フレア」

 モニターに映る真っ白に輝く恒星は更に間近になっていた。

 フィルターでかなり光度が落としてあるはずだけれど、それでもモニターを直視出来ない程の眩しさだ。

 艦隊はアルテミスの示した航路通りに航行している。

 今のところ航路を妨害する小惑星も存在せず、船速もそれほど速くないので、穏やかな航海の様に感じる。

 だけど、艦艇の恒星側に面している外部装甲の表面温度は既に一〇〇〇℃を越えているのだ。

 もちろん艦艇内部に影響は無いが、不測の事態に陥った時には厳しい環境に晒されることになる。


「アルテミス。GWで船外に出たらどの位持つの」


『シャルーアであれば、かなり長時間の活動は可能かと思われますが、耐熱装甲を施されていない機体では短時間で内部損傷が起こり、機体機能が停止してパイロットもCAIも……』


「こんな危険な宙域は高速で通過してしまえば良いのに、船速を上げないのは何故なの」


『恒星周辺に有る既知の小惑星の軌道は演算済みですが、未知の物があると、その速度と大きさによっては躱しきれない可能性があります。この宙域での艦体の損傷は非常に危険ですから。それと……』


「他にも何か理由が有るの」


『ええ。艦体に致命的な影響を及ぼすかも知れない『恒星フレア』の周期を演算して、確率的に最も安全と予測される航路と船速を取っているのです』


「恒星フレア?」


『はい。恒星の表面で起こる爆発の事です。放出される強力な電磁パルスをこの距離で浴びてしまうと、強固に対策を施してある艦艇であっても、電子機器に何らかの影響が出る可能性があります。艦艇内の生命維持装置や機関停止など致命的な損害が出る事もあります』


「そんな事が……。通常は恒星宙域を利用しない理由が分かったよ」


 小惑星帯でイツラ姫の乗艦リュウグウに集まり、皆に航路と船速の計画を伝えた時に、艦隊運用に携わる士官たちの顔が一斉に緊張したのを思い出した。

 きっと、それ程の危険が伴う宙域を航行するという事が分かったのだろう。

 今頃は小惑星帯を通過していた時の比ではないほどの、ピリピリとした緊張感に包まれているはずだ。


『リオン。これから恒星に最接近する航路になります。何か問題が起きた時は、イーリスとシャルーアで対処しなければなりません』


「了解」


 ────


『一時間後に進路を二時方向へと変更します。その後は恒星から離れて行く航路になりますので、これで最も危険な宙域は抜ける事になります』


 恒星を十時から十一時の方向に見ながらの航路を取り始めて約三日。艦艇の外部装甲の表面温度は一五〇〇℃を越えている。

 今のところ何か問題が起きた艦艇は無いから、何とか無事に恒星宙域を離脱できそうだ。

 でも、不安感というか何だか嫌な感じがして、シャルーアのコクピットから離れる気持ちには成れなかった。

 きっと緊張感から来るものだろうけれど、航路の変更までは、そのまま待機する事にした。

 アルテミスからも、そういった感覚は大事にする様に言われたからだ。


「アルテミス。この後は一気にヤーパンへと向かうの」


『その事ですが、ちょっと不安材料がありますので、この宙域を抜けてから各艦艇に確認を……』


 アルテミスから今後の事の説明を聞いていると、突然イーリスCAIの声が遮った。


『最後尾のヤーパン艦艇より入電。後方より高速接近する艦艇……今、衝突しました』


「ええっ! イーリス、状況は!」


『ヤーパンの護衛艦、後部メインブースター損傷。衝突した艦艇はステルス型重巡洋艦。小惑星帯まで追尾して来ていた艦艇です。大破した状態で衝突後恒星方向へと向かっています』


「ヤーパン艦の状況は。乗員は無事なの」


『現在確認中ですが厳しい状況かと思われます。追信。重巡洋艦より救難信号発信有り』


「なっ、どういう事なの?」


 敵の重巡洋艦が突然衝突して来た上に、救難信号を発信しているらしい。

 緊急事態が起きた事は分かるが、いったい何が起こっているのか理解出来なかった。


『リオン。小惑星帯での休息時間が三二時間しか無いと言ったのを覚えていますか』


「うん。それを逃すと一ヶ月は待たないといけないとか言っていたよね」


『ええ。あれは恒星フレアのタイミングと、宙域に存在する小惑星帯の軌道の問題だったのです。あれより遅れると、かなり船速を上げないと小惑星帯に航路を阻まれてしまいますし、そのタイミングで恒星フレアの直撃を受ける可能性があったのです』


「という事は、あの重巡洋艦は遅れて恒星宙域に出て来て、こちらに追いつくために高速航行に入ったタイミングで恒星フレアの直撃を受けたと……」


『その可能性が高いかと思います。こちらの攻撃で損傷したメインブースターを簡易的にしか修理を行っていなければ、その箇所から強力な電磁パルスの侵入があり、艦艇の電子機器類が壊滅状態に陥った可能性があります。恒星宙域の航路は限られていますし、直線的な航路を取っていましたので、操舵不能のまま超高速で追いつき衝突してしまったのだと思います』


『各艦より入電。損傷したヤーパン艦への対応指示が欲しいとの事です』


「アルテミス。どうするの」


『現在の航路だと恒星に更に接近する事になります。メインブースターが修理出来ないのであれば、いずれ恒星に落ちて行く事になりますから、総員脱出しか手はありません』


「どうやって」


『イーリス! イーリスは損傷した艦の恒星側に艦艇を寄せて影を作り、その他の艦は反対側に寄せ影の中で救助活動。脱出用ランチは耐熱装甲ではないから、絶対に恒星の直射を浴びない様に指示して下さい』


『了解。各艦に連絡します。本艦は恒星側に移動し、直射を遮る影艦になります』


「衝突された艦艇の人達は大丈夫かな」


『分かりません。衝突の衝撃もかなりあったかと思いますから、怪我人の救助の事を考えると、時間的にギリギリかも知れません』


 イーリスが転進して艦隊後方へと向かう。

 他の艦も指示通りに移動し、損傷した艦からの脱出と救出作業が始まった。

 何か問題が起きた時に直ぐに対応が出来る様に、シャルーアを救助宙域へと移動させる。

 艦艇の影で強烈な直射を遮られている空間に、脱出用ランチが次々と出て来ていた。

 そんな中、損傷したメインブースター近くから出て来たランチが、あらぬ方向へと進み始め影の外に出そうになっていた。ブースターが壊れているのだ。

 必死でスラスターを焚いて方向転換を図っている様だが、上手く行っていない。

 急いでシャルーアを寄せてランチを掴み、そのまま牽引して救助側の艦艇へと着艦させた。一番大きなイツラ姫の乗艦リュウグウだ。


 着艦した格納庫内は大変な状態になっていた。ランチから降りて来る沢山の怪我人で埋め尽くされている。

 応急手当を施している人、艦内へと怪我人を運び込む人、隔壁が開くたびに次々と入って来るランチを移動させる人、皆必死で救助活動を行っている。

 モニターに見知ったメカニックの人達の顔が映り、ヤスツナ軍曹の指示で皆てきぱきと動いているのが見えた。

 あの人が救助活動の指揮を執っているなら、きっと大丈夫だ。


 周囲の人への危険を避ける為に、スラスターを焚かずにシャルーアを隔壁の方へと移動させる。

 次のランチが入って来るタイミングで、空気を遮断する隔壁をひとつずつ越えて艦外へ。

 外に出ると救助作業を手伝う数機のGWがいて、その中に赤い機体が見えた。セシリアさんだ。


「セシリアさん!」


『リオン!』


「その機体で恒星の直射を浴びたら、危ないですよ!」


『分かっているわ。全員注意している。でも、損傷した艦での救助活動を手伝わないと間に合わない』


「分かりました。自分も手伝い……」


 セシリアさんに手伝うと伝えようとすると通信が遮られた。アルテミスだ。


『リオン。ひとつだけ伝えたいことが有ります……』

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