第二十一話『フィーリの秘策と、カリンの決意』
「フィーリ、いい考えってなに?」
おずおずと手を上げたフィーリに尋ねると、彼女は鞄から念写魔法で生み出された写真を取り出した。
「こんな感じに素材の見た目を記録しておけば、採取する時に見比べることができるんじゃないでしょうか」
「このカードのようなものは……お嬢さんが錬金術で作り出したのですかな?」
「いえ、これは念写魔法です。一定範囲内の魔力情報を読み取って複製し、一枚のカードとして固定させるんです。こんなふうに」
言いながら、フィーリは自身の鞄からグリーングラスを取り出す。
続いて両手の親指と人差し指で四角いフレームを作り、それをグリーングラスに向ける。直後、光が走った。
その光が収束すると、フィーリの手の中には床に置かれたグリーングラスの写真が握られていた。
「なんと……このような魔法が存在していたとは」
それを見せられたギルドマスターは驚きつつも、どこか嬉しそうな顔をしていた。
「この魔法があれば、素材採取時のミスを極力減らすことができそうですな。そのカードは同じものを増やせるのですか?」
「できますよー。ほい!」
言うが早いか、フィーリは手元の写真に魔力を注ぐ。同じ写真が二枚に増えた。
「焼き増しもできるのねー。それならたくさんの人に採取をお願いできるし、いいかもしれないわね」
「そうだねー。写真渡しちゃえば、あとは特別な知識は必要なさそうだし、孤児院の子どもたちとかにも仕事を斡旋してあげられそう」
宝探し感覚でできそうだしさ……なんて付け加えながら、カリンが言う。その間も、ギルドマスターは口元に手を当て、考え込むような仕草をしていた。
「このカード……写真ですか。それを使えば、確かに採取も容易になるでしょうね。わかりました。素材流通の件、お受けいたします」
ややあってギルドマスターの口から出た言葉に、あたしは心底安堵したのだった。
……その後、あたしたちは商人ギルドの一室に案内され、必要素材の写真を用意することになった。
「グリーングラスにテンカ石、風車草にメケメケ草、ハッピーハーブ……えーっと、あとは……」
「妖精の傘を忘れているよ。このキノコは素手で触るとしばらく幸せな気持ちになってしまうから、採取道具を使うか、手袋をするように書いておくんだ」
「それもあったわねー。キノコ嫌いだから、存在忘れてたわ」
ルメイエは教科書を片手にそう指摘してくれる。
あたしはそれに相槌を打ちながら、容量無限バッグから必要素材を床に並べていく。
「それじゃ、撮りますよー。えい! えいえい!」
パシャパシャとどこか聞き慣れた音を響かせながら、フィーリは素材の写真を撮っていく。
先程の妖精の傘のように注意事項がある素材もあるので、そういったものはメモ書きを一緒に写真に収めるようにしている。
「はー、これで全部ですかね。使う魔力は少ないのですが、数が多いので疲れました」
それからしばらくして、全ての素材の写真を取り終える。全部で30種類ほどあったから、あたしも並べるだけで疲れてしまった。
「フィーリちゃん、おつかれー。あとはそれを、30枚ずつコピーしてもらえる?」
「はい!? 30枚!?」
「そうそう。採取担当の商人さんに配るから」
あっけらかんと言うカリンに、フィーリは憎々しげな視線を向けるも、彼女が気にする様子はなかった。
「30種類を30枚ずつということは、全部で900枚で……」
「あと、予備も少しお願いねー。5枚ずつくらい」
「えーと、えーと、あうあう……」
フィーリは紙と羽ペンを使って計算を始めるも、その頭からは煙が出ている気がした。魔法は得意だけど、算数は苦手みたいだ。
「全部で1050枚ねー。まとめるのは手伝ってあげるから、フィーリはコピーを頑張って」
あたしはそんな彼女に励ましの言葉をかけつつ、笑顔で魔力ドリンクを手渡したのだった。
◯ ◯ ◯
結局、写真の整理作業は夜遅くまで続き、あたしたちは商人ギルドで夜を明かした。
少しの間仮眠を取って、その日の昼過ぎには執務室でギルドマスターと契約書を交わす。
これで、ようやく山裾の村に錬金術の素材を届けてもらえるようになった。
「色々あったけど、無事に契約できてなによりだね」
「本当でふね……あふ」
フィーリはルメイエの言葉に相槌を打ちながら、あくびを噛み殺していた。
どうやら、まだまだ寝足りないらしい。
「あたしとしては、一刻も早く村の皆に知らせてあげたいけど……まだ眠そうだし、フィーリはもう少し寝とく?」
あたしが苦笑しながらそう尋ねた時、背後の扉が勢いよく開いた。
「よかったー。まだいたよ!」
そんな声とともに飛び込んできたのは、カリンだった。
その背にはパンパンになった容量拡大バッグがある。見るからに旅支度をしていた。
「おや、カリン、そんな荷物を持ってどこか行くのかい?」
あたしの頭にあったのと同じ疑問を、ギルドマスターが口にした。それを聞いたカリンは大きく深呼吸をし、言葉を紡いだ。
「……パパ、私、メイ先輩たちと一緒に旅に出る!」
「ええ!?」
まさかの発言に、その場にいた全員の声が重なる。
あたしにとっても初耳だった。
「いやいや、いくらなんでも迷惑になるだろう。わがままを言うのはやめなさい」
「メイ先輩、私の知識、役に立ったでしょ?」
ずいっと顔を近づけて、彼女は拝むような視線を向けてくる。
「えー、あー、そ、そりゃそうだけど……」
「そうでしょ! それにメイ先輩たち、世界中に錬金術を広めるんだよね? それなら、今回みたいな状況がまた起こる可能性は高いわけだし。そこに商人ギルドのギルドマスターの娘である私がいれば、交渉もスムーズに行くと思うんだよね!」
「そ、それはそうかもしれないけど……ちょっとカリン、落ち着いて。近いから」
鼻息が顔にかかる距離まで近づいてきたカリンを、あたしは必死に押し戻す。
確かに、この子の瞬間記憶能力はすごいけど……カリンってば、戦えないのよね。さすがに危ないような……。
「メイ先輩、お願いします! この通り!」
あたしが考えを巡らせる中、カリンは猛烈な勢いで土下座してきた。
「女の子が土下座はやめなさいよ……うーん、どうしようかしら……」
困り果てたあたしはルメイエとフィーリを見るも、彼女たちはあたしに一任すると声を揃えた。
こーいう時に限って、なんであたしに全任するのよ。強く言われたら、あたし断れないんだからね。
「わ、わかったわよー。仕方ないわねー」
「やったー! さすがメイ先輩、ありがとう!」
「わひゃ!?」
あたしの返事を聞いた直後、感極まったのか、カリンが抱きついてきた。
なんとも言えない柔らかさに包まれながら、あたしはルメイエとフィーリを見る。
ルメイエはやれやれといった顔をしていたけど、フィーリは嬉しそうに笑っていた。
もしかしたら、二人は薄々こうなることを予測していたのかもしれない。
「そうですか……御三方、うちの愚女をよろしくお願いします」
続けてそう言って頭を下げるギルドマスターの声は、どこか震えているような気がした。
……こうして、あたしたちの旅に新たな仲間が加わったのだった。
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