第三十四話『壊れたほうき』


 先の騒動から数日後、あたしとルメイエは二人の魔法使いを助けたということで、すっかり街の有名人となってしまった。


 おのずと錬金術教室に興味を持ってくれる人も現れはじめ、結果オーライ……と、思いきや。


 一つだけ、問題が発生していた。


「……はぁ」


 アクエのお店の二階で、フィーリは窓の外を見ながらため息をついている。


 あの子は落下した際、愛用のほうきをどこかに落としてしまった。


 あたしたちも絨毯で街の周りをくまなく捜索したのだけど、ほうきを発見することはできなかった。


 それ以来、フィーリはずっと落ち込んでいるのだ。


「フィーリちゃん、元気ないねぇ。トリア鳥の卵を使った蒸しケーキもらったんだけど……」


「あとで渡しとくわね。ありがとー」


 部屋にやってきたカリンは心配顔でフィーリを見る。


 あのほうきは、フィーリにとってずっと一緒にいた相棒のようなものだ。


 それをなくしたショックは相当なものらしく、ただ単に新しいほうきを調合してあげればいい……というものでもなさそうだった。


 なんとかして元気づけてあげたいと思いつつも、あたしは何もできずにいた。


「フィーリちゃん、元気ないですね……」


 階段を登ってきたアクエが、先程のカリンとまったく同じセリフを口にする。


 その両手には、いくつもの宝石や、山裾の村の名産である織物があった。


「……あれ? どうしてアクエさんがそれ持ってるの?」


 あたしの中に浮かんだ疑問を、そのままカリンが口にしていた。


「えっと、この街の正門を守っている門番さんがいるでしょう? その方から頂いたんです。気持ちは嬉しいのですが、正直私には不釣り合いで……扱いに困っているんです」


 手の中にある品物を見ながら、アクエは困り顔で言う。


 その様子を見て、カリンはうんうんとうなずき、あたしに耳打ちをした。


「あれ、全部私のお店で売ってた品だよ。あの門番さん、アクエさんに気があるんじゃないかな」


 ……つまり、彼はプレゼント作戦でアクエの気を引こうとしていると。その後の反応を見た限り、裏目に出てるっぽいけどさ。


「フィーリちゃん! 見つけたよ!」


 そのプレゼントを棚にしまい込んでいるアクエをなんとも言えない気持ちで見ていると、窓の外からニーシャの声がした。


 視線を向けると、フィーリの眼前にニーシャの姿があった。


 ニーシャも先日、フィーリと同じようにほうきを落としてしまったのだけど、彼女のほうきは自分で戻ってきていた。本人曰く、いざという時のためにそういう魔法をかけておいたのだそう。


「え、見つかったって……まさか、わたしのほうきですか?」


「そう! ちょっと折れちゃってるけど……」


 フィーリは一瞬瞳を輝かせるも、ニーシャが見せてきたほうきを見るなり、落胆の表情を浮かべた。


「岩肌にぶつかっちゃったみたい……さすがに、これは使えないよね……」


「はい……」


 ニーシャにまったく非はないのだけど、彼女は本当に申し訳なさそうな顔をした。


 そんな二人を見ていられず、あたしは声をかける。


「二人してそんな顔しないのー。せっかく見つかったんだし、修理すればいいじゃない」


「え、メイさんこれ、直せるんですか?」


「当たり前でしょー。しかもただ直すんじゃなく、強化してあげる。ニーシャに負けないくらい、速く飛べるようにしてあげるわよ!」


「本当ですか!?」


 あたしの言葉を聞いて、フィーリの瞳に光が戻る。


 あたしは大きくうなずきながら、ニーシャから壊れたほうきを受け取る。


 この壊れたほうきも、一度素材分解して再調合すれば直すことができるし、強化版ほうきのレシピはすでに伝説のレシピ本で調べてある。すぐに調合作業に取りかかれるだろう。


「メイ、ちょっと待ちなよ。ボクに考えがある」


 そのまま究極の錬金釜を取り出したところで、それまで静観していたルメイエがあたしのスカートの端を引っ張った。


「へっ、どうしたの?」


「せっかくだし、その新しいほうきの調合はフィーリ本人にさせたらどうだい? それもここではなく、街の中央広場でだ」


「あー、そーいうことねー」


 一瞬驚いたものの、続くルメイエの言葉からその意図を察し、あたしは首を縦に振る。


「フィーリ、新しいほうき、ここは自分で作ってみましょ。そのほうが愛着も湧くだろうしさ」


 そしてフィーリに向き直ってそう伝え、彼女を連れて表へと向かったのだった。



 街の中央広場へと場所を移したあたしたちは、まずは手頃な場所に錬金釜を設置する。


 調合するのはフィーリなので、使用するのはもちろん『メイの錬金釜』だ。


「まさか、魔法使い様も錬金術をされるので?」


「どんな魔法なんだろう……わくわく」


 錬金釜の隣に立つフィーリに、広場を行き交う人々は足を止め、興味津々といった様子。以前とはえらい違いだった。


「ほ、本当にここで、わたしが調合するんですか?」


「そうよー。魔法使いとしては立派でも、錬金術師としたはまだまだ半人前なんだから。頑張って」


 少し緊張した面持ちのフィーリをそう鼓舞してから、あたしは伝説のレシピ本に書かれたレシピを彼女に伝えていく。


 これから作るのは『魔女のほうき・改』という道具で、以前使っていたほうきに風属性の属性媒体や妖精石、風車草を加えて飛行性能を強化したものだ。


 必要素材も少ないので、メイの錬金釜を使えばそこまで時間をかけずに調合することができると思う。


「必要な素材はこれで全部ねー。あとは……はいこれ、直しといたわよ」


 フィーリに素材を提供すると同時に、壊れたほうきを素材分解、再調合したものを彼女に手渡す。


「もし調合に失敗したら、このほうきもなくなっちゃうんだから。慎重にね」


「は、はい。わかってます」


 あたしがそうつけ加えると、フィーリは真剣な表情でうなずき、受け取ったほうきを錬金釜へと入れた。


「属性媒体、妖精石、風車草……」


 それからは、教えた素材を一つ一つ確認するように錬金釜へと入れていく。


 次に大きく深呼吸をしたあと、その小さな体全体を使って錬金釜をかき混ぜ始める。


「完成形を想像して……釜の底から素材を大きく動かすように……」


 無意識なのかもしれないけど、そんな言葉が漏れ聞こえてくる。やがて錬金釜の中身は虹色の液体へと変わり、素材たちがその形を失っていく。


 あたしたちだけでなく、周囲に集まった人々も固唾を呑んでフィーリの調合を見守っていた。


 ……ややあって、その錬金釜から淡い光に包まれたほうきが飛び出してきた。

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