第二十四話『役目を終え、次の街へ』


 卒業式を終えた数日後、鉱山都市から商人のルーデンスさんがやってきて、村長さんを交えて引き継ぎ作業を行った。


 それが終わると、あたしたちがこの村に滞在する理由はなくなってしまう。


「ねぇ皆、そろそろ次の場所に行こうと思うんだけど」


 学校として使用していた広場を元通りにしながら、あたしはそう話を切り出す。


 ちなみに、授業で使ったメイの錬金釜は、卒業記念品として生徒たちにプレゼントされた。


 今後はその錬金釜を使って、子どもたちそれぞれが錬金術に励むことになる。


「ボクもそろそろ潮時だと思っていたよ。次はどこに行くんだい?」


 ルメイエが作業の手を止め、その銀色の瞳であたしを見てくる。


「そうねぇ……これまで色々な場所を旅してきたけど、生活が大変そうだなって思ったのは山岳都市かしら」


「山岳都市……山の上に街があるんですか?」


 少し考えてそう口にすると、容量拡大バッグに荷物を詰め込んでいたフィーリが首を傾げる。


 この子とも長く一緒に旅をしているけど、山岳都市は行ったことがなかった気がする。


「そうよー。場所が場所だし、食料の確保も大変そうだったわ」


「それなら、きっと錬金術が生活の助けになってくれるはずですよね」


 フィーリは真剣な表情で、うんうんと頷く。


 山岳都市はその名の通り険しい山の上にあるし、たどり着くのも苦労した覚えがある。


 山の麓には村もあるけど、そこから生活必需品を運ぶだけでも大変だと思う。


「私も山岳都市のことは知ってるけど……この村以上に大変そうだよね。商人的にも、場所が悪すぎる」


 そんなあたしたちの会話に、カリンが入ってくる。彼女の言い分はもっともだった。


「それでも、やるだけやってみたいのよね。あそこには知り合いもいるしさ」


「オッケー。メイ先輩が言うなら、私はついていくだけだよ」


「そうだね。キミが一度言い出したら聞かないのは、わかっているつもりさ」


「そうですね!」


 つい懇願するように言うと、皆は笑顔で賛同してくれる。そんな仲間たちに、あたしは心から感謝した。


「ところで、ここから山岳都市はかなり離れてるけど、どうやって行くの?」


 いつしか万能地図を手にしていたカリンが、難しい顔で尋ねてくる。


「そこはちゃんと考えてあるから大丈夫よー」


 含み笑いを浮かべるあたしに対し、カリンは眉をひそめた。


 そんな彼女を横目に、あたしはリンクストーンを握りしめたのだった。


 ◯ ◯ ◯


 その翌日、村の皆とのお別れを済ませたあたしたちは、村から少し離れた丘にいた。


「メイ先輩、今から山岳都市に行くんだよね? こんなところでじっとしてないで、移動したほうがいいんじゃない?」


 草原の上に立ち、ひたすら空を見上げるあたしを見ながらカリンは心配顔をする。


 ルメイエとフィーリはあたしの意図がわかっているのか、笑顔で状況を見守っていた。


「そうだカリン、今から何が起こるか当ててみて」


「うーん? 空見てるし、飛行機の予約でもしてるとか?」


「この世界には存在しないわよー。空を飛ぶって意味では間違ってないけど……あ、来た来た」


 そんな会話をしていた矢先、真っ青な空を切り裂くように、巨大な影が近づいてくる。


 太陽光を反射させるあの銀翼は、間違いなくルマちゃんだった。


「げ、あの特徴的な姿は怪鳥アルマゲオス!? 世界の幻獣図鑑で見たことある!」


 こっちよー、と合図を送るあたしの横で、カリンは慌てふためいていた。


 そういえばルマちゃん、正式にはそんな名前だったわね。さすがカリン、よく知ってるわ。


「トリア鳥が主食の、おとなしい鳥のはずなのに……まさか、襲ってくるつもり!? こうなったら、メイ先輩お手製のトリモチボムで……!」


「ちょ、ちょっと待った! カリン、ストーップ!」


 なんだか雲行きが怪しくなってきたので、あたしは反射的にカリンに飛びついた。


「え、おわぁーー!?」


 今まさに爆弾を投じようとしていた彼女はそのままバランスを崩し、草の上にひっくり返る。


「おまたせー! って、あんたたち、何してんの?」


 その直後、地面を揺らしながら着地したルマちゃんは、大の字になったあたしたちを見下ろしながら不思議そうな顔をした。


「ちょ、ちょっとねー。ほらカリン、落ち着いて。この鳥さんは、あたしの友達よ」


「へっ、友達……?」


「そうなの! ほら、人の言葉喋ってるでしょ! 意思疎通はバッチリなの!」


 地面に倒れたあとも、必死に爆弾を投じようと暴れるカリンにそう伝えると、彼女はようやく落ち着いてくれた。


「……メイ先輩のお知り合いとはつゆ知らず、大変失礼をいたしました」


 その後、冷静になったカリンはルマちゃんの前で土下座していた。


「怖がられることはよくあるし、アタシも気にしないわよ。こっちが申し訳なくなるから、もう頭上げなさい」


 ルマちゃんがため息まじりに言うと、カリンはようやく頭を上げて立ち上がった。


「ところでメイ、この子は誰? アンタのこと先輩って呼んでるけど、錬金術師の弟子でも取ったの?」


「えっと、実はねー」


 続いて鋭い視線を向けてきたルマちゃんに対し、あたしはこれまでの経緯を話して聞かせる。


「はー、そういうことなのねー。錬金術の移動教室とか、アンタも変わったことしてるわね」


 ルマちゃんはあたしたち全員の顔を見渡したあと、うんうんと頷いた。


「正直、まだまだ手探りだけどねー。それで山岳都市に行きたいんだけど、いつもみたいに連れて行ってくれない?」


「……悪いけど、それは無理ね」


「え……?」


 普段と同じ調子で頼んでみるも、ルマちゃんの口から出たのは、まさかの拒否の言葉だった。


 む、無理ってどういうこと?

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