第三十六話『山岳都市への移送手段』
「錬金術師様、何か妙案でもあるのですか?」
「そうねー。あると言えばあるわ。話がまとまったらまた来るわね」
皆が一様に首をかしげる中、あたしはそう言って市長室をあとにした。
「メイさん、何をするつもりですか? 新しい乗り物でも作るんです?」
外に出たあたしに追いついてきたフィーリが、不思議そうに尋ねてくる。
「そんな感じねー。でも、まずは運転手に話を通さなきゃ」
そう言葉を返すと、彼女は再び小首をかしげた。
それからあたしが向かったのは、アクエのお店だった。
「あら、もう話し合いは終わったんですか?」
「一応ねー。ところで、ニーシャいる?」
「今は休憩時間なので、二階のお部屋にいると思いますけど」
「それならちょうどいいわねー。ちょっと上がらせてもらうわ」
そう言うが早いか、あたしは階段を上がっていく。背後からフィーリたちがついてくる気配がした。
「ニーシャ、入るわよー?」
ノックをしてから、ニーシャの部屋へ足を踏み入れる。彼女はお店の制服のまま、部屋のベッドに腰を下ろしていた。
「皆揃ってどうしたのー? あたしに用事?」
「そうなのよー。ちょっとニーシャに頼みたいことがあって」
その正面に移動し、胸の前で手を合わせながら言うと、彼女は戸惑いの表情を見せる。
「い、いったいなんでしょうか」
「実はね……気球のパイロットになってほしいんだけど」
「え? 気球?」
そう話を切り出すも、ニーシャはますます困惑した様子だった。
「……ちょっとメイ、ボクたちにも最初からきちんと説明しておくれよ。それに、ニーシャは気球が何たるかも理解していない様子だよ」
その時、背後からルメイエの呆れたような声が飛んできた。
「あー……えっと、まず、気球ってのはね……」
その言葉で少し冷静になったあたしは、ニーシャに気球の仕組みや用途を話して聞かせる。
それと併せて、あたしが考えていた移送手段についても皆に説明しておく。
「……なるほどー。その空飛ぶ風船で、麓の村から山岳都市まで商人さんを運びたいと」
「そうなの。山道を登らなくて済むのなら、物資の運搬も楽になるんじゃないかと思って」
「意図はわかったけど……なんであたしに声がかかったの?」
「気球って自分の力じゃ移動できなくて、風に乗って動くの。風魔法のエキスパートであるニーシャなら、自由に気球を操れるんじゃないかなって」
「やってみないとわからないけど……あたし、風魔法しか使えないよ? さっきの話だと、気球を浮かび上がらせるには中の空気を温める必要があるんだよね?」
「そこはあたしが道具を用意するから、一回試してみてくれない? ニーシャにしか頼めないの。お願い!」
あたしは再び胸の前で手を合わせる。ニーシャはこめかみに手を当て、考える仕草をする。
「うーん……まぁ、不安がないわけじゃないけど、空飛ぶ風船とか面白そうだし、やってみてから考えるよ」
ややあって、彼女は表情を崩しながらそう言ってくれた。
あたしは心の底から安堵し、彼女にお礼を言ったのだった。
◯ ◯ ◯
その翌日、さっそく気球を使って麓の村までテスト飛行をしてみることにした。
山の比較的開けた場所に気球を横たえ、離陸準備を進めていく。
「いいですか。ここから空気を入れて、風船を膨らませるんです」
操縦経験のあるフィーリが、先輩風を吹かせながらニーシャを指導していた。
その様子を微笑ましく見たあと、あたしは火炎放射器を取り出してニーシャに手渡す。
「……メイさん、このドラゴンの生首みたいなのは何?」
「これ、火炎放射器なの。この引き金を引くと口から炎が出るから、それで気球内部の空気を温めるといいわ」
「ほうほう、ここを引くと……」
「わわわわ、あちあちあち!」
次の瞬間、竜の口を模した部分から勢いよく炎が吹き出し、前方にいたフィーリのローブを焦がした。
「ウ、ウォーターシュート! 何してるんですか、まったくもー!」
ばっしゃあ、と自ら放った水魔法を被って火を消したあと、フィーリは憤慨する。
「ご、ごめんごめん。力加減がわからなくて。次は弱火にするから」
「次なんてないですよー!」
ずぶ濡れのまま、フィーリは両手を頭上高く掲げて飛び跳ねる。
いっそ、濡れた服を乾かしてもらえばいいのに……なんてことは、口が裂けても言えなかった。
それから離陸準備が整い、フィーリとニーシャを乗せた気球はゆっくりと上昇していく。
「えーっと、ここから麓の村っていうと、東のほうかな?」
「そうですね。万能地図によると、あの山に向かって進めば見えてくるはずです」
「了解! 全速前進―!」
ゴンドラの中で、二人がそんな会話をする。直後に強い西風が吹きはじめ、気球が移動を始めた。
「すごいねー。本当に魔法で風を起こしてる。ルマちゃんいらずだ」
ゆっくりと移動していく気球を見守りながら、カリンが驚きの声を上げる。
彼女に加えて、あたしとルメイエはその気球に並走する絨毯の上にいた。
不慮の事態に備えて待機しているのだけど、今のところ、空の旅は順調そのもの。
気球に乗っている二人も、いざという時のために脱出用のほうきは持っているし、正直そこまで心配する必要もなさそうだった。
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