第三十三話『山岳都市の空を舞う 後編』


 ニーシャたちとの遊びに夢中になっていると、なにやら地上が騒がしいことに気がついた。


「皆様、とくとご覧あれ! ほうきを操る可憐な魔法少女たち……じゃない、魔法使いたちと、絨毯に乗った錬金術師の空中戦でございます! 勝つのはどちらか!」


 耳を澄ましてみると、カリンがよく通る声でそんな口上を述べていた。


「商人さん、錬金術師ってのはなんだい?」


「魔法使いと肩を並べるとも称される、すごい力を持った人たちだよ! このバトル、後世に語り継がれるかも!」


「ほう……そんなすごいものなのか。なら、俺は魔法使いの嬢ちゃんたちの勝利に500フォル賭けるぜ」


「じゃあ、オイラは錬金術師さんたちに700フォルだ!」


 ……なんだか賭け事まで始まっていた。


 まったく気にしていなかったけど、空を飛び交うあたしたちにいつしか注目が集まっていたようだ。


『メイ先輩、盛り上げといたから、あとは頑張ってねー! 錬金術師の名を上げるチャンス!』


 直後、トークリングからカリンの声がした。


「そういうことかい。カリン、やるね」


 状況を理解したルメイエが地上を見やる。カリンが満面の笑みでこちらに手を振っていた。


「そーいうことなら、ますます負けられないわねー。次の道具を使うわよ!」


 あたしはそう言うと、再び容量無限バッグを漁る。


「今度は重力ボムでも使うつもりかい? あれはさすがに反則だよ」


「いくらなんでも使わないわよー。あった、これこれ」


 呆れ顔で言うルメイエにそう言葉を返し、あたしは飛竜の靴を取り出す。


 絨毯に機動力が足りないというのなら、あたし自身で補うまでよ。


「その靴で、どうやってニーシャを捕まえるんですか?」


 あたしが準備を整えていると、フィーリが空を滑るようにやってくる。


「作戦は単純よ。まずはあたしたちとフィーリで、ニーシャを挟み撃ちにするの」


 どこか疲れが見えるフィーリに、あたしは身振り手振りで作戦を説明する。


「でも、やみくもに突っ込んだところで、ニーシャは間違いなく避けますよ?」


「そこで、避けられた直後にあたしがあの子に向かって飛びかかるわ。この行動は予想してないはずよ」


「飛竜の靴があるから、絨毯を離れても安全ということですね。それなら確かに虚を突けるかもしれませんが」


「捕まえられるとは限らないって言うんでしょー? そのために、フィーリがいるの。あたしに注意が向いている隙に、背後からニーシャを捕まえて」


「わ、わかりました。やってやりましょう!」


 フィーリは自らを奮い立たせるように言って、遠くに見えるニーシャに向き直る。


 それを確認して、あたしは絨毯を最大速度で飛ばした。


「何か作戦でも考えたのー? 時間的に、そろそろラストチャンスかなー?」


 風を切る音に混じって、ニーシャのそんな声が聞こえた。


 正直、この作戦は一度しか使えないだろう。そういう意味ではラストチャンスかもしれない。


 このあとの動きを脳内で反すうしながら、ニーシャとの距離をぐんぐん詰めていく。


 やがて、もう少しで手が届く……というところで、彼女は直角に進行方向を変えた。


 相変わらず機動力が半端ないけど……今回は違うわよ!


「うりゃあっ!」


 次の瞬間、あたしは飛竜の靴の力でニーシャに向かって大跳躍する。


 それまで余裕顔だった彼女の目が見開かれるも……あと一歩届かない。


 どうやら間一髪、回避行動を取ったようだ。


「……危なかったぁ」


 そんなニーシャの声が聞こえた直後、彼女の背後から猛烈な勢いで近づくフィーリの姿が見えた。ここまでは作戦通りだ。


「後ろががら空きですよー!」


 フィーリはそう叫びながら突っ込んでくる。ニーシャはあたしの動きに気を取られ、一瞬反応が遅れた。


「……あう!?」


 ……その刹那、ごちん、と鈍い音がした。


 見ると、勢いよく飛び込みすぎたのか、フィーリとニーシャがお互いの頭をぶつけあっていた。


「はうぅ……」


 そして二人して似たような声を出しながら、ほうきを手放して頭から地上へと落下していく。


 ……まさか、どっちも気絶してしまったのかしら。


「やばい! ルメイエ、ニーシャ任せた!」


「キ、キミはどうするんだい!?」


「フィーリを助けるに決まってるでしょ! とりゃ!」


 絨毯の底を蹴って勢いをつけ、あたしはフィーリのもとへ急ぐ。


「ああもう、ボクだって絨毯の操作は慣れていないのに!」


 頭上からそんな声が聞こえたものの、絨毯はものすごいスピードでニーシャのもとへと飛んでいった。


 あたしが降りて軽くなった分、先ほどとは比べ物にならない速度が出ている。あれなら余裕で間に合うだろう。


 わずかに安心しながら、あたしは目の前を落下していくフィーリに集中する。


 その距離はだんだん縮まっているけど、彼女を助けたあと、この勢いを殺して無事に着地できるかしら。いくら飛竜の靴を履いているとはいえ、微妙なところだった。


 そんな不安に襲われた時、地上からのざわめきが聞こえてくる。


 見ると、他の人々と同様に空を見上げたカリンが青い顔をしていた。


 ……ええい、悪い方に考えるな! 不可能を可能にする錬金術師、それがあたし!


 そんな彼らを見たあと、あたしは自らをそう奮い立たせ、落下速度をさらに上げる。


「……フィーリ!」


 やがてフィーリに追いつき、抱き上げる。見たところ外傷はない。本当に気を失っているだけようだ。


「飛竜の靴、滑空モード! 止まれ止まれ止まれーー!」


 それを確認して、あたしは飛竜の靴の両側についた翼を羽ばたかせ、必死に減速する。


「駄目――! ぶつかるーー!」


 落下速度は明らかに遅くなってきているものの、完全に止まるまでは至らない。


 次第に地面が近づいてきて、あたしは思わず目を閉じる。


「皆、受け止めるよ! せーの!」


 その瞬間、そんな声がして、柔らかい何かに包まれた。


 ……やがて目を開けると、あたしは巨大な布の真ん中にいた。


 呆気にとられながら周囲を見渡すと、布の端を掴んで安堵の表情を浮かべるカリンと、街の人たちの姿があった。


「いやー、さすがの私も肝が冷えたよー。うまくいって良かったー」


 そう口にするカリンは笑顔だったけど、その目にはわずかに涙が滲んでいる気がした。


「……やれやれ、一時はどうなることかと思ったよ」


 その時、絨毯にニーシャを乗せたルメイエも地上に帰還してくる。彼女も無事のようで、あたしは胸をなでおろしたのだった。

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