第三十二話『山岳都市の空を舞う 前編』


 あたしとルメイエは絨毯に乗り、フィーリとニーシャのもとへと向かう。


「あれ、メイさんたち、どうしたんですか?」


「せっかくだし、あたしたちも混ぜてもらうかと思ってー。構わない?」


「いいですよ!」


「あたしもいいけど……その絨毯、メイさんたちの乗り物なの?」


「そーよー。空飛ぶ絨毯。錬金術で作ったの」


「へー、錬金術ってこんなものも作れるんだ……すっごい」


 あたしたちの周囲をくるくると回りながら、ニーシャは感心しきりだった。


 時折覗き込むようにして体の向きを変えるも、彼女のほうきは安定している。ほうきさばきに自信があるというのは本当のようだ。


「でもその大きな絨毯で、あたしの動きについて来れるかなぁ?」


 続いてそう言うと、ニーシャはあたしたちから一気に距離を取る。


「え、ちょっと速くない?」


「そうなんですよー。追いかけっこして遊んでたんですが、ニーシャ、すごいんです。全然追いつけません」


「いやー、それほどでもー」


 フィーリに褒められて嬉しいのか、彼女は笑顔を浮かべ、ほうきを軸に体を高速回転させる。次につま先だけでほうきの柄に立ってみせるなど、軽やかな身のこなしを披露していた。


「そうだ。もしあたしを捕まえられたら、店長さんとこの最高級ハーブティー、ごちそうしてあげるよ!」


 そう言うが早いか、彼女はあたしたちから遠ざかっていく。風魔法が得意というだけあって、風を味方にしているかのような滑らかな動きだ。


「メイさん、ニーシャを捕まえるの、協力してくれませんか?」


「え、協力?」


「はい! わたしたちの連携を見せてやりましょう!」


「そーねー。あたしが来たからには、大船に乗ったつもりでいなさい!」


「ボクはオススメしないよ。彼女の動きを見た限り、速度では絨毯に分があるけど、機動力で明らかに劣っている。巨大なドラゴンで小さなネズミを追いかけるようなものだよ」


 あたしが胸を叩く一方、背後のルメイエは淡々とそう口にしていた。


「えーっと……そこはフィーリの機動力でカバーよ!」


「いや、フィーリの場合、そもそも速度が……」


「つべこべ言わなーい! とりあえず、やってみましょ!」


 ルメイエの言葉を遮って、あたしは絨毯を発進させる。直後、フィーリもそれに続いた。


「よーし、まずは真っ向勝負!」


 絨毯の速度を上げていくと、小さかったニーシャの背がぐんぐん大きくなってくる。


 ルメイエの言う通り、スピードではほうきより絨毯が勝っている。このまま一気に近づいて捕まえちゃうわよ!


「……よっと!」


 あと少しでその肩に手が届くというタイミングで、ニーシャはほうきを捨てて大ジャンプ。


「え、嘘?」


 絨毯は勢いそのままにニーシャの下を通り過ぎてしまい、あたしは方向転換をしつつ、彼女の動きを目で追う。


「いやー、さすが速いねー。でも、急に止まれないみたいで助かったよー」


 空中でほうきを呼び寄せたニーシャは、したり顔でその柄にまたがった。


 魔法の力なのかわからないけど、あの子もほうきを遠距離操作できるみたいだ。


「まだですよー! えーい!」


 そこに遅れてやってきたフィーリが突っ込むも、ニーシャは柄を片手で握ってほうきにぶら下がり、フィーリの突進を回避した。


「……彼女、すごいね。ここが空の上だということを忘れそうだ」


 いつしかあたしの隣に並んでいたルメイエが引きつった顔で言う。


「た、確かにすごいけど……道具を使えば、なんとかなるはずよ!」


 あたしはそう言うと容量無限バッグに手を伸ばす。フィーリに大口をたたいた以上、あとには引けない。


「よし、これにしましょ!」


「え、消えた!?」


 少し考えて、あたしはミラージュヴェールを使用する。


 これはいわゆる光学迷彩によって、一定時間姿が見えなくなる道具だ。


「こらー! 貴重な道具を無駄遣いするんじゃないよ!」


 ルメイエが何か叫んでいたけど、背に腹は代えられない。悪いけど、これで一気に勝負をつけさせてもらおう。


「……危なっ!」


 そう思いながらニーシャとの距離を詰めていくも、寸でのところでかわされてしまった。


「え、ちょっとニーシャ、あたしたちの姿見えてる?」


「ううん、見えないよ。ただ、気配というか、風の動きでわかるの!」


「風の動きとな」


 あたしは思わずそう口にする。


 彼女が風属性の魔法使いであることはわかっていたものの、そこまで極めているとは思わなかった。


 いうならば、空は彼女の領域と言っても過言ではないかもしれない。



 ……その後も姿を消した状態でニーシャを追いかけ回すも、ことごとく避けられ続けた。


 あたしたちの姿が見えないこともあって、味方のフィーリとぶつかりそうになるし、むしろデメリットのほうが多かった気がする。


「うう……ミラージュヴェールの効果が切れちゃった……」


 そうこうしていると、ミラージュヴェールの効果時間も終了してしまう。


「まったく、骨折り損じゃないか」


「ご、ごめんなさい……」


 不満顔のルメイエに平謝りしていると、何やら地上が騒がしいことに気がついた。

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