第三十五話『新しいほうきと、新たな課題』
「……できました! メイさん、これで完成ですか!?」
虹色の渦から飛び出してきた新しいほうきを手に、フィーリは期待に満ちた表情を向けてくる。
「うんうん、紛れもない『魔女のほうき・改』ね。きちんと調合成功したみたい」
レシピ本に載っているものと見比べるも、遜色ない出来だった。あたしが太鼓判を押すと、フィーリはその場で飛び跳ね、喜びを爆発させた。
「ちなみに、そのほうきはリモート操作に対応しているらしいわよ」
「りもーと……?」
レシピ本に書かれていた説明を伝えてあげるも、フィーリは小首をかしげていた。
「もし遠くに飛ばされても、呼んだら戻ってくるってこと! もうなくすことはないわよ!」
「それは安心ですね! さっそく乗ってみていいですか!?」
「もちろんよー。試運転しちゃいなさい」
「はい!」
キラキラと瞳を輝かせ、待ちきれない様子でほうきにまたがる。
……その直後に突風が吹き荒れ、フィーリの姿が消えた。
「わわわわわーー!?」
続いて声がしたほうを見ると、彼女は一瞬ではるか上空へと移動していた。
これまでのほうきと操作性が違うのか、くるくると回転しながらなおも上昇している。
「ちょっとフィーリ、大丈夫―!?」
「な、なんだかすごく軽いんですー!」
『軽い』という感覚があたしにはわからないけど、性能が向上しているのは確かのようだ。
あとは、それをフィーリがうまく使いこなせればいいのだけど。
「フィーリちゃん、もっと落ち着いてー!」
その時、ほうきに乗ったニーシャがフィーリのすぐ近くを浮遊しながら、叫んでいた。
「そ、そう言われても……わわわ」
「ほうきの柄を強く握りすぎ! 首を絞められてるのと同じだから、多分苦しいんだよ!」
「こ、こうですか?」
「それだと逆に力抜きすぎ! 魔力供給途絶えちゃう!」
魔法使い同士にしかわからない会話をしながら、ニーシャはフィーリにほうきの扱い方を指南していく。
地上からその様子を見守っていると、やがて操作に慣れてきたのか、フィーリのほうきは安定して飛び始める。
すると、その場の誰からともなく拍手が巻き起こった。
「いやあ、魔法使い様のほうきを作っちまうなんて、錬金術はすげぇな」
その拍手に紛れ、そんな声が聞こえてくる。
どうやらほうきの調合に加え、錬金術のアピールにも成功したようだった。
……その後、すぐに錬金術学校の入学希望者が現れはじめ、気づけば三名の入学が決まった。
あたしたちは速やかに開校準備を進め、人数分の錬金釜や教科書を用意していく。
「……なんだか楽しそうですね。私も参加させてもらっていいですか」
そんなあたしたちを見ていたアクエが唐突にそう切り出したのは、開校が翌日に迫った日の夜だった。
教室として彼女の家を間借りさせてもらっているので、準備の様子がおのずと目についたのだろう。
「いいけど……アクエ、錬金術に興味あるの?」
「はい。この本に書かれている内容を読んだら、この街のためになりそうな気がしたので」
そう言うアクエの手には、授業で使用予定の教科書があった。
「錬金術を勉強すれば、パンやポーション、それにトリア鳥の羽根を使った寝具まで作れるようになるんですよね?」
「ま、まぁねー」
期待に満ちた目で見てくるアクエに、あたしは曖昧な返事をする。現状では彼女に錬金術の素質があるかもわからないので、そう答えるしかなかった。
ちなみに今回の教科書はいわゆる山岳都市仕様で、山裾の村で使ったものとは違う。
気候や立地など、それぞれの街が置かれた状況からルメイエが判断し、教える道具を選んだのだ。
「でも、アクエはお店があるでしょ? お店と学業の両立はさすがに大変なんじゃない?」
「そんなことないですよ。私、勉強好きですし」
思わずそう問いかけると、彼女は満面の笑みを返してくれた。こうなると、無下に断るわけにもいかなかった。
◯ ◯ ◯
その翌日から、第二回錬金術教室が始まった。
参加を希望した四人のうち、錬金術の素質があったのは三人で、アクエもその中に含まれていた。
といっても、アクエは仕事の関係で日中の授業には参加できず、もっぱら終業後の個別授業が中心だった。
あたしとルメイエ、二人がかりで教えるということもあり、彼女はメキメキとその実力を伸ばしていった。
……そんなこんなで授業も軌道に乗ってくると、やはり素材の問題が持ち上がる。
ある程度想定はしていたものの、実際に素材を使ってみないとその消費量の実態はわからない。
というわけで、あたしたちは素材問題解決のため、山岳都市の市長のもとを訪れていた。
「これはこれは錬金術師様。本日はどのようなご要件で?」
市長は先日と打って変わって、ニコニコ顔で出迎えてくれる。どうやら市長室から一連の出来事を見ていたらしい。
「錬金術学校で使う素材を補充する必要があるんだけど、この街の物資補給手段について、詳しく教えてくれない?」
「そうですね……以前も少しお話しましたが、商人がやってくるのは半月に一度か、それ以下の頻度です」
「なるほどねー。補給場所って決まってるの?」
「ええ、物資の補給先は山の麓にある、雨の多い村と呼ばれる場所ですな。あの村は最近、急激に発展をしているそうで。商人ギルドも新設されたのですよ。観光資源に乏しいこの街からすれば、羨ましい話です」
「あー、そーいえば、パパがそんなこと言ってたような……」
市長の説明を聞いて、カリンが思い出したようにうなずく。
言われてみれば、あの村はあたしの作った道具のおかげで一大観光地になったんだっけ。
それなら、あそこが補給基地のような役割をしているのも納得だった。
「まぁ、いくら補給場所が発展したところで、この街に来るには険しい山道を登る必要がありますから。生活物資が滞ることもしばしばなのです。そんな事情もありまして、この度のカリン様の来訪には、心より感謝しておりますよ」
そう言って、市長は深々と頭を下げる。
そんな彼の様子を見ながら、あたしは考えを巡らせていた。
街道が整備された山裾の村でさえ、最寄りの鉱山都市から荷馬車で数日かかるのだ。
一方で山が相手となると荷馬車も使えず、大量輸送は不可能だ。
地道に登っていくしかないのだけど、登山に慣れていない商人だと、どれだけかかるかわからない。
「いっそ、わたしたちみたいに空でも飛べたらいいですのにね」
その時、まるであたしの心を読んだかのようにフィーリが言う。
「はは、魔法使い様のようにはいきませんよ」
苦笑いを浮かべながらそんな言葉を返す市長を見た時、あたしはひらめいた。
「……待って、もしかしたら、いけるかもしれないわよ」
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