第二十話『商人ギルドと、カリンのツテ』
仕事に戻るというリディオを見送ったあと、あたしたちはカリンに引っ張られるように商人ギルドへ向かった。
「ステラさん、ただいまー」
「あら、カリン様、山裾の村に向かわれたはずですが、もう戻られたんですか?」
「そーなんだよー。まぁ、色々あってねー」
ギルドの入口を勢いよく開け、カリンは受付の女性と親しげに話し始めた。
……うん? カリン様ですと?
「それでさ、パパにお客さんなんだけど、今時間あるかな」
「しょ、少々お待ちください。ギルドマスターに確認いたします」
カウンターによりかかりながらカリンが言うと、受付の女性は血相を変えてギルドの奥へと消えていった。
……うん? パパですと?
あたしが妙な違和感を覚えていると、すぐに受付さんが戻ってきた。
「ギルドマスターがお会いになられるそうです。こちらにどうぞ」
続けて彼女は小声で言うと、カウンター脇にある小さなスイングドアを開けてくれた。
「ありがとー。いつもごめんねぇ」
「し、失礼しまーす……」
ニコニコ顔のカリンに付き従って、あたしたちもその扉を通り抜ける。
慌ただしく事務仕事に追われる人々の間を抜け、どんどんギルドの奥へと入っていく。
……どうやら先程の入口は正式なものではなく、裏口に近いもののようだった。
それよりも、あたしにはものすごーく気になることがあった。
「ねぇカリン、あんたもしかして、ギルドマスターの娘だったりするの?」
「そうだけど。言ってなかったっけ」
前を歩くカリンに尋ねてみると、あっけらかんとした返事が飛んでくる。
「聞いてないわよ……ツテって、そういうことだったのね」
この世界に転生した時、商人の娘として生まれた……とは言っていたけど、まさかギルドマスターの娘だなんて思わなかった。
……そうこうしているうちに、立派な装飾が施された扉の前にやってきた。
この奥がギルドマスターの執務室で間違いないだろう。
「パパー、ただいまー」
その扉から発せられる荘厳な雰囲気にあたしが気圧される中、カリンは全く躊躇することなく扉を開け放った。
「おおー、帰ったか愛娘よー! パパは心配で夜も眠れなかったんだぞぉー!」
「ぐええぇ……!」
……直後、彼女は恰幅のいい男性に抱きしめられた。
その男性は所々に金の刺繍が施された若草色の衣装をまとっていて、宝石を散りばめたブレスレットを両腕にはめている。
その風貌からして、この人が商人ギルドのマスターで間違いないだろう。
「か、鍛冶ギルドとの商談が入ってるって聞いたから、忙しいかなーって思ったんだけど……」
「なーに、あいつらは待たせておけばいい。鍛冶ギルドも上層部は暇を持て余しているんだしなぁ」
そう言う間も、彼は愛娘を抱きしめ続ける。腕の中のカリンは息も絶え絶えだった。
しばらくの抱擁のあと、ギルドマスターは満足したのか、ようやくカリンを開放する。
「……それで、その方々はどなたかな?」
ヘロヘロになったカリンを支えていると、彼があたしたちを見てきた。
変わらず笑顔だったけど、目が笑っていない。値踏みでもするような、鋭い視線だった。
「パパ、実はね……」
カリンは呼吸を整えてから、これまでの経緯やあたしたちがここに来た目的などを父親に話して聞かせた。
その流れで、あたしたちも自己紹介を済ませておく。
「……ふむ。山裾の村に錬金術を広めるために、素材を流通させてほしいと……?」
「そうなんです。どうか、よろしくお願いします」
「突然言われましてもな……聞いたことのない技術ですが、錬金術とはいったい?」
「私も学んだんだけど、すごい技術なんだよ! これは間違いなく、今後流行るやつ!」
ギルドマスターがいぶかしげな顔をする中、カリンが興奮気味に言うも……彼の表情は変わらない。
「あー、パパ、その顔は信じてないなぁ。メイ先輩、ちょっと見せてあげてよ! 百聞は一見にしかず!」
「はえっ!?」
おそらく真偽を計りかねているのだろう……なんて考えていた矢先、唐突に話を振られて変な声が出た。
直後、皆の視線があたしに集まる。
「えー、では簡単なものですが、ポーションでも……」
あたしは言いながら、容量無限バッグからメイの錬金釜を取り出し、皆の前で調合作業を行う。
素材を入れて釜をかき混ぜること数分で、立派なポーションが飛び出してきた。
ちなみに今回は究極の錬金釜ではなく、メイの錬金釜を使った。
今後、錬金術を広めていくにあたってメインとなるのはこの錬金釜なのだし。
「ほほう。鍋に草と水を入れただけでポーションが……不思議な術ですな」
調合作業を見たギルドマスターは興味津々といった様子で、錬金釜の中を覗き込んでいた。
「……この鍋で作れるのは、このポーションだけですかな?」
それからしばし考えていたかと思うと、彼は身を乗り出すように訊いてきた。
「え、えーっと……それなりに錬金術の知識は必要になりますが、レシピと素材があれば大抵の日用品は作れます」
「素材とは、水や植物だけですか?」
「いえ、鉱石や布、土、鳥の羽根、動物の肉や魔物の骨、ありとあらゆるものが素材になります」
「初歩的なものだけど、この本に載っているものは大抵作れるよ。必要素材も書いてある」
その時、ルメイエが村で使っている教科書を差し出した。
「ふむ……拝見します」
それを受け取ったギルドマスターはパラパラとページをめくる。それからしばらく考え込んでいた。
「供給してほしいというのは、この素材たちですか。しかし、労力に見合った見返りが期待できるかと言われると微妙ですな」
「ねぇパパ、メイ先輩たち、山裾の村で錬金術の学校をしてるんだけど、錬金術の素質がある人、10人くらい見つかってるんだよ」
「……ほう。あの村の規模で、それだけの人数がいたのですか」
カリンの言葉に、明らかに渋っていたギルドマスターの顔色がわずかに変わった。
人数が多少誇張されているようにも思えたけど、嘘もなんとやら。この際しょうがない。
「メイ先輩たち、これからも行く先々で錬金術を教えていく予定らしいし、今後もかなりの需要が見込めるはず。錬金術の素材なんて誰も開拓していない分野だし、今から手を付けておけば、独占も可能だと思う」
まくしたてるように、カリンが続ける。その口達者ぶりは父親譲りのようだ。
「というわけで、試しに山裾の村だけでも販路を確保してみない?」
「うーむ……あの村へは元々、日用品を運んでいるし、流通経路は整っているな。錬金術……魔法にはない未来性を感じるが……」
ぐいぐい来るカリンに気圧されるも、ギルドマスターはまだ渋い顔をしていた。
「……まだ何か、気になることがあるのかい?」
耐えきれなくなったのか、ルメイエがそう尋ねる。
「ええ。私が懸念しているのは、素材の安定確保と、その品質です」
再び手元の本に目を通しながら、ギルドマスターは表情を曇らせた。
「妖精石や鉱石類は、採掘ギルドから回してもらえるでしょう。ですが、一部の素材……特に植物ですか。知識もなしにこれらを集めるのは骨が折れそうですな」
そう言われて、あたしははっとなる。
確かに錬金術の素材となる植物は、一般的ではないものが多い。知識がなければ、そこらの雑草と見分けがつかない場合もある。
「専用の仕入れ業者がいないとなると、自力採取するしかありません。その際に違う植物を納品したとなっては、商人ギルドの信用に関わります」
「私、その本に載ってる素材なら全部覚えてるけど」
「皆が皆、カリンのように記憶できるわけではないんだ。はて、どうしたものか」
娘の言葉にギルドマスターは苦笑し、口元に手を当てる。
採取担当の商人さんにサンプル品として素材を渡そうにも、容量無限バッグから取り出した素材はすぐに劣化してしまう。これは大問題だ。
「……あのー、わたしにいい考えがあるんですが」
すると、それまで静かにあたしたちの状況を見守っていたフィーリが、おずおずと手を上げた。
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