第35話 「一撃離脱作戦」

 格納庫内は静寂に包まれている。

 イーリスから同時に出撃出来るように、物資搬入用の大型ハッチの前に隊列を組み、その時を待っているのだ。


『敵重巡洋艦、小惑星帯への侵入確認』


 コクピット内に響くイーリスCAIの声。敵艦が予定通り小惑星帯へと侵入したらしい。

 実は視認し難いステルス艦といえども、場所によってはその正確な位置を確認する方法があるのだ。

 GWの機体にも付いているけれど、艦艇にはCAIと連動したデブリセンサーと、発見したデブリを排除する機構が装備されている。

 微細なデブリであれば、機体や艦体に衝突しても問題無いが、大きめの物は躱すか破壊するしかない。

 狭い小惑星帯の航路上であれば、いちいち躱さずに機銃や小口径の粒子レーザー砲で破壊する。その時の光が遠くからでも確認できてしまうのだ。

 本気で隠密行動を取りたいのであれば、GWを先行させ手動で航路外へと押し出せば良いのだが、敵も追跡をしている以上そこまで時間を掛けられない。

 結果、ステルス艦の正確な位置情報を確認できてしまうのだ。


『相対速度確認。一二分三五秒後に予定宙域に到達』


 通信と共に、HUD上にイーリスからの艦砲射撃予定時刻のカウントダウンが表示される。


「皆さんにもカウントダウンが表示されていますか」


「ああ、リオン大丈夫だ」


「こちらも大丈夫よ」


「ちゃんと表示されています」


「こちらも……」


 全員から返信が帰って来た。

 今はイーリスと一五機が有線で繋がっているから、出撃の寸前まで会話が出来るけれど、出撃後に距離が離れると通信は難しくなる。

 小惑星宙域では特に通信波に障害が出やすい上に、戦闘が始まると当たり前の様に通信波を遮るジャマーが展開される。かなり近接していないと通信による会話が出来なくなるのだ。

 今回の作戦では三機ひと組で宙域に散開するから、作戦終了までは他の組との通信は殆ど出来ない。

 そして作戦後にイーリスとの合流地点に姿が無ければ、その機体を待たない約束になっている。もちろん、それがシャルーアであったとしても……。




 敵の重巡洋艦に航路や船速の変化は無い。イーリスの小惑星への偽装が上手く行っている証拠だ。いよいよ一撃離脱作戦が始まる。


『敵艦通過一〇秒前。主砲射線変更無し…………発射』


 カウントダウン通りの射撃に合わせ、一五機のGWが船外へと飛び出した。

 もし、イーリスの艦砲射撃が外れ、敵艦のメインブースターを破壊出来ていなければ作戦は失敗。重巡洋艦の火力の前にこちらは全滅の可能性すらある。


『リオン。敵艦メインブースター二基破損確認。作戦行動に移ります』


 散開しながら敵艦の後方へと回り込み、一斉にミサイルを放つ。

 宙域を離脱しようとしているイーリスからも、大量のミサイルが発射され、粒子レーザー拡散チャフが敵艦との間に撒かれている。

 自分達が放ったミサイルも敵艦の破損したメインブースター目掛けて殺到するが、殆どが迎撃されてしまった。

 もちろん、敵艦の攻撃目標を散らす為のおとり攻撃だから、迎撃されるのは織り込み済み。当たればラッキー程度の攻撃だ。

 敵の重巡洋艦は油断していなかった様で、きっちりと防衛行動を取り、イーリスとGW隊からの攻撃を上手くなした。


 直ぐに攻撃行動に移行し、重巡洋艦からイーリスへの砲撃が始まる。

 宙域に撒かれた粒子レーザー拡散チャフのお陰で、今のところイーリスへは届いていない。

 メインブースターに攻撃を受けて破損しているはずだけれど、イーリスへの追撃を行うつもりなのか、敵艦が急速回頭をし始めた。

 敵艦の四基あるメインブースターの片側二基の破損は確認できているが、破壊や機能停止が出来ているのかまでは分からない。

 もし機能停止に至っていなければ、イーリスはこのまま追撃されてしまう。

 そうなれば、船速はイーリスの方が速いとはいえ、重巡洋艦の射程外に出るまで長時間砲撃に晒される事になり、イーリスは厳しい状況に陥る事になる。


『リオン。敵艦の攻撃目標を散らせましょう。更に散開してメインブースターへの攻撃を続けて下さい』


「了解」


 敵艦のイーリスへの攻撃を抑える為に、とにかく俺達が囮にならなければいけない。

 回頭する敵艦の後方へと回り込み、メインブースターへ攻撃を集中させた。

 GWでは火力不足だけれど、砲撃で破損した箇所に攻撃を加えれば、大きな被害を与えられる可能性がある。

 案の定、敵艦も破損したブースターへの攻撃を嫌がり、イーリスへと向けるべき砲門の半分がこちらを向いた。

 当たれば即撃墜される程の高火力の砲撃だが、皆連携の取れた動きで的を絞らせず、上手に砲撃を躱している。イーリスを離脱させる為の囮としては十分に機能している。


 そして、回頭を済ませた敵艦がメインブースターを全開にした時だった。片側二基のメインブースターが沈黙したままで、重巡洋艦は片側のブーストに押され回転を始めてしまい、まともに前進出来なかったのだ。

 方向を戻そうとして、艦体制御用のスラスターが、片側から一斉に噴き出していた。

 どうやら敵艦のメインブースターを破壊するという作戦は上手く行った様だ。後は全員が無事にこの宙域を離脱できれば作戦成功。

 敵の重巡洋艦は、イーリスの追撃が叶わないと分かると、黒色のGW隊を一斉に出撃させて来た。

 敵のGW隊は艦砲射撃の射線上に入らないように散開しながら、こちらを囲みに来ている。

 ──イーリスが重巡洋艦の射程外に出るまであと少しだ。敵を往なしつつ、包囲と艦砲射撃への誘い込みを避け、徐々に宙域を離脱していけば良い。




 イーリスが宙域外へと離脱した後、セシリアさんとエドワードさんと共に殿しんがりを務め、他の組の宙域離脱を援護する。

 他の組も流石はベテランパイロット揃いと言った感じで、逃げる素振りを見せながらも、突然反撃を加えたりして敵を翻弄していた。

 敵重巡洋艦の砲撃は強力だが、敵のGW部隊を上手に射線上に釣り込み、砲撃されない位置を確保しつつ皆が離脱して行く。

 この調子だと、こちらの被害は無しの状態で作戦を終われそうだ。


「セシリアさん、エドワードさん。そろそろ……」


 敵のGW部隊を往なしながら、自分達も離脱しようとした時だった。


『リオン。離脱予定宙域に敵艦確認。駆逐艦級二隻です』


「えっ」


『くそっ、増援か。タイミングが悪いな』


『このままだと挟撃されるわよ』


 こちらの作戦が読まれていたとは思えないけれど、GW隊は重巡洋艦と駆逐艦二隻に挟まれる状態に陥ってしまったのだ。


『敵駆逐艦からGW部隊発進。認証コード確認。ドロシア共和コロニー軍です』


『もう正体を隠す必要も無いって事か』


 敵のGW隊が散開し、駆逐艦からの砲撃が始まった。重巡洋艦の部隊とで挟み込む様な位置へと徐々に移動している。

 こちらの部隊も何とか攻撃を躱してはいるけれど、宙域を離脱することが出来ず、このままだと撃墜されるのを待つだけにの状況に陥りそうだった。


「ねえ、アルテミス」


『はい』


「駆逐艦って強いの?」


『駆逐艦級の装甲であれば、こちらの攻撃も通るかも知れません。但し、重巡洋艦程ではありませんが、主砲の直撃を受ければシャルーアの装甲は持たないと思います』


「だったら行くよ。俺は皆を助けたい」


『ええ。オーディンの騎士は、そうでなくてはなりません』


「ありがとう」


『艦砲射撃の直撃回避と周囲への警戒は私が対応します。リオンは操縦と駆逐艦への攻撃に注力して下さい』


「分かった。セシリアさん、エドワードさん。味方部隊の宙域離脱のフォローに回って下さい」


『了解。リオンは?』


『リオン君。何をするつもりだ』


「自分はシャルーアで出来る事をします。俺が合流予定地点に現れない時は、約束通りでお願いします」


『リオン。それは……』


「お願いします。俺は絶対に大丈夫だから。皆さんはヤーパン艦隊の安全確保を最優先にして下さい」


『分かった。オーディンの騎士の意思なら逆らえない。リオン頼んだぞ』


『リオン……ちゃんと帰って来てね』


「はい。大丈夫です」


 二人への返事と共に、駆逐艦へ向けてシャルーアのフットペダルを一気に踏み込んだ。


 ──俺が皆を守るんだ……。

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