《揺り籠刀》を持つ者たち

橘紫綺

序章

 カーン。キィン。

 カーン。キィン。


 日ノ本の中ほどにある『不二の国』。

 その北に横たわる山の裾野に存在する小さな村に、木霊するのは規則正しい相槌の音。

 村の隅々に響き渡る、聞く者の心を洗う音。

 村人たちはその音と共に生きていた。

 青く晴れ渡った空の下、野良作業に勤しむのは女たち。

 右を見ても左を見ても、見渡す限り働いているのは頭に手ぬぐいを巻いた女たち。

 女たちは互いに声を掛け合い話しながら、時に笑い声をあげて土にまみれる。

 老いも若きもなかった。

 男と言えば、十にも満たない童ばかりが女たちの中に交じり、女童たちと共に草むしりを手伝い、時に遊ぶ。

 そんな中。

「ほら、椿。手が止まっていますよ」

 椿は呆れたような優しい声に注意をされた。

「そんなに工房が気になるのですか?」

 問われて椿は、村で一番大きな茅葺屋根の屋敷を見たまま、草を握り締めつつ母親の問い掛けにコクリと頷いた。

 村で一番大きな屋敷。椿の住まう屋敷。そして、規則正しい神聖な相槌の発生源が、椿の視線の先にあった。

「ねぇ、かか様」

 椿は呼びかける。視線は一切屋敷から――いや、正確には屋敷の横に作られた刀鍛冶の工房から離さぬままに、

「椿はもう十になりましたが、やっぱり工房には入ることは出来ぬのですか?」

 眉の上で切り揃えられた前髪に、肩口で切り揃えられた艶のある黒髪の幼女が悲しげに眉を下げて問い掛ける。

 その視線の先では、十代と思しき男子(おのこ)たちが、大人の男たちに交じって出入りしている光景が。

 刀を打つのに必要な材料を運搬していることは明らかで。

「十になっても入れませんよ」

 困ったものだとばかりに、これまで何度となく繰り返された答えを母親が返せば、それを受け、

「女は鍛冶場に近づいてはいけないのですよね」

 溜め息交じりに、何度となく繰り返された理由を口にして項垂れる。

「何がそれほどあなたを惹きつけるのでしょうね」

 母親は頬に手を当ててしみじみと呟いた。

「これまで一度として工房の中へ連れて行った覚えもないというのに」

「でも、とと様たちが作った刀は見ています。あの美しい炎のような刃紋は時を忘れて見ていることが出来ます。ともすれば何か話しかけて来てくれているようにも思えるのです」

 椿は草を両手で握り締め、うっとりと夢に浮かされている恍惚とした表情で答えた。

 頭の中には、これまで見た数々の刀剣たちの魅力的な姿が蘇り、椿の意識は遠くへ飛んで。

「一度でいいから見てみたいです」

「絶対にダメですよ」

 間髪入れずに母親の忠告が飛ぶ。

「鍛冶場は神聖な場所なのです。そこへたとえ幼子だとしても女子(おなご)が近づいてはなりません」

「火の神が怒ってしまわれるんですよね」

「そうですよ。そうなってしまえば大切な刀を作ることが出来なくなってしまうのです。あなたはそれでもいいのですか?」

「嫌です」

 即答だった。

「それだけは嫌です。ですが、見てみたいのです。だって、初めはただの鉄の塊のようなものなのに、それがどうしてあれほどまでに美しいものになるのか」

「作り方は、とと様たちが教えてくださっていたでしょ?」

「それでも、実際見てみないと分からないものもあるのです!」

 胸元に両手で作った握り拳を持って来て、ここで初めて椿は母親に向き直って主張した。

「見てみたいのです。隠されると隠されるほど、見たくなるものなのです」

「確かにそういうものですが……」

「でも、椿は見には行きません。お仕事の邪魔はいたしません」

 再び工房へと目を移し、断固とした決意を口にする。が、

「でも、見てみたいのです」

 言った傍から叶わぬ夢を口にする。

「力無き者たちが、妖なる異形なモノを成敗できる力を有した、特別な刀剣を作るその過程を。

 一体どの過程でそのような特別な力が宿るのか、椿は気になって仕方がありません」

 まるで恋でもしているかのように熱い視線を注ぐ娘を見る度に、母親は得も言われぬ不安を抱かずにはいられなかった。


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