第三十八話『素材移送問題、解決の糸口』


 商人ギルドへ向かったカリンを見送ったあと、あたしたちはミズリの案内で温泉施設へと足を踏み入れる。


 相変わらず多くのお客さんが行き交うロビーを抜けて、カウンター奥にあるソファーに腰を落ち着けた。


 その場の流れでルメイエとニーシャをミズリに紹介し、あたしたちがこの村に来た目的も話して聞かせる。


「はー、山岳都市でそんなことが……錬金術を教えて回るとか、メイさんらしいですね」


 ミズリは口元に手を当てながら、うんうんとうなずく。そんな彼女の動きに合わせ、三つ編みに結われた黒髪が小さく揺れる。


「ところで、山岳都市から来たということは……お姉ちゃんに会いましたか?」


「そういえば、お姉ちゃんがいるって言ってたわよね。もしかしてアクエって名前?」


「そうです。やっぱり会えてたんですね! 元気そうでしたか?」


「元気にお店やってるわよー。商売っ気があるって意味じゃ、さすが姉妹って感じね」


「え、お姉さん、店長さんの妹さんなの!?」


 それまでどこか居心地悪そうに話を聞いていたニーシャが、唐突に会話に入ってきた。


「あたし今、あのお店で働いてるの!」


「そうなんですか? お姉ちゃん、頑張っているみたいですね」


「そりゃあもう! 毎日ハーブティーの研究に余念がなくて、最近は錬金術の勉強も……」


 それをきっかけに、ニーシャはせきを切ったように話し始めた。


 彼女は元々人懐っこい性格だし、すぐに打ち解けるだろう。




 皆で会話に花を咲かせていると、カリンが戻ってくる。


「これ、お土産! 懐かしくて、つい買ってきちゃった!」


 彼女もコミュ力が高いし、お土産を差し出した流れで自己紹介をすると、すぐにその輪に加わった。


「ところでカリン、商人ギルドでの交渉はうまくいったのかい?」


 手渡されたフルーツ牛乳の蓋を取りながら、ルメイエが尋ねる。


「んー、いい知らせと悪い知らせがあるよ。どっちから聞きたい?」


「そうねぇ……じゃあ、いい知らせからお願い」


 あたしは少し考えて、そう口にする。


「オッケー。いい知らせは……錬金術に必要な素材、この村の商人ギルドが責任持って手配してくれることになったよ!」


「そうなんですね! よかったです!」


 その言葉を聞いて、フィーリは安心顔でフルーツ牛乳に口をつける。


「そうだよ! フィーリちゃん、また素材の写真用意しないとだね!」


「ぶふっ、げほげほ……!」


 そうカリンから笑顔で言われ、フィーリは盛大にむせていた。


 その背中をさすってあげながら、あたしは同情の視線を送る。


 この子は山裾の村でも大量の素材写真を用意することになっていたけど、今回も同じ状況になりそうだった。


「それで、悪い知らせってのはなんだい?」


 続いてルメイエが尋ねると、カリンは珍しく表情を曇らせた。


「そっちはね……山の上まで荷物を運んでくれる商人さんがいないんだよ。凄腕の魔法使いが操縦する気球があるって説明したんだけど、どうも伝わらなくて」


 カリンは大きく息を吐いて、天井を見上げた。


「ねぇねぇ、その役目、あたしじゃ駄目かなぁ? どうせ気球を操縦するんだしさ」


 そのタイミングで、ニーシャが挙手しながら訊いてくる。


「うーん……それだと、山岳都市の中で商売ができないんだよ。商人ギルド所属の商人だって、証明書がいるんだ」


 カリンは頭をかきながらそう口にする。


 言われてみれば、彼女も山岳都市についてすぐ、門番さんに証明書を見せていた気がする。


「じゃあ、先にお金を預かっておいて、気球を使って買い出しに行くというのはどうですか」


 次にフィーリがそんな案を出してくれたけど、物価は常に変動するものだし、資金が足りなければ二度手間になってしまうだろう。


「そうだ。いっそ、あたしが今から証明書を取得するってのはどう?」


「あー、すぐには無理だと思うよー。あれ、独立証明書って意味合いもあるから。商人ギルドに所属して、先輩商人のもとで最低半年は修行しないともらえないの」


「たった半年かぁ……それくらいならいいけどなぁ」


 エルフ族ならではの時間感覚なのか、ニーシャはあっけらかんと言うも、あたしたちにとっては長すぎる。


 その旨を伝えると、その場にいた全員が押し黙ってしまった。なんとも言えない重たい空気があたしたちを包み込む。


「あのー、私、その商人の役に立候補してもいいですか?」


 その時、それまで黙って話を聞いていたミズリが神妙な顔でそう言った。


「え、ミズリが?」


「はい。私、こう見えて商人ギルドに所属しているので。所属証明書も持っています」


 彼女はそう言いながら席を立ち、店の奥から一枚の書類を手に戻ってくる。


「うわぁ、本物だぁ」


 書面を覗き込んだカリンが驚嘆の声を上げた。


「えへへ、メイさん温泉を経営するにあたり、持っていたほうが色々と便利なので、頑張って取得したんです」


 笑顔を見せながらミズリは言う。


 確かに、店内でお土産とか売ってたけど。この子、一見大人しそうなのにアクティブよねー。


「でもミズリ……本当に頼んじゃっていいの?」


「はい。山岳都市に行くって言っても、毎日ってわけじゃないんですよね? それに、定期的にお姉ちゃんに会いに行く口実ができて、私としても嬉しいです」


 ミズリは笑みを崩さずにそう言ってくれ、あたしは安堵感に胸をなでおろす。


「ミズリさん、ありがとう!」


「じゃあ、明日からさっそく練習だね!」


 安堵したのは他の皆も同じようで、カリンとニーシャはそれぞれ言って、握手を求めた。


 ……山岳都市への素材移送問題は、これで一歩前進したようだった。

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