第四十話『空の決戦! 前編』


 突如として出現した魔物の群れは、まっすぐにあたしたちのほうへと向かってきていた。


「これだけ大きな群れを作るのは、飛竜種しかいないと思うけど……このままだと、山岳都市に行っちゃうね」


 万能地図を覗き込みながら、カリンが言う。


「そうなると、ここで迎え撃つしかなさそうね。フィーリ、やるわよ!」


 言うが早いか、あたしは絨毯を方向転換させる。


 それから飛竜の靴を履き、見えない盾を周囲に展開。迎撃準備を整えていく。


「ほ、本気ですか? すごい数みたいですけど」


 絨毯に近づいてきたフィーリが、万能地図を覗き込みながら顔を引きつらせる。


「本気よー。このままじゃ街が危ないもの」


「わ、わかりました。やったりましょう!」


 見えない盾を彼女にも展開してあげながら、そう伝える。


 フィーリは真剣な顔で頷くと、懐から魔法使いの杖と、束になったカード――大量の属性媒体を取り出した。


「魔物はあたしたちで足止めするから、ニーシャとミズリは山岳都市まで逃げてて!」


『りょーかいだよ!』


 トークリングに向かって叫ぶと、ニーシャの元気な声が返ってきた。直後、気球が速度を上げる。風を操れる、彼女ならではの芸当だった。


「あんまり時間ないけど……遠距離攻撃に使える道具がほしいわね。二人とも、ちょっと端に寄って」


 あたしはレシピ本を手にしたまま、容量無限バッグから究極の錬金釜を取り出して絨毯の上に置く。


「い、今から作るのかい?」


「もちろんよー。素材は揃ってるっぽいし……木材と糸素材、それに妖精石を錬金釜に入れて、ぐるぐるーっと」


 顔を引きつらせるルメイエをよそに、あたしは錬金釜をかき混ぜる。やがて釜の中から、立派な投石機が飛び出してきた。レシピ本によると、正式名称は『全自動発射台』というらしい。


「うわ、メイ先輩、これどうするの!?」


「どうするって、使うに決まってるでしょー。いわゆる投石機よ」


 驚きの声を上げるカリンにそう言って、あたしは発射台を絨毯の中央に設置する。


 中世の時代に存在した投石機をそのままコンパクトにしたようなこの道具は、妖精石の力で遠くの目標に向けて石や爆弾を自動で投げ放つもので、魔物の群れに近づかぬとも攻撃が可能なのだ。


「下部のアームに爆弾をセットして……と。これで準備万端ね。ばっちこい!」


 万能地図と照らし合わせながら、発射台の向きを合わせる。これで多少なりとも、フィーリを援護できるはずだ。


「見えてきましたよー! うひー、すごい数です!」


 やがてフィーリが叫ぶ。見ると、魔物の群れはその姿を目視できるまでの距離に近づいてきていた。


 カリンの予想通り、飛竜の群れのようだけど……その見た目や大きさ、色にいたるまで、全てバラバラだった。


「あれは砂漠にいるサーブルドラゴン、向こうは鉱石でできたエメラルドワイバーン……向こうのは……うそ、ミラージュドラゴンの上位種までいる……!?」


 過去に図鑑で見たことがあるのか、カリンはその個体名を次々と口にしていく。


「こ、こんなの、ありえないよぉ……」


 あらかた確認し終えると、彼女は大きく息を吐く。その顔が青ざめていた。


「なんか、ヤバいの?」


「……この前、山裾の村の近くでモンスターパレードが起こったじゃない? 魔物が大量発生したやつ」


 恐る恐る尋ねると、そんな言葉が返ってきた。


「あの飛竜たちも、多分それと同じ。理由はわからないけど、大量発生したみたい。飛竜種なのは間違いないんだけど、本来は生息地もバラバラで、一緒に行動するはずがないの」


「そうは言っても、現に一緒にいるじゃない。なんにしても、このまま見過ごすわけにはいかないわよ」


 直後、フィーリに目配せする。彼女が小さく首肯したのを確かめて、あたしも攻撃のタイミングをうかがう。


「フィーリちゃん、あの中には魔法が通用しないやつもいるから気をつけて!」


「え、そうなんですか?」


「うん! あと、一部の属性しか効かないやつもいるから!」


 そんなあたしたちに向けて、カリンが叫ぶように言う。


「そう言われても……あれだけの数、個別に攻撃するなんて無理よね……?」


「無理ですね!」


 属性媒体の枚数と相談したのか、フィーリはきっぱりと言い放った。


「それなら、まずは最大火力で数を減らしましょ! カリン、あの飛竜たちの中で、一番多い弱点属性は!?」


「んー、炎に弱いやつが多い!」


「了解! フィーリ、先制攻撃よろしく!」


「はい! まとめて消し飛ばします! エクスプロージョン・ノヴァ!」


 紅いオーラをまとったフィーリが杖を一振りした直後、一瞬の閃光が走り、飛竜の群れの中心に巨大な火の玉が出現した。


 それは次第に膨張しつつ魔物たちを飲み込み、やがて弾け飛ぶ。


 周囲に放射された熱波は遠く離れたあたしたちの元にも届き、真夏の日差しのようなヒリヒリとした感覚が襲ってくる。


「うっわわ……すっご……」


「まるで小さな太陽だね……これほどとは」


 初めてフィーリの最上級魔法を見たらしいカリンとルメイエは、完全に固まっていた。


「フィーリ、ますます腕を上げたわね……」


 率直な感想が口から漏れるも、その超強力な広域魔法をかいくぐった十数体の飛竜が、なおもこちらに向かってくる。


「あれはミラージュドラゴン・ロゼだよ! 山裾の村のモンスターパレードにいたやつの上位種! あの鏡みたいなウロコで、魔法を完全に弾いちゃうの!」


 怪しげな光沢を放つ竜を指差しながら、カリンが叫ぶ。


 思ったより、生き残りの数が多いわね。


 しかも魔法が効かないとなると、爆弾で一体ずつ撃ち落としていくしかないのかしら。


 あたしは素早く全自動発射台に歩み寄り、群れの先頭を飛ぶ飛竜にその照準を合わせる。


「これでも、食らいなさーい!」


 そして対ドラゴン用の爆弾――ビリドラボムを射出する。


 風を切って一直線に向かったそれは、見事に飛竜を捉えるも……撃墜するまでには至らない。


 鏡のようなウロコに多少のひび割れは見えるものの、まだまだ健在だった。


「うそぉ……ビリドラボムで倒せないの?」


「ううん、あれだけウロコにダメージを与えれば、魔法無効化能力は消えてるはず!」


 すかさず次の爆弾を全自動発射台にセットしようとした時、カリンがそう教えてくれた。


「そういうことなら……フィーリ、お願い!」


「わかりました! ライトニングスピア!」


 続いて黄色い属性媒体を手にしたフィーリは、雷の槍を数本まとめて発射する。


 それらは複雑な軌道を描きながら飛竜へと迫り、その体を貫く。


 すると飛竜は断末魔を上げ、くるくると回転しながら地上へと落ちていった。


「なるほどね。あのウロコは魔法を弾くけど、物理的な攻撃には弱いというわけだ」


「そういうことー。鏡みたいな見た目してる分、割れやすいのかもねー」


 全自動発射台にしがみつきながら、ルメイエは納得顔をしていた。


「そーいうことなら、この調子でやっちゃいましょ! ビリドラボム、射出!」

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