第二十二話『再び山裾の村へ』


「いいかいカリン、時々は手紙をよこすんだぞぉ」


「わかってるってば。パパ、大袈裟すぎー」


 カリンが同行宣言をした翌日、あたしたちは商人ギルドの前で、頬を涙で濡らしたギルドマスターに見送られていた。


 初めて出会った時から思っていたけど、この人は本当に娘を大切に思っているようだ。


 ……当の本人はまったく気にする様子はなく、嬉々として空飛ぶ絨毯に乗っているけど。


「いやはや、商談となると冷徹なギルドマスター様も、娘さんのこととなると人の子ですなぁ」


 あたしたちから少し離れた場所でそう言うのは、商人のルーデンスさん。


 これまで山裾の村を担当していたカリンがあたしたちとともに旅に出てしまうので、その後釜となる人だ。


「それじゃ、私たちは一足先に山裾の村に向かうねー。ルーデンスさん、また後で」


「はいはい。カリンお嬢様、またのちほど」


 胸の前で手揉みしつつ、彼は何度も頭を下げる。


 行く先は同じだから彼も絨毯に乗せてあげたいところだけど、これ以上乗ると定員オーバーだ。


 今ですらフィーリにはほうきを使ってもらっているし、時間はかかるけど、ルーデンスさんには荷馬車で村まで移動してもらうことになっている。


「そろそろ出発するわよー。皆、忘れ物とかない?」


「ありません! リディオにも、挨拶は済ませてきました!」


 あたしが尋ねると、隣を浮遊していたフィーリから元気な声が返ってきた。


 他の二人も準備万端のようで、あたしはギルドマスターにもう一度お礼を言ったあと、絨毯を発進させた。



 それから一時間ほど絨毯を飛ばし、あたしたちは山裾の村へとたどり着いた。


 そのままの足で村の中心部へと向かうと、井戸のそばに立つ村長さんを見つけ、声をかける。


「これはメイ様、それにカリン様も。お戻りになられましたか」


「少し時間かかっちゃったけどねー。それで素材確保の件だけど、無事に交渉成立よー」


「ほう、さすがでございますな」


「これまでと同じように、日用品と一緒に運んでもらえることになったんだけど……一つ、話しておくことがあって」


「ふむ。なんでしょうか」


「実はね……」


 あたしはこれまでの経緯を説明し、これからはカリンがこの村に来られなくなることと、代わりの商人がやってくるようになることを伝えた。


 以前の様子を見た限り、カリンは村人たちにかなり慕われていたし、きちんと話しておいたほうがいいと思ったのだ。


「そうですか……カリン様が来られなくなるのは寂しくなりますが、きっと村の者も納得してくれるでしょう。お仕事とは関係なく、時々は遊びに来てくだされ」


 あたしの説明を聞いた村長さんはそう言い、カリンに一礼する。


 対するカリンは嬉しさと寂しさが混ざりあったような、複雑な表情をしていた。


 村長さんへの報告を済ませたあと、あたしたちは錬金術教室が行われている広場へと向かう。


「うーん……完成はしたけど、なんだか色味が悪いような……?」


「ティアナちゃん、それならこっちの素材を使ってみたらいいよ」


「そっか。それ試してなかったよ。リティちゃん、ありがとー」


 そこでは以前と同じように、生徒たちが錬金術の勉強に励んでいた。


 あたしたちが村を離れている間に、皆のやる気が失われているかも……なんて不安もあったけど、どうやら無用の心配だったらしい。


 リティちゃんのほか、成績の良い生徒たちが中心となって、立派に授業をしていた。


「あ、メイ先生たちだ! 帰ってきた!」


 その時、子どもたちの中の誰かが叫び、彼らの視線が一斉にこちらに向けられる。


「先生、オレ、万能肥料作れるようになったんだぜ! 作物の育ちが良くなったって、父ちゃんに褒められたんだ!」


 ぶつかりそうな勢いで走ってきたのは、ヒイロさんちのティッド君だ。


 そんな彼を褒めてあげていると、先程のティアナちゃんが声をかけてくる。


「先生、ティッドもすごいですが、リティもすごいんですよ! これを見てください!」


 興奮気味に話す彼女が見せてきたのは、村の特産品である織物だった。


 見慣れたはずの品なのに、色合いといい手触りといい、以前のそれとはまったく違う。


「……まさか、これを錬金術で作ったの?」


「そ、そうです」


 あたしが問いかけると、リティちゃんは恥ずかしそうに答えた。


 本来なら染色作業や乾燥作業など、いくつもの工程を経ないといけない品なのだけど、彼女はそれを、錬金釜一つで全てすっ飛ばして調合してみせたそうだ。


「すっご……あの織物、錬金術で作れるんだ……」


 あたしが驚く中、カリンも目を丸くしていた。


「これは驚いた。まさか、オリジナルのレシピかい。必要素材や工程を全て把握しているからこそ成し得た所業だよ」


 一方のルメイエもリティちゃんから手渡された布をしげしげと眺め、感心しきり。


 完全オリジナルのレシピまで生み出してしまうなんて、リティちゃんはもう、立派な錬金術師だった。


 心底嬉しそうな笑みを浮かべるリティちゃんと、彼女を祝福する生徒たちを見て、あたしとルメイエはうなずき合う。


 この村には、しっかりと錬金術が根付いた。そんな気がした。

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