第9話 「Automata Artemis」

 モニターに浮かぶ文字が消え、コクピット内が真っ暗になった。


『生体認証登録完了……パイロットレベルGの為、操作権限の移譲不可……アルテミス、起動します』


 CAIの話し方だけれど、先程格納庫で話した女性の美しい声だ。

 声が聞こえた途端、機体の動力部が起動し、腹の底から揺さぶられる様な振動が響いて来る。

 同時にコクピットの内部の壁が球体の全方位モニターに切り替わり、格納庫内が映し出された。

 今までのSWの画質とは明らかに違い。鮮やか過ぎて、コクピットシートと操縦系統の機械ごと宙に浮いている感じすらしてしまう。


『リオン。申し訳ありませんが、今回あなたはシートに座っているだけです。機体の挙動に合わせて操縦桿やペダルが動きますから、その感覚を身に付けて下さい』


「え、うぐっ……」


 俺が返事をした刹那、凄まじい加速で体がシートに押し付けられた。あっという間に格納庫の壁が迫って来る。

 とてもかわせる速度じゃない。奥歯を噛み締めながら衝突を覚悟した。

 ところが、衝突の直前で格納庫の扉が次々と開き、その間を凄まじいスピードで機体がすり抜けて行く。

 暗い通路の空間に出たかと思うと、その先に見えていたゴツゴツした地表が迫ってきた。しかも、機体は更に加速している。

 今度こそ確実に叩きつけられると思い、操縦桿を握り締め身構えた。けれども、機体はスピードを緩める事なく、その壁を突き抜けてしまった。

 どうやら、見えていたゴツゴツした地表は実体ではなく、映像の投影だったみたいだ。




 球体モニターが見渡す限りの輝く星々を映し出し、その余りに鮮明な映像に、シートごと宇宙空間に放り出された感覚に陥る。

 小惑星の外に出たのか? あいつらは?

 周りを見渡そうと思った途端、今度は身がよじれる様な横Gが体に掛かり、パイロットスーツが体を締め付け血流が制限される。

 何かで聞いた事が有る。Gによるパイロットの気絶防止の機能だ。

 目まぐるしく景色が変わるモニターには、小惑星とダークグレーのGWの姿が写っていた。モニター表面には綺麗なブルー色のHUDが浮かび上がっている。

 HUDは瞬時に敵機体を枠に捉えると、瞬時に照準が合わせられ、直後に機体の右側から眩い光がほとばしる。

 高出力のレーザー粒子兵器だ。こんなのゲームや映画でしか見た事がない。

 次の瞬間、粒子レーザー光がGWの筐体を貫き、直後に敵機が火球へと変わる。


 その後もHUDのブルーの枠が次々と対象を捉え、即照準を合わせて行く。

 機体のアーム部の動きを司る操縦桿がわずかに傾くと、指の部分にあるトリガーが勝手に凹んだ。

 その刹那、また眩い光がほとばしり敵機を次々に火球へと変えて行く。

 機体は小惑星の周りをもの凄いスピードで移動し、HUDの表示は目で追えない程の動きでモニターの中を駆け巡っていた。

 そして、この機体のHUDセンサーが捉えるのは正面だけではない。全ての方位の物体を感知して即座にマーカーが囲み、瞬時に対象物が何であるのかを解析。脅威か否かを判断し、重要な対象物だけをピックアップして行く。

 この機体のCAIの演算速度とリソースは桁違いだ。


 機体が方向を転換するたびに凄まじいGに襲われながら、モニターの中で目まぐるしく繰り広げられる圧倒的な戦いに、ただただ傍観者の様に魅了されていた。

 そして、ふと気が付いた時には、機体は小惑星の傍らに静止していて、敵のGWは何処にも存在しなかった。

 コクピット内に静寂が訪れる。


『リオン。戦闘中に通信波を感知しました。嫌かも知れませんが、あなたが居たコロニーの宙域に戻り、残った敵を殲滅せんめつしなければなりません』


「ねえ、君はこの機体のCAIなの?」


 格納庫から気になっていた質問をぶつけてみた。


『ええ。正確にはCAAIですが、その認識で間違いではありません』


「CAI! この機体の情報を教えて」


『権限未達で却下です。それとCAIではなくて、アルテミスと呼んで下さい』


「アルテミス?」


『はい』


「何だか綺麗な名前だね」


『ありがとうございます』


「ねえ、アルテミ……」


『申し訳ありませんが、お話は後ほど』


 会話を途中で遮るCAIとか聞いた事もないけれど、会話がとても滑らかで驚いた。

 人工的で変な抑揚とか、固定された会話しか出来ないとかいう事は全くなくて、普通に人と話している感じがする。

 やはり、かなり高性能のCAIの様だ。最新鋭の軍用CAIなのかも知れない。

 それにしても、何でアルテミスは俺の名前や、住んでいたコロニーを知っているのだろう。あの拾った軍用CAIカードに何か秘密があるのだろうか。


『移動します』


 アルテミスの美しい声と共に機体が滑らかに加速して行く。

 今までとは違い、ゆっくりとした加速で心地良い。モニター越しの星々が緩やかに流れて行く。


『対象宙域の座標確認完了。フルブースト』


「えっ、うぐっ」


 強烈なGに襲われで背中がシートに押し付けられ、パイロットスーツもそれに連動して手足を圧縮している。

 息が苦しくなるくらいの急加速。モニター越しの星が凄まじい勢いで後方へと流れて行った……。

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