第三十七話『気球、雨の多い村に降り立つ』


 山岳都市を飛び立った気球は問題なく飛行を続けていた。


「正直、気球よりほうきのほうが速いのにって思うこともあったけど、これはこれで気持ちいいよねー」


「そうですよね! ほうき至上主義もいいですが、まったりした移動もスローライフっぽくていいです!」


 眼下には雲が広がっているものの、気球周囲の天候は安定している。フィーリたちも、そんな会話をする余裕があるようだった。


「二人ともー、そろそろ降下準備を始めないと! 村が近いわよー!」


 万能地図で現在位置を確認していたあたしは、トークリングで二人に呼びかける。


「わかってますよー! というフィーリの声とともに、気球はゆっくりと高度を下げていく。


「うっひゃーー! すごい雨!」


 気球に合わせて移動し、雲の中に入ると……強い雨が降っていた。


 ……そうだった。あたしたちが向かっているのは雨の多い村。その名の通り、一年中雨が降っている場所だ。


「油断してたわねー。ほい、ぷしーっと!」


 あたしは容量無限バッグから超・防水スプレーを取り出し、自身とルメイエ、そしてカリンにふりかける。


「え、なにこれ。雨粒、全部弾いてるんだけど!? 服も髪も濡れない!」


 その撥水効果を目の当たりにしたカリンは驚き、どこか楽しげに雨水を受けていた。


「すごいでしょー。酸素を供給する道具と合わせれば、海の中にだって潜れるんだから」


 あたしは鼻高々に言ったあと、絨毯を気球へと接近させる。


「ほい、二人にも! ぷしーっと!」


 そしてフィーリとニーシャにも防水スプレーを吹きかけてあげる。フィーリが安堵の表情を見せた一方で、ニーシャはカリン同様に驚いていた。


 その後、雨に打たれて冷えた気球は急激に落下速度を上げていくも、ニーシャがうまく風をコントロールして無事に着陸させた。


 そんな気球に続いて、あたしたちも地上へと降り立つ。


 そこは村の中央広場で、雨具に身を包んだ人々が遠巻きに気球を見ていた。


「……あれ、メイさんに、フィーリちゃん?」


 明らかに驚きと不安が入り混じった表情の彼らになんて説明するべきか……なんて悩んでいると、聞き覚えのある声がする。見ると、そこにはミズリが立っていた。


 彼女はかつて、この村で『慈雨の聖女』と呼ばれていた少女で、あたしの知り合いだ。


 最近は商才を開花させて、あたしの作った道具を使って『メイさん温泉』なる入浴施設を経営しているのだ。


「ミズリじゃない。ひさしぶりねー」


「お久しぶりです!」


 これは幸いと、フィーリと揃って挨拶をする。


 ミズリは会釈を返してくれたあと、雨に濡れて横たわる気球へ視線を向ける。


「あの風船のおばけ、なんなんですか?」


「あたしが作ったの。あれに乗って、山岳都市から飛んできたのよ」


「ということは、あれも錬金術の道具!?」


 彼女が叫ぶと、村人たちにざわめきが広がっていく。


 ミズリの経営している入浴施設が、あたしの作った『簡易ボイラー』によって成り立っていることは村民たちにも知れ渡っているし、彼らも錬金術に対して悪い印象は持っていないようだった。


「ミズリさん、こんな天気ですし、外で長話をするものどうかと。建物の中に入ってもらいましょう」


 その時、集団の中の誰かがそんな提案をしてくれる。


「そうですね。せっかくですし、温泉入っていきますか? メイさんたちなら、特別料金でご案内しますよ?」


 満面の笑みを浮かべながら、ミズリはそう口にする。むやみに無料と言わないところが、さすが商売上手だ。


「え、この村、温泉あるの!?」


『温泉』という単語を聞いて、カリンが目を輝かせる。


 実際はただのお湯なのだけど、この世界ではお風呂そのものが貴重だし。彼女の反応も納得だった。


「入浴する前に、ボクたちにはやることがあるだろう。ミズリとやら、この村に商人ギルドはあるかい?」


「え? は、はい。ありますよ。村の入口の建物です。看板が出ているので、すぐにわかるかと」


 見た目に反して大人っぽい口調のルメイエに驚嘆しつつ、ミズリはそう教えてくれる。


 その言葉を聞いて、ルメイエはカリンに目配せする。


「りょ、りょうかーい! 商人ギルドとの交渉は私にお任せ! それじゃ、行ってきます!」


 温泉、後で一緒に入ろうねー! なんて付け加えながら、カリンは駆け出していった。


 実を言うと、完璧に水を弾く超・防水スプレーを使ったあたしたちは、しばらくお風呂には入れない。


 けれど、入浴を楽しみにしている彼女に、それを伝える勇気はあたしにはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る