第2話 「スペースワーカー」

「親方、投げますよ」


『おう、良いぞ』


 操縦かんをそっと押し出すと、作業用ロボットの機体SW(スペースワーカー)の三本指のマニピュレーターが屑鉄くずてつの塊の様な宇宙ゴミデブリを宙空へと押し出す。

 デブリは押し出された時と同じ速度で、親方のSWの方へと流れて行き、待ち受けるマニピュレーターに受け止められた。

 親方の機体は俺のよりも筐体が大きい。胴部分の大半をコクピットが占めるのは同じだけれど、高さは大人約三人分くらいあって、俺のはせいぜい二人半といったところだ。横幅もマニピュレーターや脚部回りも同じくらいの差がある。


『お前もSWの操作が大分上手くなったな』


「へへっ。これだけ毎日デブリ集めをしていれば多少はね。うわっ」


 コクピットに衝撃音と振動が伝わり、視界がいきなり揺れる。

 SWの後方から何かがぶつかったのだ。多分、漂って来たデブリだろう。


『ほらほら、注意してねーと死んじまうぞ。作業用SWにはデブリセンサーなんぞ付いて無いんだからな』


「はいはい。ちょっと油断してたんです」


『けっ、損傷箇所はねーか』


「ちょっと待って。CAI、筐体チェック」


 俺が乗るSWの超旧型のCAIが、筐体に異常が無いかチェックしている。

 ただでさえ能力が低いCAIが演算リソースの大半をチェックに回すから、機体の操作性が更に悪化する。

 この間に新たなデブリでも飛んで来たら、それが原因で死んでしまいそうだ。

 取り敢えず、ぶつかって来たデブリの方へと機体を向けると、結構大きめの鉄板だった。


「親方。これの接近、そっちから見えてたでしょう。酷いなぁ」


『けっ、常に周囲に気を張り巡らせろって言ってるだろうが。気配を感じるんだよ気配を』


「何だそれ」


『解析結果。重大ナ損傷無シ。表面擦過傷ノミ』


 抑揚が変な声で答えが返って来た。

 最近のCAIは、超高速演算で滑らかな会話が出来る物も有るそうだが、こんな片田舎のジャンクパーツ回収屋に、そんな高価なCAIがあるはずもない。これでも必要な役割は果たしてくれるから十分だ。

 チェックが終わり、演算リソースの回復と共に機体の操作性が元に戻った。

 回転を続ける機体を姿勢制御用のスラスター(推進システム)を使い安定させると、機体にぶつかりそのまま宙空へと漂って行く鉄板を正面に捉えてフットペダルを軽く踏み込む。

 メインスラスターの小さな噴射音と共に、機体がゆっくりと鉄板を追いかけ移動し始めた。


 マニピュレーターが届きそうな位置まで接近し、ブレーキペダルを踏み込む。

 機体正面側にスラスターの噴射が見えて、鉄板との相対速度がゼロになった。

 本当にSWの操作が上手くなると、この辺の操作がCAI任せではなく、パイロットの技術で賄える様になるそうだが、俺はまだまだだ。


 マニピュレーターで大きな鉄板を捉えて回収する。多分、古い船体の一部だ。

 引き裂かれた様な痕があるから、昔何処かで戦闘が行われた時に、内部爆発か何かで飛び散った物だろう。

 俺が面倒を見て貰っているジャンクパーツ回収屋は、こんな風に何世代も前に発生して、膨大な時間を掛けて宙空を漂っているデブリも回収する。

 良い金額で売れるデブリもあるから、これも大切な収入源なのだ。

 この手のデブリが漂っている時は、一緒に他のデブリが近くを漂っている事が多いから、これからこの宙域を隈なく探索する。


「親方。ちょっとこの辺を探索してくるよ」


『おお、十分注意しろよ。安物の通信機しか付いて無いんだ、迷子になったら帰れねーぞ』


「了解」


 摑まえた鉄板を親方の方にそっと押し出し、スラスターの微噴射で機体をデブリが流れて来た方へと向ける。


「CAI、宙域探索」


 正面のモニターがレーダー画像に切り替わる。大した性能ではないが、大きなサイズのデブリや小惑星をレーダー波で捉えて、モニターへと映し出してくれるのだ。

 フットペダルを軽く踏み込み、SWをゆっくりとしたスピードで対象物へと近づけて行く。




 どのくらいの時間が経っただろうか、機体にくくり付けてあるデブリ回収用のメッシュ袋の中には、そこそこの量のデブリが入っている。でも、期待した程のデブリは回収出来ていない。

 有用なデブリなのか只の星屑なのか、俺の判断力や観察力がまだまだなのだ。


「修行あるのみ。おっ!」


 レーダー画面を食い入る様に見つめていると、大きめの小惑星に一瞬だけ人工的な形が見えた気がした。

 モニターを通常画面に戻し、小惑星を拡大しながら確認する。

 すると、小惑星の凹みに何か人工物が挟まっているのを発見した。すかさず、その場所へと機体を移動させる。


「うん? これは」


 発見した人工物は外観が溶けていて原形を殆ど保って居なかった。けれども、何となく大型SWの形をしていたのだ。

 マニピュレーターを使い表面を探ってみたけれど、溶け固まった状態で簡単に剥がせる部分は見つからなかった。


「親方。聞こえますか」


『……お……ノイズが……何とか聞こえ……』


 ノイズが酷いが、何とか会話が出来そうだ。


「表面がドロドロに溶けたSWの残骸を発見したけど、これ回収できますか?」


『……それは……軍用……廃棄機体だ……蒸着……無理だ……』


 途切れ途切れだったけれど、聞こえてきた単語で何となく意味が分かった。

 軍用のSWなどは、戦闘不能に陥りパイロットが脱出する際に、焼却処理を行い機体を溶かし、敵に鹵獲ろかくされるのを防ぐと聞いた事がある。

 そう言えば軍用はSWじゃなくて、GW(ギャラクシーウォーカー)だと言っていた。この機体はもしかして軍用機のGWの残骸だろうか。

 確かに小惑星に一体化してしまう程に溶けていて、固い小惑星の表面を削らなければ回収できそうにない。

 只の鉄くずを、そんな労力を掛けてまで回収すると大赤字だ。

 ところが、諦めて離れようとした途端、マニピュレーターの爪が何かに引っかかり機体の表面が一箇所だけめくれたのだ。

 捲れた箇所を覗き込むと、やや大きめのコクピットだった。

 もちろん内部も燃え溶けているけれど、軍用機のコクピットなど入った事すらないので興味が湧いてしまう。

 迷わず体が動いてしまった……。


 SWのコクピットを開放すると、一瞬で室内の空気が引き出される。

 命綱をセットし小型のスラスターを身に付け、軍用機のコクピットへと目掛けて噴射。ゆっくりと移動し、修正噴射無しで内部へと滑り込んだ。

 誰も見ては居ないが、完ぺきな接触が出来て思わずニヤニヤしてしまう。


 コクピットシートであったであろう場所に腰掛けて内部を見渡す。やっぱり作業用機体のSWに比べるとかなり広い。

 焼却処理で溶けてしまっているので、本当の広さや雰囲気は分からないけれど、軍用機のコクピットに座っているというだけでワクワクしてしまう。

 内部をあれこれ触ってみたけれど、これと言って収穫は無かった。全部ドロドロに溶け固まっていたのだ。

 それでも、一箇所だけ外れそうな箇所があったので引き剥がしてみた。

 手に取ると何かのボックスで、内部配線が形を留めていた。

 そして、スロットの箇所に見慣れたものが挿し込まれたまま残っているのを発見したのだ。

 ──CAIカードだ! 

 驚きで手が震える。軍用の機体制御カードなど、そう簡単に手に入らない。

 数世代前のカードが、民間払下げで供給される事はあるけれど、高価でとても手が出ないのだ。

 このCAIカードがいつの時代の物かは分からないけれど、俺の持っているオンボロCAIカードよりかは高性能のはずだ。


『こりゃ、かなり古い機体だな』


 急に親方の通信が聞こえたと思ったら、ヘルメットをコツコツと叩かれた。慌てて振り向くと親方がいた。

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