第三十話『エルフ族の魔法使い・ニーシャ』
その日の夜。閉店作業を手伝ったあと、アクエはあたしたちをお店の二階にある住居スペースへと案内してくれた。
カウンター裏の細い階段を登った先にあったのは、大きな窓のついた広めのリビングと、それに繋がる四つの部屋だった。
「あの部屋はニーシャちゃんが使っているので、残りの三つの部屋を使ってください。ベッドが三つしかないので、ルメイエちゃんとフィーリちゃんには同じベッドで寝てもらうか……どうしても狭いようでしたら、リビングのソファーを使ってください。シーツやブランケットはこの棚に……」
そんな説明をしてくれながら、アクエは室内を練り歩く。
見たところ料理をする場所がなさそうだけど、リビングが広いので錬金釜は置けそう。調理の心配はしなくてよさそうだ。
「……だいたいこんなところでしょうか。もし何かわからないことがあったら、私の家に来てくださいね」
やがて説明を終えて、アクエは帰っていった。
どうやら彼女はここではなく、以前と同じ家に住んでいるのだろう。
それから錬金術で作った夕食を皆で食べ、リビングでニーシャを交えて会話を楽しむ。
「へー、メイさんとフィーリちゃん、エルフ族の村に行ったことがあるんだー!」
「正確には迷い込んだようなもんだけどねー。楽しかったわよー」
「あの村にはボクも行ったことがあるよ。特にエルフ豆を使った料理がおいしくて、滞在中は毎日食べていた」
ソファーに寝っ転がるルメイエがそう言って目を細める。
もしかして、ルメイエが和食好きなのはあの村にルーツがあるのかしら。
「ねぇねぇ、ところでフィーリちゃんはどんな魔法が使えるの? あたし、風属性」
あたしがそんなことを考えていると、ニーシャが興味津々に質問する。
彼女はすっかりリラックスモードで、いつしかサイドポニーを解いてパジャマに着替えていた。
「えっとですね。今のところは地・水・火・風・氷・雷です。光と闇の魔法は勉強中です」
「すごっ……」
同じくパジャマ姿のフィーリが指折りながら答えると、ニーシャは絶句する。
「ふふん。わたしの師匠はすごい人でしたから!」
フィーリはそう言って、誇らしげに胸を張る。
ニーシャの性格もあるのか、フィーリはすごい早さで彼女と打ち解けていた。
ところで今更だけど、フィーリに魔法を教えたのはどんな人なのかしら。
元
「いいなぁ……あたし、自己流だったからさー。でも、ほうきの操縦なら誰にも負けないよ!」
ニーシャがそう言った直後、彼女の自室の扉が開き、一本のほうきが飛び出してきた。
それは室内を細かく飛び回ったかと思うと、ニーシャの手に収まる。
周囲にわずかに風が発生しているところからして、どうやら風の魔法でほうきを操っていたみたいだ。
「いいですよー、今度、勝負しましょう!」
それを見たフィーリも負けじと容量拡大バッグから自前のほうきを取り出し、ニーシャへ宣戦布告をしていた。
そんな二人の魔法使いの様子を、あたしたちは微笑ましい気持ちで見ていたのだった。
◯ ◯ ◯
その翌日。あたしはカリンと二人で山岳都市を治める市長のもとを訪れていた。
「ふむ。錬金術の学校……ですか」
そこで実際に錬金術を披露し、錬金術学校の開校を申し出るも……彼は渋い顔だった。
「申し訳ありませんが、そのようないかがわしい術を学ぶ許可は出せませんなぁ」
い、いかがわしいって何よー……なんて言葉が喉元まで出かかるも、あたしはぐっと堪える。
「そ、そこをなんとか。先ほど見せたように、素材さえあれば誰でも薬や食料を作ることができるんです」
「そうは言われましてもなぁ……そもそも、素材とやらを用意する必要があるのでしょう? この街はただでさえ立ち寄ってくれる商人が少ないのです。商人一人が持てる荷物量には限界がありますし、素材を運搬するために食料や日用品を減らされてはたまりません」
整えられたアゴ髭を触りながら、市長はまくしたてるように言う。これは取り付く島もなさそうだ。
「あのー、市長さん、ちょっといい?」
あたしがうなだれていると、それまで黙って話を聞いていたカリンが挙手する。
「おお、商人殿、なんでしょうか。商いの場所でしたら、中央広場をお使いください。場所代についても優遇させていただきますよ」
それを見て、市長は態度を急変させた。
ちなみに、都市で商売をしたいというカリンの要望はすんなりと通っていた。なんだかんだで商人は強い。
「その件なんだけどさ……メイ先輩の意見が通らないんなら、私も考え直そっかなー」
「な、なんですと!?」
「だって、メイ先輩は仲間だよ? 仲間がぞんざいに扱われてるの、見るの嫌だしさー」
カリンはそう言うと、あからさまな不満顔を見せる。
そんな事態は想定していなかったのか、市長はとたんに青ざめ、視線を泳がせる。
「う、ううむ……わかりました。その学校についても許可を出します。なので、商いは予定通り行っていただきたいのですが」
「オッケー。交渉成立! メイ先輩、よかったね!」
市長が折れたのを確認して、カリンは胸の前で手を叩く。それから笑顔であたしを見た。
あたしはそんな彼女にお礼を言い、その交渉術に脱帽するしかなかった。
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