第34話 「追跡者」
『敵重巡洋艦よりGW隊が展開』
「了解。イーリス! シャルーア発艦と同時に機雷射出。相対速度に合わせて敵艦通過時に自爆セット」
『セット完了。シャルーア出撃どうぞ』
ヤーパンへの行程はやはり簡単には行かなかった。
ドロシア軍艦艇と思われる例のステルス型重巡洋艦が、しっかりと追尾して来ていたのだ。
追う側と追われる側。アルテミスの説明を受けて分かったが、追う側が圧倒的に有利なのだ。
実は追われる側の自分達は、ある一定速度以上に船速が上げられない。
その理由は航路と安全確保にあるらしい。
宇宙には艦艇の通行を避けた方が良い危険な宙域が散在している。一例で言うと衝突事故の可能性が高い、広範囲に渡る小惑星帯宙域などがそうだ。
そう言った危険地帯を避けられるように、人類が宇宙に移住を始めてから一応『万国宙域航路図』と言うものが共有されているらしいのだが、これは完全ではない。
特に経済コロニー間での
もちろん、万国航路はその宙域の経済コロニー軍の監視下にある。
イツラ姫の身の安全を考えると、戦時下に於いて、迂闊に万国航路を通行する訳には行かないのだ。
その為には安全確認をしながら航路図に無い宙域を進むしかなく。そうなると未知の危険に対処しながらの航海になるので、船速が上げられなくなる。
その結果、追跡するドロシア艦は俺達が辿った安全な航路を、船速を上げて追跡すれば簡単に追いつく事が出来てしまうのだ。
『リオン。これ以上は敵重巡洋艦の射程圏内に入ります』
「くそっ! やはり前には出て来ないか」
これまで幾度か敵のGW部隊と交戦したが、絶対に突出して来ない。
こちらの部隊が押し出せば、その分後退して行き、敵艦の射程圏内に引き込もうとしてくる。
しかも、徐々に相対速度を落として行き、こちらのGW部隊と味方艦隊とを引き離そうとするのだ。
そうなると、GW部隊を置き去りにはできないから、艦隊の船速も落とさざるを得なくなる。
その度に艦艇前面のスラスターを焚いて減速をするので、都度エネルギーを消耗する。
僅かな消耗だが、その後の加速時にはブースターの燃料が必要となるので、補給のままならない長い航海の事を考えると、嫌な消耗戦を強いられている事になるのだ。
単純計算だと、こちらは五隻で敵は一隻。
どこかの宙域で迎え撃ち、艦隊戦に持ち込めば圧倒出来るはずなのだが、こちらがその動きを見せると敵艦は一気に後退して行く。
単に諦めの悪い相手だと思っていたが、そう単純な事ではなさそうだ。
目的はヤーパンの皇女イツラ様を捕らえる事だというのは間違いないが、敵の単艦でそれを行うのは無理だという事も確かだ。
それでも追尾しながら戦闘を仕掛けて来るのは、やはりこちらの足止めが目的らしい。
ヤーパンとエルテリアの士官達との話し合いでも、敵が増援を待ちながら追尾して来ているという結論に達した。
船速も上げられず、そうかと言って迎撃を試みると巧妙に逃げられる。なかなか厄介な相手だ。
結局、機雷の自爆で敵艦が船速を落とした隙に、展開したこちらのGW部隊を艦艇に戻し、今回の出撃も無駄足に終わった。
ただ、機雷の効果があったのか、宙域の安全確認の為に敵艦が船速を落としたのが大きな戦果なのかも知れない。
この状況が生まれた事により、今後の方針を決める時間的余裕が出来たからだ。
────
「へえ、イーリスの艦内って、こんな感じなのね」
「オーディンの艦船内に入れるとか夢のようだな」
イーリスの格納庫に赤とブルーメタリックの機体が並び、その奥にヤーパンとエルテリアのカラーリングの機体がワイヤーで簡易的に固定された状態で待機している。
それまで格納庫内にあった小惑星の偽装パーツは綺麗に無くなっている。イーリスを小惑星に偽装した姿に戻したからだ。
アルテミスとイーリスと話し合った結果、敵艦を足止めする奇策に打って出る事にした。
ヤーパン艦隊に小惑星帯を通過する航路を取って貰い、小惑星に偽装したイーリスで不意打ちを仕掛けるという作戦だ。
小惑星帯を上手く利用して敵の航路を限定させ、至近距離からのイーリスの艦砲射撃で敵重巡洋艦のメインブースターを破壊する。
もちろん敵艦の撃沈が理想だが、火力不足の上に艦砲射撃戦になるとイーリスには勝ち目はない。
メインブースターへ一撃を加えると同時に、敵艦の射程外に離脱できなければ、イーリスはかなり厳しい状況に陥る。
もし、初撃を外して敵艦の足止めが出来なければ、撃沈される可能性すらあるのだ。
そこで、イーリスが離脱する時間を稼ぐ為に、初撃と同時に俺がシャルーアで出撃して、囮となり敵艦の注意を引く。
失敗をすれば、イーリスもシャルーアも撃破されてしまう危険性は有るが、もし敵艦の動きを止める事が出来れば、タイミングを合わせて引き返してくるヤーパン艦隊と共に、重巡洋艦を一気に撃沈する事すら可能になるのだ。
この作戦を提案した時は流石に止められたが、このまま敵艦隊の増援でも入ると、かなり厳しい状況に陥るのは確かなので、説得して実行する事になった。
当初の自分の計画と違うのは、イーリスとシャルーア単体で実行する予定だったのが、艦隊から有志が参加する事になった点だ。
結局、セシリアさんとエドワードさん、それにベテランパイロットのGW部隊がイーリスに乗り込む事になった。
もちろん、この囮作戦は全員命懸けになる。
イーリスの格納庫内は、決死の覚悟をした緊張感で張り詰めた雰囲気に……なるはずなのだが。
「ねえ、リオンちゃん。リオンちゃんのお部屋見せてよ!」
「おお、凄い。食事が自動で運ばれて来るぞ! これは良いな」
「リオンさん。このガンメタリックの機体を見せて貰っても宜しいでしょうか」
「イーリスさん。コーヒーを下さい」
「私は出撃前の一時は紅茶だと決めている。紅茶はありますか」
流石はベテランパイロット達だ、厳しい状況が待って居ると分かっていても、明るく平常心を保っている。この精神性は見習わなくてはいけない。
「ねえ、リオンちゃん。早くお部屋に行きましょう。最後のひと時を一緒に過ごしましょうよー」
「い、いえ……艦内は立ち入り禁止です」
「そんな固い事言わないで! 人生最後のひと時かも知れないのよ」
「大丈夫だ。セシリア少尉は俺らが全滅しても生き残っているよ」
「あら、エドワード准尉。人を化け物みたいに言わないでよ。か弱き乙女なのに」
「か弱き乙女ですか?」
「あら、リオンちゃん。いま何か言ったかしら」
「い、いえ」
「私の胸をあんなに触っておいて、今更女の子じゃないなんて言わせないわよ」
「えっ……うっ」
「そ、そうなのかリオン君!」
「えっ。いや、エドワードさん、あれはその、そういう事じゃなくて……」
「リオン君! 顔が真っ赤じゃないか。オーディンの騎士は高潔じゃなかったのか」
数時間後には命懸けの戦いが待って居るのだが、格納庫内には笑い声が響いている。
皆の笑顔を見ながら、俺は何が何でもシャルーアで皆の命を守りたいと思った。
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