第二十八話『再訪! 山岳都市!』


 やがて山岳都市を目視したあたしたちは、そこから少し離れた場所に着陸する。


 理由は簡単で、山岳都市ではルマちゃんが恐れられているから。


「そーいえば、アンタに初めて襲われたのも、あの街だったわよね。懐かしいわ」


「本当よねー。何も知らなかったとはいえ、あの時はゴメンね」


「気にしないでいいわよ。あの出会いがあったからこそ、今の関係があるんだしさ」


 報酬のトリア鳥を食べるルマちゃんとそんな会話をするも、彼女は少し照れた様子だった。


「……ごちそうさま。帰りの便も用意してあげるから、山岳都市での用事が済んだらまた呼びなさい」


 その後、トリア鳥をきれいに平らげたルマちゃんは、そう言い残して飛び去っていく。


 彼女の姿が雲の向こうに消えていくのを見送ってから、あたしは残された気球を容量無限バッグへとしまい、山岳都市に向けて歩き出した。



 それから少し歩くと、山肌と同じ色になった巨大な城門が見えてくる。


 その上部には『山岳都市トリア』と書かれた看板が掲げられていた。


「おっきな門ですねぇ」


 長い年月を感じさせる門を見上げながら、フィーリは左右にふらふらと揺れる。


「……なんだ、お前たち」


 その姿を微笑ましく見ていると、重厚そうな扉の一部が開いて、一人の男性が顔を覗かせる。どうやら門番のようだ。


「えーっと、初めまして。旅の錬金術師メイです」


「レンキンジュツシ……?」


 あたしはそう名乗るも、彼はいぶかしげな視線を向けてくる。


 あー、なんかこの感じ、久しぶりねー。


「悪いが、怪しげな連中を街に入れることはできない。帰ってくれ」


 門番の彼は続けてそう言うと、顔を出していた小窓を閉めようとする。


「あー、ちょっと待って! 私、商人なんだけど! 日用品、ご入用じゃない?」


「……何?」


 その時、あたしの背後にいたカリンが背中の荷物を指差しながら叫び、それを聞いた門番の動きが止まった。


「商人が来るのはかなり先のはずだが……?」


「旅の商人なので。でも、ちゃんと商人ギルドには所属してるよー? これ、所属証明書」


 脈アリと悟ったのか、カリンはずいっと前に出て、なにやら書類を見せていた。


「確かに本物だな……あんた、何を扱っているんだ?」


「今日はねー、干し肉と乾パンが中心かな。あと、ここから遠く離れた村で作られた珍しい織物や、鉱山都市で採れた宝石も。おにーさん、彼女さんや奥さんにプレゼントしたら喜ばれるよ?」


「そ、そうか……ううむ。いいだろう。特別だぞ」


 そう言うが早いか、門番の彼は顔を引っ込める。ややあって、大きな城門が音を立てて開いていく。


「……さすが商人だね。口は達者というわけだ」


「ルメイエちゃん、人聞きの悪いこと言わないでよー。私は商品の紹介をしただけ」


 カリンはあっけらかんと言うも、彼女の喋りには天性のものがありそうだと、あたしは思ったのだった。



 久しぶりに足を踏み入れた山岳都市は、以前と変わらぬ町並みを有していた。


 赤褐色に統一された建物がぎっしりと立ち並び、広い道といえば門から街の中央広場へ続く大通りだけ。それ以外は細い路地や階段がまるで毛細血管のように家々を繋いでいた。


「すごいですねぇ……山の上に、こんな街があったなんて」


 大通りを行き交う人々を見つめながら、フィーリはその大きな金色の瞳を輝かせる。


 道行く彼らの目的は、広場に出ている市場のようだ。中には食べ物を売るお店もあるのか、香ばしい匂いが漂ってくる。


「いい匂いですねぇ。これ、なんでしょうか」


「たぶん、トリアチキンじゃない? この街の名物なの」


 隣で鼻をひくつかせるフィーリに苦笑しつつ、あたしは答える。


 この街は世界各地で飼育されているトリア鳥の原産地らしく、たっぷりのスパイスを揉み込んで焼かれたトリアチキンは絶品なのだ。


「せっかくですし、食べてみたいですねぇ」


「気持ちはわかるけど、あたしたちは観光に来たんじゃないのよー。まずはこの街の代表者さんに会って、錬金術学校の話をしなきゃ。カリンだって、営業許可を取る必要があるわよね?」


「ふぇ?」


 そこでカリンに話を振るも、彼女はトリア鳥の串焼きを頬張っていた。


「ちょっと、何やってんのよー!」


「いやー、安かったからつい。皆の分もあるから、一本ずつどうぞ」


 思わずツッコむも、カリンはひょうひょうとした態度のまま、持っていた串焼きを手渡してくれる。


「急いては事を仕損じるって言うしさ、そう焦らなくてもいいんじゃない?」


「そ、そうかしら……?」


「ボクもカリンの意見に賛成だね。やることはあるけど、急いでもいいことはないよ」


 スパイスの良い香りがする串焼きを手に首を傾げると、ルメイエが諭すように言った。


 ……言われてみれば、あたしは少し焦っていた気がする。


 錬金術を広めることも大事だけど、本来、あたしたちの旅はスローなものだ。気負いすぎても駄目だと思う。


 それに気づいた瞬間、肩の力が抜けた気がした。


「それもそうねー。せっかくだし、皆で楽しみましょうか」


「そうこなくちゃー。メイ先輩、向こうにハーブティーのお店があるんだけど」


「いいですね! メイさんのおごりで飲みましょう!」


「ちょっと、なんであたしがおごることになってるのよー。ここは年長者のルメイエでしょ」


「なっ……こんな時だけ年長者を強調しないでくれるかい。割り勘だよ」


 そんな会話をしながら、あたしたちは市場の中を進んでいく。


 最近ずっと頑張っていたし、少しくらい楽しんでもバチは当たらないかもしれない。

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