第二十七話『優雅に天空散歩?』


 熱気球に乗って大地を離れたあたしたちは、ルマちゃんに牽引されながら空の旅を楽しんでいた。


「はー、こういう優雅な移動もいいわねー。まさにスローライフって感じ」


「そうだね。このたゆたう感じ、眠くなるよ」


 大地は雲の下に隠れ、世界は青と白の二色に染まっている。


 上空からの日差しはポカポカと心地よく、ルメイエの気持ちも十分に理解できた。


『ほらほら、もう少し気球内部の空気を温めなさい! 高度下がってきてるわよ!』


「ひー、全然優雅じゃないですよー! すごく忙しいですー!」


 その一方、なりゆきで気球のパイロットに任命されたフィーリはルマちゃんの指示のもと、気球の高度調整に必死だった。


 一度上空に浮かび上がっても、気球は常に冷たい空気にさらされ続ける。


 そうなると気球内部の温度が下がり、それに比例して高度も下がっていく。


 なので、フィーリには定期的に気球に溜め込んだ空気を炎魔法で温めてもらう必要があった。


「私たちは代わってあげることはできないから……頑張れフィーリちゃん」


 そんなフィーリに手を合わせたあと、カリンは紅茶の入った水筒に口をつける。温かいのか、湯気が風に流れていく。


 それこそガスバーナーでも調合できたらいいのだけど、さすがにこのゴンドラ内に錬金釜を設置するスペースはない。山岳都市までの間は、フィーリに頑張ってもらうしかなかった。


「そういえばさ、メイ先輩たちは浮島の伝説って知ってる?」


 そんなことを考えていた矢先、水筒に蓋をしたカリンがそう聞いてくる。


「浮島?」


「そうそう。この世界のどこかに、空に浮かび続ける不思議な島があるんだって。小さな頃にパパから聞いた話なんだけど、この気球があれば探しに行けるかなーって」


「ははっ、よくあるおとぎ話だよ。ボクも長いこと旅をしていたけど、そんな島は見たことがない」


 ゴンドラの縁に背を預けたルメイエが、両手を広げながら苦笑する。


「はぁ。その浮島さん、偶然近くを通りかかったりしないでしょうか。疲れてきました……」


 フィーリはため息とともに再び杖を構える。それを見た時、あたしはあることを思い出した。


「……ねぇ、その浮島なんだけど、あたし行ったことあるかも」


「え」


 思わずそう口にすると、皆の視線が一斉に向けられた。


「メイ、それはどういうことだい? 詳しく説明しておくれよ」


「え、えーっとね。それこそ、山岳都市で浮島の噂を聞いたのが発端なんだけど……」


 心なしか語気を強めたルメイエに気圧されるように、あたしは浮島での出来事を詳しく話して聞かせた。


「……双子の子どもたちだけが暮らす島、ですか?」


「なにそれ、超ファンタジーなんだけど」


「しかも、錬金術の素材の宝庫だって……? 太陽の素も液体金属も、滅多に手に入らない貴重なものじゃないか」


 その驚き方は三者三様だったけど、彼女たちは羨望の眼差しであたしを見ていた。


「いいなぁ……メイ先輩、そのうち連れてってよ」


「そ、そうねー。いつか、そのうちねー」


 思うところがあったあたしは、なんとも微妙な返事をしてしまう。その直後、トークリングからルマちゃんの声が聞こえた。


『その浮島だけど、最近見ないのよねー』


「え、見ない?」


『そうなのよー。大抵は山岳都市周辺に浮かんでるんだけどさ』


 ルマちゃんの言葉を聞くと同時に、あたしは嫌な予感がした。


 実はあの浮島には、ルメイエたちにも話していない秘密がある。


 それは、あの島のエネルギー源は人間だということ。


 浮島で育った子どもたちは、大人になると必ず双子を産み、赤ん坊を他の子たちに預けて自分たちは『おとなのへや』と呼ばれる場所に入る。


 その部屋に入ったが最後、浮島の燃料にされてしまうのだ。


 そんな事実を知ったあたしは、『保険』をかけた上で浮島の燃料供給システムを破壊した。


 燃料を断たれたことで、浮島はゆくゆく地上へと落下する……それはわかっていたのだけど、無邪気な子どもたちの行く末を案じると、そうせずにはいられなかったのだ。


「……あの時設置した反重力コアがきちんと動いてくれていれば、どこかに軟着陸しているはずよ。大丈夫」


「え、メイさん、何か言いました?」


 罪悪感からか、つい漏れた心の声にフィーリが反応した。


「な、なんでもないわよー! 浮島の話もいいけど、今は山岳都市に行くのが先! ほら、また高度下がってるわよ!」


「わわわっ、本当です!」


 なんとかその場をやり過ごそうと話題を変えると、フィーリは慌てふためきながら杖を掲げる。なんとか誤魔化せたようだ。


『……まぁ、アンタたちが山岳都市に行ってる間、それとなく探しといてあげるわよ。何かわかったら、教えてあげる』


 その時、あたしの慌てようから何か悟ったのか、ルマちゃんが小声でそう言ってくれる。


 彼女の言葉に安心感を覚えていると、眼下に広がる雲の隙間から、大きな山脈が見えてきた。


 山岳都市は、もうすぐそこだった。

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