第36話 「騎士たる素質」
フットペダルを一気に踏み込むと、パイロットスーツの締め付けがきつくなり、体全体がシートに押し付けられるようなGを感じる。
フルブーストをかけたシャルーアの白亜の機体が、弾かれる様な勢いで敵の駆逐艦へと加速して行った。
展開していた敵のGW部隊は、一機だけで突出してくるとは思っていなかった様で、急な動きに対応できていない。
その隙を逃さず、アルテミスの照準と俺の照準が、HUD上にピックアップされる敵機の上を流れるように通過して行き、粒子レーザーの光が次々と放たれた。
HUDに映る敵のGWが次々と火球へと変わって行く。
──守るんだ。俺が皆を守るんだ。
こちらの勢いを食い止めようと、グレーと黒のカラーリングの敵機が一斉に寄せて来るが、ことごとく火球に変える。
シャルーアの突出に気が付いた二隻の駆逐艦から、凄まじい対空砲火が始まった。
素早く、そして流れる様に機体を移動させながら砲撃を避け、フル加速のまま二隻の駆逐艦へと突き進む。
駆逐艦からは高出力の粒子レーザーが何本も
無意識のうちにミサイルとの相対位置と速度を捉え、躱すのに邪魔な位置にある対象だけを機銃で迎撃し、更に加速してミサイルの壁を突き抜ける。
自力で高出力の粒子レーザー砲を何本も躱しているが、今のところアルテミスによる機体制御は入っていない。上手く操縦できているようだ。
この前の戦闘で、重巡洋艦からの砲撃を躱し続けたアルテミスの制御が、今は自分の操縦で再現出来ている気がする。
敵の砲撃を釣り込み、撃たせて躱す。これを的確に行いながら、目的の位置へとシャルーアを滑り込ませた。
ここに来て、駆逐艦二隻の出現が重巡洋艦と連携した作戦ではなくて、偶然にも増援で宙域に到着したと同時に戦端が開かれてしまった事が分かる。二隻の間隔が近過ぎるのだ。
二隻の間に入り込めさえすれば、砲撃の射線にお互いの艦艇が入ってしまい、こちらを全く砲撃出来なくなる。アウグドで学んだ集団戦の戦い方と同じだ。
先ずは片方の駆逐艦に取り付き、粒子レーザー砲やミサイル発射装置を次々と破壊する。
もう一方の駆逐艦は味方艦への被害を恐れて、こちらを撃てない状況のままだ。
そして、急加速で躱した追尾型ミサイルがシャルーアに殺到して来た所で、ギリギリまで引き付けて素早く移動する。
取り付いていた駆逐艦が大量のミサイルの直撃を受けて爆発光に包まれた。
こちらの攻撃に注意を持って行かれ、追尾式ミサイルの軌道確認すら出来ていない様子だ。完全に混乱状態に陥っているのが分かる。
片方の駆逐艦から離脱した勢いのまま、もう一方の艦に取り付き、同じように砲塔類を次々と破壊して行く。
ここに来てシャルーアを止めきれなかったGW部隊が慌てて駆逐艦の方へと戻って来たのを確認し、駆逐艦の砲塔類に可能な限りの打撃を加え、一気に駆逐艦後方の宙域へと移動した。
砲塔類を破壊された駆逐艦からの攻撃は明らかに半減し、皆を挟撃して離脱を阻もうとしていた敵のGW部隊は、囲いを抜けたシャルーアを追撃する為に、ほぼ全機が駆逐艦周辺へと戻って来ている。狙い通りだ。
──これでセシリアさんや皆は、確実に危険宙域を離脱する事が出来るはずだ。後は重巡洋艦と同様に駆逐艦のメインブースターを潰して、足止めをするだけで良い。今の感じだとやれそうな気がする。
再び殺到してくるGW目掛けて、シャルーアをフル加速させた。
巡洋艦から出撃して来たグレーと黒のカラーリングのGWは、重巡洋艦の黒いGWに比べると同型だけれど操縦レベルが低い。
シャルーアの動きに簡単に釣られる敵機を火球に変えながら、後方へと抜けたシャルーアへ向けて慌てて回頭する駆逐艦の間に再び飛び込み、今度はメインブースターに狙いを定めて攻撃を繰り返した。
敵機の射線上に常に駆逐艦を置く様に位置取りしながら、一方的に攻撃を加えていた。
敵のGW部隊は味方艦への誤爆を避ける為に、駆逐艦のメインブースター付近に取り付いているシャルーアへの銃器やミサイルでの攻撃が出来ないでいる。
業を煮やした敵のGW隊の一機が射撃による攻撃を諦め、近接戦闘を挑んで来た。
シャルーアのアーム内部からレーザー粒子刃の付いたナイフが現れ、マニピュレーターが掴むと同時にレーザー粒子刃が発光する。
ナイフは近接武器としては刃が短く攻撃範囲が限られてしまうけれど、大振りにならずに素早く戦う事が出来る。
こちらのナイフに対し相手が構えているのは大型の両刃の斧。片方のレーザー粒子刃が発光していた。
相手はこちらの近接武器が小さくて侮ったのか、ナイフで相手の攻撃を受けるように構えると、斧を大きく振りかぶった。
振り下ろした勢いでナイフを弾き飛ばすつもりなのかも知れないが、残念ながら動きが隙だらけだ。
すかさず懐へと飛び込む様な動きを見せると、相手は慌てて後方に回避しながら斧を振り下ろして来た。
ホバリングの要領で素早く横にスライドし、直線的で稚拙な攻撃をかい潜る。
相手は大振りした勢いを止めきれず、斧のレーザー粒子刃が駆逐艦のメインブースターの装甲を深々と切り裂いてしまった。
シャルーアの動きが鋭く機敏なのかも知れないけれど、近接戦闘に関しては全く相手にならない。
瞬時に背後に廻り込み、敵機の動力部にナイフを突き入れ敵機の動きを止めた。
その直後、斧が切り裂いたブースターの装甲の隙間から、駆逐艦のブーストの炎が噴き出し敵機を包み込む。
ブーストの炎に焼かれた敵機が火球に変わり大きな爆発が起きると、斧の破損個所を更に機体の爆発で広げてしまったのか、メインブースターが沈黙した。
メインブースターが破損し動きが鈍くなった駆逐艦の砲塔類を次々と破壊し、反撃体勢を整えているもう一方の駆逐艦へと一気に移動する。
俺が近接戦闘をしている間に、アルテミスの攻撃で更に撃ち減らされたGW隊は、既に組織的な動きが出来なくなっていた。
連携の取れていない機体を一機ずつ火球に変えながら、応戦しようとしている駆逐艦の射線上にもう一方の駆逐艦を置き、再び砲撃を沈黙させる。
易々と取り付き、数の減った砲塔類を破壊した。
そして、ほぼ全ての攻撃設備を破壊した時、駆逐艦の艦体に大きな穴を見付けたのだ。
恐らく大量の追尾式ミサイルが当たった時に、装甲板が吹き飛んだのだろう。
この穴に粒子レーザーを叩き込めば、内部爆発でこの駆逐艦を撃沈できる。
チャンスと思い銃口を向けた時だった……。
『リオン。この艦にはもう反撃能力はありません。その一撃はきっと貴方を苦しめます』
アルテミスに指摘されてハッとなった。
敵ではあるが、抵抗の出来なくなった大勢の人を殺めてしまう所だったのだ。
慌てて銃口を外し、艦艇の後方へと回り込んだ。メインブースターを破壊し、そのまま駆逐艦を離れる。
──目的は果たしたのだ。全ての敵艦のメインブースターを破壊したから、かなり長期間足止めをする事ができるはずだ。味方も恐らく全員無事に宙域を離脱できたと思う。攻撃や追撃をされれば別だけれど、これ以上戦う必要はない。
宙域を離れようとするシャルーアの行く手から、敵のGWが引いて行く。
追撃してくる様子もなく、生き残った敵のGWは動けなくなった駆逐艦へと帰還して行った。
「アルテミス。さっきはありがとう。大変な事をしてしまう所だったよ」
『いいえ。敵対してくる以上、撃ち滅ぼさねばならないのかも知れません。ですが……』
「うん。俺はその『ですが』を大切にしたいと思う。俺がまた過ちを犯しそうになった時は教えて欲しい」
『リオン。貴方はオーディンの騎士たる資質を持った素敵な方です』
「ふふ。アルテミスに褒められると、何だか照れちゃうな」
『まだまだですけれどね』
「はいはい……」
宙域を離脱しアルテミスと話していると、何かがHUDにピックアップされ始めた。
『前方宙域に味方機確認。その後方にイーリス』
「あれ? 何でまだこの宙域に居るのだろう。待たない約束なのに」
HUDに緑の丸が輝き、赤いGWが勢いよく飛んで来るのが見えた。
その後ろから、他の機体も近づいて来ている。
『リオンちゃん』
通信機からセシリアさんの声が聞こえたかと思ったら、シャルーアの正面でスラスターが焚かれ、赤い機体がピタリと制止した。
こちらも動いているのに、瞬時に相対速度を完璧に合わせるなんて、本当に見事な操縦だ。
そんな事に感心するのも束の間、セシリアさんの機体にガッシリと掴まえられてしまう。
「リオンちゃん!」
機体が密着し、モニターにセシリアさんの座るコクピットが映し出された。
「心配したわよ」
「大丈夫って言ったじゃないですか」
「ヘルメットが邪魔だわ」
セシリアさんがキスをする様に口を尖らせながら、カメラへ向けて笑顔でヘルメットをぶつけて来る。
『おいおい。二人でここに置いて行こうか』
エドワードさんの声が通信機から聞こえると、続けて皆の笑い声が聞こえて来た。
『流石だな、オーディンのリオン。君のお陰で全員無事に脱出できたぞ』
「まだまだですが、取り敢えず良かったです」
ブルーメタリックの機体がシャルーアに取り付き、他の機体も周りを囲んでいる。
シャルーアは赤い機体ごと、皆に抱えられるようにしながらイーリスへと向かって行く。
──俺、皆を守る事が出来たのかな。だとしたら嬉しいな……。
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