第6話 「被弾」

『リオン逃げろ!』


 通信機から親方の叫び声が聞こえて来た。

 逃げようと思った。でも、体が動かない。怖くて闇雲に撃ち続ける事しか出来なくなっていた。

 砲撃は簡単にかわされ、敵のダークグレーの機体が迫って来る。

 作業用SWと比べると二回り以上の大きさがあり、分厚くゴツゴツとした装甲で覆われている。よろいまとった巨大な戦士の様ないで立ちだ。

 そのGWの手には、高熱を発生させたレーザー粒子刃が輝いていた。

 ──殺される。

 そう思った刹那、また操縦桿が動いた気がした。機体が素早く攻撃をかわし、なめらかにスライドして行く。

 空を切った敵のレーザー粒子刃が、自分の機体が存在していた空間を切り裂き、対空砲との接続コードを切断した。

 何故機体が動いたのかは分からないけれど、寸前で敵の攻撃を躱したのだ。


『うおおおお』


 叫び声が聞こえ、親方のSWが敵の機体の腹部に体当たりする姿が飛び込んできた。

 ──コクピットの辺りだ。親方凄い!

 親方は間髪入れず、斧の様な武器で敵機に切りかかり、コクピットの辺りを攻撃している。敵のGWは動けない。

 一方的に攻撃を続ける親方は、隙の出来た相手に強い一撃を喰らわそうとレーザー粒子刃が輝く斧を振りかぶっていた。

 ──よし、親方の勝ちだ。

 そう思った次の瞬間、劣勢だったはずの敵機が素早く動き、振り抜かれたレーザー粒子刃が親方の機体を切り裂いたのだ。


『がっ……』


 通信機から親方の声が一瞬だけ聞こえ、直ぐにノイズにかき消されてしまった。


「お、お、親方?」


 直後に親方のSWが火球に変わり、破片が宙空へと飛び散って行くのが見えた。その破片の幾つかが自分の機体にぶつかる音と振動が伝わって来る。

 その瞬間、頭の中で何かが弾けた。

 親方の笑顔が脳裏に浮かび、優しいあんちゃん達の顔も浮かんだ。

 ──何なんだこいつ。何でこいつらはこんな事するんだ……。親方は? あんちゃん達は何処に行った?

 無意識でフットペダルを踏み込み、機体を対空砲へと寄せる。

 コードが切断されモニターへのリンクは出来ないが、そのままマニピュレーターで操縦桿を掴み、対空砲を稼働させ相手に向けて撃ち込んだ。

 不意を突いたのか、相手の機体に着弾の光がいくつも咲き、その度に分厚そうな装甲が飛び散って行く。

 そのまま砲撃を回避しようとする相手の動きに合わせて撃ち続けた。何故かは分からないけれど、相手の動きに合わせて撃ち込めるのだ。

 そして、その内の一発が敵機の頭部に着弾した時、相手の回避行動が止まった。

 それでも砲撃を止める事が出来ずに、ダークグレーの筐体目掛けて対空砲を撃ち続けていた。

 直後に敵の機体が火球に変わる。

 ──倒したのか? 

 確かめる為に凝視していたら、また操縦桿が動いた気がした。機体が再び横にスライドする。

 すると、後方からミサイルが通り過ぎて行くのがモニターに映り込んだ。何故だかは分からないが、後方から来たミサイルを躱したのだ。

 すかさず、ミサイルが飛んで来た方向に対空砲を回転させると、そこには倒したのとは違う型の黒色のGWがいた。

 ダークグレーの機体よりも重厚感があり、各所にぶ厚い装甲が付いているけれど、流線形で完全に人と同じようなフォルムをしていた。

 ミサイルを撃って来た相手なのか、五本指のマニピュレーターにはバズーカ砲型の銃器を持っている。

 ──どう見てもSWとは機体の基本性能が圧倒的に違う。あれが軍用のGWなんだな……。

 相手の機体からどす黒いオーラが出ている様にすら感じてしまった。

 ──勝てない。俺も殺される……。

 そう感じたけれど、恐怖心を抑え込み対空砲を撃ちこもうと構えた時だった。躱したはずのミサイルが、右手から迫って来るのがモニターの端に見えたのだ。


『追尾式ミサイル接近……回避不可』


 突然CAIの声が聞こえ、機体が勝手に動いた。

 その直後に強い衝撃に突き上げられ、体が跳ね上がる。

 シートベルトで体を固定してはいるけれど、衝撃を吸収しきれず、ヘルメットの後頭部を座席にしたたかに打ち付けられた。

 余りの衝撃に、そのまま目の前が真っ暗になって行った……。




 俺は見慣れない場所に居た。光りに包まれた美しい場所だ。

 眩しくて周りが見えない。でも、目が慣れて来ると、傍に見慣れない格好をした女性が居るのが分かった。

 全身真っ白で、プロテクターが付いたレオタードの様なボディスーツを身に着けている。

 その表面には、文字や数字に加えて幾何学模様が描かれ、スラリとした流線型のスタイルは美しい女神の様だった。

 プラチナシルバーの長い髪が風に揺れ、ヘーゼルブラウンの瞳が俺を捉えている。凛とした目鼻立ちをして、優しく微笑む表情がとても美しい。

 ──彼女は誰だろう。会った事が有る気がするけれど思い出せない。

 そんな彼女は、只々優しく俺に微笑んでいた。


「あなたは私の希望……」


 彼女が遠くを見る様な眼差しをしながら、しとやかに紡ぐ声が聞こえ、その直後に景色が一変した。


「ううっ……」


 気が付いた途端、宇宙空間と瞬く爆発光が飛び込んで来る。


『状態、Fainted(気絶状態)よりのwakeup(目覚め)確認』


 CAIの声が聞こえる。頭がクラクラするが一瞬で状況を思い出した。

 敵のGWを対空砲で撃とうとしていたら、追尾型のミサイルを撃ち込まれて、衝撃で気絶していたのだ。


「CAI、状況は?」


『右脚部及びメインブースター被弾……スラスターカバー領域二〇%ダウン、旋回速度三八%ダウン、推進力五〇%ダウン』


「くそっ。まだやれるよな」


 コクピットシートから乗り出し、下部モニターを覗き込む。

 チラつくモニター越しに脚部の損傷状況を確認すると、機体の右脚部は膝から下が無くなっていた。


『演算完了。敵GWクラス複数機を確認。現状の機体による継戦能力及びパイロットの生存確率〇%。これより戦闘宙域の離脱行動に移行』


「は? 何を言っているんだ。まだやれるだろうが!」


『安全確保の為、パイロットを鎮静化します』


 突然良く分からない音が聞こえ、また意識が遠のいて行った……。

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