第三十九話『準備は着々と』
その翌日から、あたしたちはそれぞれ行動を起こしていく。
商人ギルドとのパイプ役を務めるカリンは村に滞在する商人たちと接触し、錬金術に必要な素材について勉強会を開いていた。
フィーリもそれに同行し、大量の素材写真を作っては彼らに配っていた。
その一方で、ニーシャはミズリを連れて気球の練習に励んでいる。
あたしとルメイエは絨毯に乗って、そんな彼女たちを見守っていた。
「ゆっくり空気を抜く感じで……こうして、こう!」
厚い雲を突き破って降りてきた気球が、地上スレスレで減速し、静かに着陸した。
さすが風の魔法使いニーシャ。雨の中の離着陸も、すっかり慣れたようだった。
「本当に上手になったわねー。二人とも、おつかれさまー」
雨をしのげる建物の下へ入ってから、あたしは二人に飲み物を手渡してあげる。
「ありがとうございます。でも、ほとんどニーシャさんがやってくれているので、私は何もしていません。なんだか申し訳ないような」
「気にしないでいいよー。むしろ、ミズリさんの仕事は別にあるんだから! そっち、よろしくね!」
「はい、もちろんです!」
ニコニコ顔でニーシャが言い、それにつられるようにミズリも笑顔になる。
すっかり仲良くなっているようだし、この調子だと、実際に商品を運ぶ日も近そうだ。
「順調そうで何よりだけど、ニーシャは本当に構わないのかい?」
その時、ルメイエが二人の間に割って入る。
「え、何が?」
「気球を使った商品の運搬は、今回だけというわけじゃない。場合によっては何年もの間、定期的に気球を飛ばさないといけなくなるんだ。気球の操縦を担うということは、ニーシャはこの周辺を離れることができなくなる。それでもいいのかい?」
「うん。山岳都市の皆にはお世話になってるし、十年や二十年くらいなら全然構わないよ?」
飲み物を口にしながら、ニーシャはさも当然のように言う。
その直後、そういえばキミ、エルフ族だったね……なんてルメイエの呟きが聞こえた気がした。
やっぱり、時間の感覚があたしたちとは違うようだ。これは気にするだけ野暮かもしれない。
「あー、あたしも一つ、気になることがあるんだけど」
そんなルメイエに続いて、あたしも質問してみる。
「ニーシャって戦えるの? 空の上を移動するわけだけど、魔物が出ないとも限らないしさ」
以前、ルマちゃんの背に乗って移動中、あたしたちは飛竜の群れに襲われたことがある。
場合によっては、護身用の道具とか渡してあげたほうがいいかもしれない。
「魔物対策かぁ……一応、防御障壁みたいなのは使えるけど、あたし、自己流だからねぇ」
ニーシャはそう言うと、あたしたちから離れた場所に移動して杖を掲げる。
緑色のオーラが彼女の身を包んだ直後、その周囲を強烈な風が覆う。
それは無数の風の刃で、近づいただけで切り刻まれてしまいそうだった。
「これは……ニーシャ、そのまま立っているんだ」
ルメイエはそう言うと、自分の鞄から小さな爆弾を取り出し、彼女に向けて投げつける。
「え、ちょっとルメイエ!?」
思わず叫んだ時、爆弾は風の障壁に当たって起爆した。
その爆風は彼女の周囲の風の壁に負け、霧散していった。
「……見事な障壁だね。これなら、よほどの魔物に襲われない限り大丈夫なんじゃないかな」
その様子を見ながら、ルメイエは感心顔で言う。
「それでも、本当に危なくなったら気球を捨てて、ほうきにミズリを乗せて逃げるのよ?」
「わ、わかってるよ。非常脱出用のほうきは、常に気球に乗せるようにしとく」
あたしが真剣な声色で言うと、ニーシャは気圧されながらも頷いたのだった。
◇
それから数日後、実際に商品を積んで気球を飛ばしてみることになった。
「うん。いつもよりは重いけど、全然いけるね!」
「ニーシャさん、よろしくお願いします!」
「うん! それじゃ、しゅっぱーつ!」
意気揚々と雨の多い村を発った二人を、ほうきに乗ったフィーリと絨毯に乗ったあたしたちがそれぞれ並走する。
ニーシャは気球の操作に完全に慣れていて、あたしが渡した火炎放射器をほとんど使うことなく、風魔法の力だけで操縦していた。
少し離れて見ている限り、ビニール袋が風にあおられてどこまでも飛んでいくような、そんなイメージだった。
「この前の、わたしの苦労はいったい……」
風の力だけで自由自在に空を飛ぶ気球を遠巻きに眺めながら、フィーリが呟いていた。
「そう言わないのー。これからはフィーリも風魔法で気球を飛ばせばいいじゃない」
「無理ですよー。わたしにはニーシャみたいに細かい調整はできません。魔法はぶっ放すだけです」
くるくるとほうきを回転させながら、フィーリは頬を膨らませる。そんな彼女を、あたしはどこか微笑ましく見ていたのだった。
天気は快晴。視界は良好。
気球による初めての物資輸送は、順調に進んでいた。
「あの山を右手に見ながら、まっすぐですね。このままの進路で大丈夫ですよ」
ニーシャは地図が読めないので、代わりにミズリが万能地図を見ながら山岳都市への最短ルートを指示していた。
この調子だと、あと一時間もしないうちに目的地へ到着しそうだ。
……そんなことを考えていた矢先、風に紛れて何か妙な音が聞こえた。
「ねぇ皆、何か聞こえない?」
「何かって?」
同じ絨毯に乗るルメイエとカリンに問うも、二人は揃って首を傾げた。
「うまく説明できないけど、なんかこう、ザワザワと」
「……わ、わわ。なんですかあれ」
その違和感を必死に言葉にしようとした時、あたしたちの後ろを飛んでいたフィーリが慌てふためく。
続いて彼女が指し示した方角に、あたしも視線を送る。
一面の青空の中に無数の黒い点がうごめくのが、かろうじて見て取れた。
「……あれって、まさか」
あたしはものすごく嫌な予感がして、即座に万能地図を開く。
索敵モードにして周囲を見てみると、あたしたちの後方に凄まじい数の魔物が群れをなしていた。
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