第37話 「宙域閉鎖」

 ドロシア軍の追撃を躱したヤーパン艦隊は、手探り状態だけれど、ヤーパンコロニー群を目指して航海を続けている。

 ヤーパンは戦争をしている訳ではないから、動きが取れなくなったドロシア軍艦艇への追加攻撃は行わず、先を急ぐことになったのだ。

 イツラ姫がヤーパンを旅立った頃は、セントラルコロニー連合側の勢力圏内を普通に航行して来たそうだ。

 特に敵対している訳ではないので、安全な万国共通航路を使い半年余りでアウグドへと到着したらしい。

 でも、現状はドロシア連合側がセントラルコロニー連合の防衛ラインを大幅に押し下げた影響で、ヤーパン艦隊はドロシア連合の勢力圏内を航行している。

 潜行していた小惑星帯宙域を抜けると万国共通航路に出る。ドロシア連合側の部隊に発見される危険性もあるけれど、そこからセントラルコロニー側の防衛ラインを越える事さえ出来れば、ヤーパンへの安全な航路を確保できる可能性が高いのだ。


「では、エルテリアの偽装貨物船とイーリスⅡで、万国共通航路の安全確認へ出ます」


『了解。ヤーパン艦隊はこの宙域に留まり、報告を待ちます』


 モニターの中のヤーパン艦隊が遠ざかって行く。

 潜行していた小惑星帯宙域を抜ける前に、エルテリア軍の偽装貨物船と偽装ウォーカードッグ船イーリスⅡを使い、セントラルコロニー側の防衛ライン付近までの安全確認をする事になったのだ。どちらの艦艇もアウグドに駐機していた船だ。

 万が一の時に備えて、エルテリア船にはエドワードさんの機体と数機のGWが貨物室に隠されている。

 イーリスⅡには模擬戦闘の装備に戻したディーグルがハンガーに係留され、シャルーアは隠し扉の裏に収納された状態だ。

 もし検閲される様な事態が起こったとしても、アウグドでひと稼ぎしてきたドッグ船と連れだって航行している貨物船にしか見えない様に偽装しているのだ。

 戦時下といえども、商船や一般の艦艇は経済活動をしながら各経済コロニー間を行き来している。偽装がバレなければ、安全に宙域の状況を調査する事が出来るのだ。




 エドワードさんと世間話をしながら、貨物船と舳先を並べ万国共通航路をゆっくりと航行している。

 今のところ何も脅威は無いし、穏やかな行程が続いていた。


「そういえば、セシリアさんが付いて来ると言っていたけれど、エドワードさんの説得で留守番を引き受けてくれたのですよね。セシリアさんをどうやって説得したんですか?」


『ああ。美人は余計な興味を引くから、リオン君を危険に晒すぞって言ったら、喜んで引き下がってくれたぞ。嘘ではないからな』


「なるほど。検閲が入った時に、変な事で揉めると困りますもんね」


 会話をしながら、赤毛から覗くセシリアさんの美しい緑の瞳を思い出してしまう。正直、一緒に来て欲しかった気もする。セシリアさんは本当に綺麗な人だ。


『前方より複数の艦艇接近中。認識コードは商船です』


 警告音と共に、イーリスⅡのCAIから、商船と思われる艦艇の接近を知らされた。


「エドワードさん」


『ああ、こっちでも確認した。あのサイズなら本当に商船だろう』


 一応警戒をしながら、商船とすれ違う航路を取る。

 徐々に近づいて来る商船団からは変な動きは感じ取れない。やはり普通の商船の様だ。


『……聞こえるか?』


 一般回線に通信が入って来た。どうやら接近してくる商船からの通信の様だ。


『……この先に行っても無駄だ。セントラルコロニー軍の奴らが、宙域を閉鎖して通行させてくれないぞ』


『おうっ。そりゃ、どういうこった』


 通信機からエドワードさんの返信が聞こえて来た、商人っぽい話し方になっていて少し面白い。


『俺らも一週間待ったが全然通過させて貰えなかった。検閲が厳し過ぎてこの先は大渋滞だぞ』


『戦争の影響かい』


『らしいな、ドロシア側がかなり押し込んで来ているらしいから、警備が厳重になっているそうだ。セントラルコロニー側の所属船籍しか通行を認めないみたいだな』


『そうか。情報をくれて助かった』


『おお、航海の安全を!』


『航海の安全を!』


 商船団とすれ違い、しばらく移動した宙域で一旦停泊した。


『リオン。これはヤーパン艦隊なんか絶対に通して貰えないぞ』


「敵ではないのに?」


『ああ、お前も聞いているとは思うが、DRE側にオーディンが付いたと言う噂がある。オーディンが付いたとなると、ヤーパンとエルテリアもCUP連合に敵対すると見做されている可能性が高いからな』


「それが間違いだと説明しても?」


『分からない。だが、そんな噂がある以上、前線の将兵に敵ではないと説明しても無駄だろう。彼らでは判断が付かない。下手をすると戦闘になるかも知れないし、イツラ姫を拘束される可能性もある』


「では、どうします」


『一旦艦隊に戻り別の航路を辿るしかないだろうな。しかし容易ではないな……』


 ────


 イツラ姫の乗艦『リュウグウ』は、ヤーパンの旗艦のひとつとされている立派な艦艇だ。サイズ的には追跡して来たステルス型重巡洋艦よりもひと回り大きい。

 高い戦闘能力も備えているけれど、他国への外交や公務に運用される事が多い艦なので、ヤーパンの伝統文化を感じさせる仕様になっているそうだ。

 もちろん俺はヤーパンなんて訪れた事も無いし、詳しい文化なんて知りもしない。イーリスCAIで調べてみたら、ヤーパンは人類生誕の星の東方に有った古代国家の流れを汲む国らしい。

 そのリュウグウのブリーフィングルームにヤーパンとエルテリアの将官が集まり、これからの航路について話し合いが行われていた。俺もオーディンの意思決定者として同席している。

 今回はアウグドでしていた様に、CAIカードのアルテミスと会話が出来る状態にして、アドバイスを受けながら話を聞いていた。


「先だっての作戦行動時に、援軍の艦艇がドロシア軍の認識コードをオープンにしてきたと言う事は、アウグド方面に戻るとしても、既に網を張って待ち構えているという事でしょうな」


「別のルートを辿ろうにも、この近辺の宙域は既に彼らの支配領域ですし」


「この先の宙域を閉鎖しているセントラルコロニー軍と交渉する事は出来ないのか」


「イツラ様がご乗船している事が分かると、どういう行動に出るのか予想できない。危険すぎる」


「つまり前にも後ろにも進めないという事か……」


 宙域をどちらに進むにしても、戦闘や身柄拘束など、イツラ様の身に危険が及ぶ可能性があり、航路について答えが出せない状況だった。

 どうすれば良いのかは、知識不足の俺にはとても判断が付かず、何も言う事が出来ない。ただ、会議の成り行きを見守るしかなかった。

 誰も良い案を出せず、俺も仕方なく黙っていると、通信機からアルテミスの声が聞こえて来た。


『……リオン。この状況を打開するための提案があります。ありますが、非常に危険で難しい選択肢になると思います……』


「……分かった。それでも、伝えるだけ伝えてみようよ……」


『……了解です。私が言う事を、そのまま皆さんに伝えて下さい……』


「……了解……」


 ブツブツとアルテミスと会話をしていると、イツラ姫がそれに気付いたみたいで、首を傾げながら不思議そうにこちらを見ている。

 もちろん、俺がCAIカードのアルテミスと会話をしている何てことは誰も知らない。

 セシリアさんに「リオンちゃん。あなた私以外に女がいるでしょう?」とか、変な疑いを掛けられた事はあるが、誰にも教えた事は無い。

 気にはなったけれど『私以外に……』という前提にも敢えて触れなかった。


『……リオン、良いですか……』


「……うん……」


 目を合わせたままのイツラ姫に軽く会釈をし、おもむろに席から立ち上がった。


「皆さん。ひとつ提案をさせて頂いても宜しいでしょうか」


「まあ! リオン殿から提案をして頂けるのですか。是非お聞きしたいです」


 イツラ姫の言葉に皆の視線が一斉に集まり、思わず緊張してしまう。

 でも、直ぐにアルテミスの言葉が聞こえて来たので、そちらに集中する事にした。


「航路はあります。どちらの軍にも悟られずに、ヤーパンコロニー群の近隣宙域に達する事が出来る航路が」


 アルテミスの言葉を復唱しながら提案の内容を伝えると、皆の顔が一斉に明るくなった。


「おお、オーディンの機密航路ですか。リオン殿にその機密を教えて頂けるならば、これで大丈夫だ」


「いえ、そう安心できるものではありません。未踏の外縁部宙域を通る事になりますし、時間も膨大に掛かります。そして何よりも非常に危険な宙域を航行しなければなりません」


「リオン殿。その非常に危険な宙域とは」


「恒星宙域です。恒星に最接近しながらの航路を取る事になります」

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